本編

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 翌日、拘置所内。 「さて、最後に聞いておきたいことはないか」  絞首台の前に立つ浦野へ向け、刑務官が尋問する。浦野は全てを見通しているのか、呆れた様子でため息をつきながら答えた。 「作品は見つかったか・・・・・・って質問させたいんでしょ?」  刑務官はその通りだと鼻で笑って返すと、さらに話を続けた。 「その質問に関しては、先ほど刑事さんから連絡が来た。爆弾の隠し場所を記したノートが見つかって、それを元に場所を探し当てたそうだ。首都圏とその近郊の港、空港、貨物駅の古びた廃コンテナに隠していたらしいな」 「・・・・・・」  浦野は黙って俯く。刑務官は見たことの無いほど困惑した姿を見せる浦野が面白く感じたのか、得意げな顔をし、鼻息を荒くしながら話を続けた。 「何でもコンテナの扉を開けた途端、コンテナが派手に爆発したと。コンテナは大破したが、奇跡的に重傷者や死人は出なかったんだってさ。何年も経過して爆弾も劣化してたんじゃないのか?知らないけど」  半笑いで話す刑務官の様子を見て、彼は一つ尋ねる。 「他は何も無かったかい」  刑務官は浦野を嘲るように鼻で笑いながら答える。 「爆発してから暫くは無味無臭の白煙が上がってたらしい。幸い風が強くてすぐに晴れたから、すぐに現場検証も進められたようだが」  答えを聞いた浦野は、静かに「そう・・・・・・」と一言だけ呟いた。その時の彼の顔は能面のような表情だったと思うが、どこかほくそ笑んでいるようにも見えた。浦野を追い詰めているはずなのに、何故かどこか腑に落ちない。 「最後に何か言い残すことはないか」  刑執行直前、最後の確認として刑務官により遺言の有無の確認が行われた。浦野は少しの間顔を伏せて黙考した後、一呼吸置いて、ニヤリと薄ら笑いを見せながら刑務官に答えた。 「紙とペンをくれないか。書きたいことがあるんだ」  刑務官はそれを承ると、別室から真っ白な紙と黒の油性ペンを持ってきた。それらを机上に置くと、浦野も椅子に座り油性ペンを握る。くるんと右手でペンを1回だけ回すと、後は黙々と紙に遺言を書き残していた。キュッキュッ、スラスラ――。静かな部屋にペンの音だけが響く。  よし、書けたと言って浦野は筆を置いた。刑務官がそれらを回収しようとすると、浦野はその作業を止めさせて刑務官の耳に耳打ちした。刑務官は一瞬心臓が縮み上がったが、その後は落ち着いて対処した。 「分かった。お前の言うとおりにしよう」  そう言って、刑務官は他の刑務官に遺言状を託すと、制服のポケットから白い布を取り出した。目隠し用の布である。それを浦野の頭に被せて他の刑務官と共に絞首の準備を施すと、浦野の側をそそくさと駆け足で立ち去った。立ち去る際、浦野がブツブツと何か呟いているのが聞こえたが、布越しであったが故に何と言っているのかはよく聞き取れなかった。  午前10時頃、浦野耕作の絞首刑が執行された。  威勢良く床が開くと同時に、浦野の肉体は首にかけられたロープによって宙づりになった。表情は白布で分からないが、恐らく彼は殺めた人間の数だけ苦しみを感じているに違いない。彼の声は聞こえないが、きっと呻きに呻いて死者の魂に恐怖や苦痛を味わわされていることだろう。  ピクピクと微かに震えていた肉体がピタリと硬直した。それを見た検死官が彼の側に寄り、彼の生死を確かめる。暫くして、検視官の手により浦野耕作の死亡が確認された。  顔を覆っていた白布を脱がせると、不思議なことに彼の表情はとても安らかな顔をしていた。とても絞首で死んだ人間とは思えない綺麗な表情である。まるで何か嬉しいことがあったかのような・・・・・・関係者は皆、不思議そうに彼の亡骸を見つめていた。  浦野耕作の死から1週間後、ある刑務官が警察署を訪ねていた。浦野耕作に生前託されていた遺言状を、爆弾捜索の捜査本部長に届けるためだ。 「私が死んでから1週間後に、この手紙を捜査本部長に渡して欲しい」  浦野からそう言われていた彼は、事前に待ち合わせの連絡をした上で捜査本部長に会いに来ていた。署に来て5分ほど待ったか、彼は本部長に会うことが出来た。互いに軽く会釈しあうと、彼は背広の内ポケットから遺言状を取り出し本部長へと差し出した。  本部長はそれを受け取り、すぐに封を開けて折り畳まれた書状を開く。本部長は最初、静かに、淡々としていたが、読み進める内に憤怒か焦燥か、はたまた悔恨も分からぬ手の震えと滝のような汗を出し、読み終える頃には今にも倒れんばかりにふらふらと蹌踉めいた。すぐ側にいた刑務官は、慌てて彼を支えに向かう。その際、本部長の手から滑り落ちた浦野の書状にはこのように書いてあったという。 『やあ、皆元気だろうか。私は最後の作品を作るにあたり、趣向を変えてみた。テーマは“感染爆発”だ。皆は何年も前に起きた研究所の菌行方不明事案を覚えているか。あれは私が持ち去ったのだ。その菌は、未知のウイルスで致死性も高いとされる。それは長い年月の間にコンテナの中で培養され、此度の爆発で外の世界へと舞い飛んだ。せっかくこの私の最後の作品を見つけられたのに・・・・・・。さあ、次はこの感染爆発を止める方法を探さなければ』  本部長が蹌踉けて間もなく、二人の後方で警察官が一人倒れた。  警察官は、はぁはぁと息を荒げ、痒い痒いと悲痛な叫び声をあげながらボリボリと激しく首を掻く。そうする内、首から血が滝のように流れ出し、やがて警察官は恐ろしい断末魔をあげてその場で息絶えた。あまりに現実離れした奇怪な人間の死に様に、その場にいた人々は恐れおののき、悲鳴を上げながら一斉に逃げ惑った。  ロビーの端で寂しく点いていたテレビには、強い語気でニュースを伝えるアナウンサーの姿と共に、混乱する街の様子が克明に映し出されていた。 「速報です!都内含め、首都圏の広い範囲で謎の感染症が猛威を振るっております!見る限り、かなり致死性が高いものと思われ――」  恐怖に染まった街の一角に、ぽつんと寂しくポータブルオーディオが落ちていた。持ち主のいなくなったオーディオから、『夢の中へ』が流れてくる。まるで、この世界の行く末を寂しく見つめるように・・・・・・。
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