本編

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「速報です!先ほど、都内で国際指名手配の浦野耕作容疑者が確保されたとの情報が入りました!繰り返します!先ほど――」  街頭テレビの画面では、アナウンサーが慌ただしく強い語気でニュース速報を伝えている。それを食い入るように見つめる街の人々。瞬きすらもせず、ただその場で立ち尽くす彼らの表情は、驚愕、安堵、不安、疑問、・・・・・・様々な感情が入り混じった混沌の様相を呈していた。  202×年某月、稀代の爆弾魔として世界中を震撼させた男「浦野耕作」が逮捕された。このニュースは瞬く間に世界中を駆け巡り、各国のトップニュースで報じられた。  浦野耕作は、約20年にもわたり世界中で無差別爆弾テロを起こした凶悪犯だ。大規模なイベント会場、政府要人の集まる国際会議、多くの企業が入居する都心の高層ビル、各地へ向かう飛行機の集う大空港、・・・・・・これらは全て彼の犯行の標的とされ、各地で多数の死傷者を出してきた。人々の理不尽な死に世界中は涙を流すと同時に、いつ起こるか分からぬ恐怖の瞬間に震えるばかりであった。  彼はこの一連の犯行を『芸術』とし、爆弾のことを『作品』だと呼んでいた。彼曰く、一連の爆弾は、爆弾そのものの形状、爆発時の火花の色や形の美しさに、爆破で飛散する人間の鮮血、鼻腔をくすぐる火薬の香りが加わることで、蕾から満開を経て萎むまでの花の美しい一生を表現しただけだという。  彼の狂った美的感覚を当然世間が受け入れるはずも無く、彼のような悪魔を野放しにしてはならないとの世論の怒りは益々膨れあがるばかりであった。このような世論の思惑通り、彼は逮捕されて数年後に死刑判決が言い渡され、都内にある拘置所に収監されることとなった。  1ヶ月後。拘置所内。 「なあ、刑務官さん。私の話相手をしてくれないかい?読んでいる新聞が興味深くてねぇ」  浦野は獄中、横になって新聞を読みながら馴れ馴れしく刑務官に話しかける。チラリと見える新聞には、『××大臣、更迭へ』『△研究所で研究中の菌が行方不明』『歌手A、一般女性と結婚』等の見出し――どれも浦野の逮捕前に起きた古い話だ。楽しそうに目を輝かせる浦野とは対照的に、刑務官は内心呆れながら冷たく彼の要求を突っぱねる。 「貴様と話す時間は無い。私は見回りで忙しいのだ」  刑務官が踵を返し他の囚人の見回りへ向かおうとすると、浦野はまるで気持ちが親に通じなかった幼子のように、悄然とした表情で寂しそうにか細い声で文句をぶつくさと呟いている。 「ふん、せっかく面白い話をしてやろうかと思ったのに――」  浦野の一言を聞いた刑務官は、呆れて何も言えなかった。いつ死ぬかも分からない状況で、よくもまあ暢気に談笑しようかと考えたものだと。しかも会話の相手は、自分を殺すかもしれない相手なのだから尚更である。  刑務官は億劫そうにため息一つこぼして、浦野の独房を後にする。  無機質な廊下に革靴の音をカツンカツンと響かせながら、一部屋一部屋囚人らの様子を確認しに回る。この拘置所内には、浦野のような掴み所の無い囚人もいれば、死に恐怖し錯乱状態に陥る囚人もいる。所内の混乱を防ぐためにも、これら囚人達の監視は欠かせない業務なのだ。  とはいえ、浦野の性格には刑務官らは皆辟易としていた。奴と関わっていると頭がおかしくなりそうだと理由をつけて、密かに浦野の独房を避けている刑務官もいる。浦野に対し、刑務官らは皆得体の知れない恐怖を感じていた。  そのような日々が続いたある日のこと、浦野耕作に対する死刑執行の日時が決定し、後日当拘置所内にて死刑執行が行われることとなった。  執行当日の朝、刑務官2人が浦野の独房に向かうと、浦野はいつも通り本を読んでいた。何度も読み返したのか、紙はしわだらけになり、天・地や小口はすっかり変色してしまっている。タイトルはよく覚えていないが、未知の感染症と人類の戦いを描いた小説だと言っていたか。まあ、どうでもいいのだが。  刑務官は冷淡な声で一言告げる。 「お前の死刑を今日執行することとなった」  告げられた瞬間、浦野は一瞬だけ硬直したが、その後いつもと変わらぬ飄々とした態度で返事した。 「そうかそうか、ハハハ」  あまりに他人事のような態度を取るので、刑務官らは顔を見合わせて呆れかえっている。自分の置かれている立場すら理解できないのかと、最期の最期まで刑務官らを億劫な気持ちにさせていた。  数時間後、執行直前。執行室への護送中、不敵な笑みを浮かべながら静かに歩く彼の姿は不気味なことこの上なかった。何を企んでいるのか全く理解できないし理解したくも無い男だ。ろくな事を考えていないのだろうと、執行に立ち会う刑務官の誰もが思っていた。  絞首台に立つ直前、刑務官は言い残すことはないかと浦野に尋ねた。この問いかけに対し、浦野はフフフと不気味で穢らわしい笑い声を出したかと思えば、一呼吸置いて、どこか他人事のように軽佻浮薄な口ぶりで答えだした。 「実は一つ、死を前にして思い出したことがあってだね。実はまだ私の作品は残っていて、爆発する可能性があるのだよ。もし、私が死んでから時間があったら探しておいてくれ」  刑務官らは一瞬、彼が何を言っているのか分からなかった。いや、正確には理解できるが信じられなかったとでも言おうか。彼の逮捕によって終わったはずの悲劇が、また起こるかも知れないという受け入れ難い現実。執行室内はどよめき、教誨師ら一部の人間は膝から崩れ落ちて震えており、それを所長や検事らが慌てて宥める。その後も長く混乱が続いたため、異例の事態であるが死刑の執行が一週間ほど保留されることとなり、同時に近隣の警察署内に、浦野が残した爆弾を探す捜査本部が緊急で設置されることとなった。
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