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幕間
───壁には美しい絵画が飾られ、真紅の絨毯は入り口から真っ
直ぐと二つの豪華な椅子まで敷かれている。その椅子の一つへ腰
掛けるは、座る事を許されたただ一人の人物。荘厳華麗な謁見の
間にて、一人の老兵が膝を付き頭を垂れ向き合う。
「ほう? 討伐部隊には参加できぬと?」
玉座へ腰掛けた男が私に意味のない聞き返しをしてくる。だから
私は。
「ええ。私ももう歳ですから」
分かりきった、見え透かされた答えを返すのみ。
「歳、歳か。惚けた事を。お前は年々仕上がりに磨きが掛かってい
る、寧ろ今がその最たる時期だろう」
「いえいえ。そう見えているだけ、そう見せているだけに過ぎませ
んよ。年寄りの見栄、と言う奴に過ぎませんな」
「ならばその見栄、最後まで張ってみせるべきじゃないか?」
どうやらあの男はどうしても、らしい。ならば。
「はは。確かにそうかも知れませんな。折角頂戴したこの力、余す
には勿体ないですものなぁ」
「そうだ。我が───」
「所で。ご子息様は今何方に?」
「───準備をしている」
「おお。やる気満ち溢れ結構な事でございますなぁ。───目的も
知らずとは」
「何の話しだ?」
「さて。何の話でしょう? 歳を取ると不意に変な事を口走って嫌
になりますなぁ」
「……」
私は男と睨み合う。その視線を隣、開いた椅子の上に動かし。
「今日の奥方様のご様子は?」
「良い。良いに決まってる」
「左様でしょう。見栄を張るは私ぐらいですから」
暫しの沈黙の後。私は彼に意を伝える事にした。
「実は歳と言うのは方便。ご存知の通り私はこの場所で歳ばかり食
っていましてなぁ。そろそろ静かな場所でひっそりと暮らしたい
と思いまして。遠く、片田舎にでも家族と」
「お前が家族とはな。……田舎で静かにと?」
「ええもうそれは。何処までもひっそり静かに」
「違えぬな?」
「お使えした私の、記録に残らない記憶が全てです」
謀略策略騙し合いの中でも、命の取り合いでも。私は常に剣でも
って切り開いてきた。今回も手にすべき剣は、剣は───
「では───最───とし───が───」
「?」
おかしな事に。目の前の男の輪郭が、部屋が歪みだした。これは
一体どう言う事か? 不思議な事態に目を瞬かせていれば。
「憎んでる!」
「!?」
私の瞳に、いつの間にか女性が映っていた。場所も先程とは違
う。どうやら私は馬上から女性を見下ろしていたらしい。
その、此方を憎しみで、私が数多向けられてきた怒りの目で睨み
つけ。
「ええ。勿論の事を憎んでいるに決まってます! 憎まれないとで
も思ったのですか!?」
「いや、私は───」
「もう愛する息子は帰ってこない!帰ってこないのよ! うぅ!」
「……」
沈痛な表情で顔を手で覆う女性。私は、私は胸に痛みを感じ手を
伸ばすが、ふと気が付く。伸ばした手に血が滴っている事に。瞬
間この血濡れた手で彼女に触れる訳には行かないと、触れる事を
思いとどまった。
胸の痛みには慣れない。こんな痛みを感じる事は、感じさせるの
は何時も彼女だけだった。そうだ。だからこそ私は彼女の為にあ
の場所から、あの───
「許せない」
「!」
差し伸ばし。しかし途中でやめた私の手を、冷たく血濡れた手を
彼女が両手で掴む。顔を俯かせたままで。
「憎い。憎い憎い憎い憎いにくいにくいにくいにくいにくいッ」
「ッ」
私は心の底から恐怖した。顔を上げないでくれと。だが重く、ゆ
っくりと、私を射殺す為に顔が上がる。
「恨んで、憎んで、殺したくも成ってしまう。けれど、けれどそれ
でも私は、私はまだ───愛してます」
「あ……あぁ」
私が想像した顔は其処に無かった。涙と怒り、そして愛を瞳に宿
した女性の顔が其処にはあった。
「苦しくて辛くとも愛してしまっているんです。だからどうかお願
いです。もう私の為に戦わなくともいい、もうずっと昔に助けら
れたのですから。だから、だからお願い。私は貴方に生きて居て
欲しいんです」
やつれにやつれ、とても外へ出るべきで無い衣服の女性。血も繋
がってない妹が、血筋が全てでないと、狂い酔いしれた自分に愛
とは何か。それを教えてくれた愛する家族が私を引き止める。私
は、儂は、儂は可愛い妹、オルレンシアに何と言───
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「うぅ。ううう」
閉じた大扉の前で泣き崩れる女性。髪は乱れ寝間着姿な彼女の側
へ、彼方から少女が駆け寄る。
「お母様、お母様」
「ぅぅ」
母と呼ぶも返事はうめき声。少女は悲しい顔をして女性の背を優
しく擦る。そんな女性の背へ、擦る手に毛布が一つ掛けられる。
「! さ、お母様。風邪を引く前にお屋敷へ戻りましょう?」
「……」
毛布を羽織らせやつれた女性を少女が立ち上がらせ。女性を支え
ながら歩き出した。そして。
「ありがとう。ヘロルフ」
毛布のお礼を伝えた先はヘロルフと呼ばれた。
「……」
厳しい顔に笑みを浮かべた一人のゴブリンだった───
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