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第百十四話 仕上げ
───異形もスキルも斬り伏せ物ともせず黒の魔女へと肉薄し、
その心臓を捉えんとした猛る老兵。しかしその切っ先は僅かに魔
女へは届かず、彼は飛竜に跨り滑空して来た赤毛の女性、彼女に
肩から剣を突き立てられ、最期は串刺しの状態を戦地にて晒す事
に。
戦場の誰もは未だ、早すぎる出来事に息を呑んで固まって居る。
老兵が、驚異的な身体能力を駆使し私に剣を突きたてんとした刹
那。彼は飛竜に跨ったリベルテの滑空攻撃を受け、今絶命した。
もしもゴブリンが二匹飛びかからなんだ、もしもリベルテが無茶
な滑空を仕掛けなんだ。今頃私は彼の剣で貫かれていただろう。
「(あ、あ、あ、危なかったぁあ!)」
人の身であのオーク、ヴィクトル一瞬で斬り倒し。試作段階のゴ
ーレムをも簡単に蹴散らされて。挙げ句には自分のスキルすらこ
の老兵は弾いて見せた。スキルで仕留められると思っていただけ
に焦りに焦ったさ。老人とは、いや人間したって到底あり得ない
速度、動きだったぞ今のは。
ゴーレムの腕を破壊したあの剣技。近付く老兵からは微かに魔力
の流れも感じ取れて、何か特殊な能力を持っているのだろうとは
観察して居たさ。だからこそ生きたまま捕らえ研究をとも考えゴ
ーレムで捕獲を試みた。しかしゴーレム突破で捕らえるのは最早
困難。仕方無しに私は老兵をスキルで拘束しようとした、完全な
状態での捕獲を諦め殺さぬよう細心の注意を払い。スキルを行使
した。
なのに、なのに使ったスキルは無効化された! 正確に言うな
ら直前の動作で、此方の座標指定を逸らされた、と言うべきだろ
うか。仕組みも何も、魔法、だったとは思う程度しか分からん。
彼自身、それに身につけていた衣服から道具。全てを後で回収し
て調べる必要がありそうだ。身体能力、スキルを弾いた仕組みを
知るためにも。
だがその前に。
「ありがとうございますリベルテさん。お陰で助かりました」
自分の体を剣が貫く前に、敵をである老兵を仕留めくれた彼女へ
お礼を伝えた。戦闘指揮を執るはずだった彼女は開幕早々交渉ら
しきを行い、それは決裂し。その後ずっと老兵に捕まり心配して
いたのだが、突然わめき出し老兵は彼女を捨て置いた。
その後。リベルテは直ぐに起き上がり口笛を吹いては相棒の飛竜
を呼び出し、飛竜に騎乗。と言う所までは老兵の背後、囚われの
身を案じ気を配っていたので見えていた。
老兵に注視してからは分からなかったが、飛竜に騎乗してそのま
ま大きく上空へ飛び上がり、滑空する形で此処まで加速して来た
のだろう。無茶な騎乗、乱暴な竜術を駆使して此処まで来た彼女
には、素直な感謝が湧き上がる。
「はぁ、はぁ、はぁ。……この事態を引き起こしたのはアタシだか
らね、腕の一本程度ならお安い御用、よ」
話す途中から彼女は“ズルリ”と、それまで手にしていた剣を手
放し飛竜から落ちるように降りては、相棒の飛竜に支えられる形
で何とか倒れるず着地。
「───」
剣を手放され支えを失った老兵が地に転がる。
飛竜に背を預けた彼女が此方に片腕を“ブラブラ”とさせて見せ
る。それは手綱を握っていた方の腕で、不自然に少し長く、そし
て血を滴らせる片腕であった。
「リベルテ!」
「リベルテさん!」
「片腕に剣持ってって、そんなの無理をしないと出来なかったから
ね。もう使い物になりそうないわ、こっち。あは、あハハ」
「そんな!しっかりしてください! あの、お、お父さんッ!」
心配した様子で駆け寄ったオディ少年とイリサ。イリサは腕を見
ては口に手を当てたじろぎ、直様私の名を呼ぶ。呼ばれた意味は
分かってる。私は既に絶命し剣の突き刺さったままな遺体の側を
通り青ざめた表情で笑っているリベルテの側へ。
私は持っていたクリスタルをポケットへ仕舞い、彼女の片腕を手
に取り治癒のスキルを行使。
「マギア・エラトマ・エピディオル」
「ぁぐっう!」
「頑張ってくださいリベルテ」
スキルを使うとリベルテの肉が、骨が異質な音を響かせ。瞬く間
に彼女の不自然と伸びた腕が元に戻る。その治癒速度はとても早
くスムーズで、垂れた血はそのまま。
うーん、自分が持っている能力なのに、この治癒のスキルは謎が
深い。世界を移動した事で仕様が変わったのは理解できるが、対
象に依って差異があるのは何なのか? 損傷具合に起因している
のかこれ。それにどう治っているのかもまるで謎だ。謎すぎる。
これは単に元に戻しているのか?それとも細胞を活性化させて治
しているのか? ……まるで分からん。
「リベルテ、腕の調子はどうですか?」
スキルの行使が終わると同時、心配するイリサの言葉にリベルテ
は控えめな笑みを浮かべ。
「……動く、動くわ。痛かった、じゃとても言い切れない程で、何
だか気分の悪い感じも合ったけど。問題なく動くわね」
「良かったぁー……。もしリベルテが腕をなくしてしまったら、イ
リサは悲しくて泣いてしまいます」
「はは。心配掛けてごめんね」
治った腕でイリサの頭撫でるリベルテ。腕が治った事で軽度の錯
乱した様子も収まったらしい。
原理不明なスキルだが、大事な大事な家族、希少な存在を治癒出
来たのなら上々と言える。
「凄いや、本当に治ってる。これが治癒の魔法」
「うげー。気味悪いわね」
「エファ!」
「何よ?」
この戦場には不釣り合いな少年少女。戦いと名乗り出た少年の覚
悟が本物だと確かめ、その意思を尊重し戦場へは連れて来たが、
まさか本当に敵と戦わせる訳は無い。子供を戦わせる趣味も、其
処まで道徳や倫理も擦り減ってない。
直接戦わせない事に『戦えます!ボクだって役に立てますよ!』
と少年は少し不服そうだった。実に男の子らしい反発に私は『戦
場での光景を見る事が、今の君には必要だ』と。それらしい事で
煙に巻いた。
まあ実際少年にはこの戦場を見せる事で向き合ってもらうとも考
えていた。我が村の住人に成るとは、その意味について。
「(さて)」
治療が済み、リベルテはイリサや少年少女に付き添われている。
なので私はポケットに仕舞ったクリスタルを再び取り出し、魔力
を操り起動。
『『───』』
「!? また巨人の腕が治り始めたぞー!」
「何なんだ、何なだよコイツは!」
「どれだけ斬れば殺せるんだ、このー!」
彼らが巨人と呼んでいるのはゴーレム。この世界に他があるかは
分からないが、少なくとも彼らは見た事がない様子。ふふ、彼ら
の驚き様は私の心、ある種の優越感をくすぐって来る。
手元のクリスタルで今行ったのは、ゴーレム構築機能の再起動。
直す為の仕組みでは無く、体を作り出す工程をもう一度機能させ
ているだけ。なのでコストが余計に掛かるので頻発したくは無い
のだが、仕方ない。
腕を再生成したゴーレムを騎士に差し向ける。彼らは分隊長、加
えて大将らしき老兵が倒れた事で指揮系統に混乱が生じはじめ、
錯乱に近い状態でゴーレムに斬りかかる者ま出始めている。だが
無力では無いらしい。
「ゴブリンだ、あのゴブリン共と魔女が!」
「彼奴等が何かしてるに違いない!仕留めるぞ!」
「シャーマンを狙えー!魔女を殺せー!」
「(むむ)」
魔法的事象に疎い癖に、ゴーレムが生命体だと思っている程度な
のに、戦闘知識、経験だけで突破口に気が付かれてしまった。
まあ見たまんまな事に今更気がついた辺り、疎い事には変わらな
のだけど。
騎士の何人かがゴーレムを無視しゴブリンと私の元へと駆け出し
て来る。ゴブリンの役割はゴーレムへの魔力供給と言うだけなの
で、実際操っている術者は私なのだけどね。
しかし魔力供給とコントール。何方を絶たれても困る事に変わり
ない。それに。
「…。……」
「! あのオークまだ息があるぞ!」
「トドメを刺せー!」
この平原での戦闘はまだ続いている。
ゴーレムでは無くゴブリンを、そしてオークのトドメへと動き出
した騎士達。将軍ユニットを失っても迅速に判断して動けるのは
素晴らしい事だ。等と感心してる場合じゃないな。今戦況だけを
見れば此方の不利に大きく傾いているのは変わらない。
手を出さないと約束したが、被害を出さないはずだったゴブリン
をこれ以上失う訳にも、それに一人しか居ないオークと言う貴重
なユニットを失うのも。実験検証に支払うコストとしては高すぎ
る。
「潮時ですね。構いませんよね、リベルテさん?」
「! ……ええ」
「「?」」
言葉にリベルテが反応するも抗議の意思はない様子。できれば彼
女の指揮が、戦場での彼女の立ち振舞をちゃんと見たかったのだ
けどね。まあ捕らえられてしまっては仕方が無かった。無事奪還
できただけ良しとしよう。
頭にハテナを浮かべる少年少女には特に構わず。私はリベルテの
腕を嬉しそうに握るイリサへ。
「イリサ」
「はい」
「例の笛を吹いてくれるかい?」
「! 分かりましたお父様。……」
頼むとイリサは優雅に礼を私にして見せ、椅子の上に置かれてい
た笛を手に取る。
「(こっちもやっておくか)」
『『───』』
「ゴーレムの動きが!?」
「そっちを追ってたぞー!」
リベルテの戦線復帰の可能性を考え、遊ばせていたゴーレム。そ
のコントール出力を完全な物とし、私はゴーレムで此方に迫る騎
士の進行を邪魔する。その間にイリサは笛へに唇を着け。
「……」
何の変哲もない笛の音が辺りに響き渡る。すると、直ぐに別の所
からも笛の音が返って来る。それは背にしたメンヒ、笛の借り主
からの物だ。
そうして笛の音が辺りに響き渡っては。
『『『!』』』
村と平原に点在する林から次々と何かが空へと飛び上がり。幾つ
もの影を平原に這わせ始めた。
影は素早い速度で平原を這いこの戦場へと到達しては。
『!』
「!? うわあああ───」
オークへ向かっていた騎兵が馬を残し空へと拐われ。
「───ぁぁああああ! ……───」
地に落とされる動かない。
他の棋士たちも自分たちの地面に這う影に気が付き、彼らは一斉
に空を見上げ叫ぶ。
「ワイバーン! ワイバーンの群れだ!」
「何でこんな時期に!?」
「密集陣形、密集だ密集しろー! 離れたらやられるぞ!」
慌てふためきながらも陣形を整える騎士。しかし全員では無い。
孤立した騎士の背後に飛竜が、紫色の鱗を光らせる美しい飛竜が
音もなく降り立ち。
『……』
「!? 背後ッ?ゲホ、ウエゲホッゲハ!」
あの飛竜は火を吹いたりは出来ないが、代わりに毒性の息を吐く
事ができる。毒の霧に包まれた騎士が逃げ出すも。
『……』
「こ、こっちにッも!?オエェ!」
霧を抜けた先にもまた飛竜が回り込んでおり、再び毒の霧に包ま
れる。
「ゥゲ!ゲッボ! だ、だれが。だ…れ…───」
咳を吐いていた騎士は霧の中からとうとう出てこなく成った。
元々が賢いのか少女に賢く飼育されたのか、飛竜達はそうして油
断した、孤立した騎士を上空で確認しては、静かな滑空で襲いか
かり。または集団を煽り立てて孤立を促したりと。戦場を大きな
混乱に陥れている。
突然の飛竜の群れに騎士達の戦線は完全に崩壊してしまってい
る。
「おいどうして、どうしてこいつらワイバーンは俺達ばかり襲う
んだ!?」
「離れるなー!離れると襲われる、互いを庇い合える位置に自分
を置け!」
「くそくそくそくそ! こんなの、こんなの聞いてない!」
「ワイバーンがどうして平原に、昼間に、時期もおかしいだろう
がぁ!」
統率者の死から立ち直るまでの行動は実に迅速だったが、それで
も続けざまのトラブルには混乱取り乱しを避けられなかったらし
い。今や指揮する存在を失った事で足並みはバラバラだ。
しかしそれでも騎士。戦闘訓練を、戦闘経験を積んだだけの事は
ある。
「退却、退却だー! 陣形を維持して後退!敵に構わず馬車へ急
げ! 騎兵は馬車を守れー!」
「「「!」」」
彼らの中から新たな統率者の登場。予め決められてた存在ではな
いのだろうが、素晴らしい判断と適切な指示だ。登場がもう少し早
ければ私が落としていた所。運も良いらしい。
最早決着のついてるこの状況。今更私がスキルで手を出す事は無
い。強いてするとすれば。
「よし退却───ぎゅぶ」
『───』
「!?コイツら自分から!? ううああああああ!」
『───』
目ざとく術者を狙いに来ていた騎士二人へ、逃げる彼らへゴーレ
ムの巨体そのものをぶつけるぐらいだろう。
騎士の一人はゴーレム大の字ジャンプの下敷きに。もう一人は同
様。走ろうと思えば走れるが、走らせると要求魔力が跳ね上がっ
たな。ふむふむ。
「乱暴ですねぇ。まあきっと狙ってでしょうけど、キヒ!」
さも当然の様に戦場に様子を見に来ているドロテアは。
「ふーん無理な操作でも体は維持してますね。おや? 立ち上が
れそうに無いあたり、クリスタルが過負荷にやられてしまった
かも?」
等と感想を口にし。『無事なら回収してデータを取らないと!』
と息巻いている。ゴーレムに無理な動きをさせる経験には成った
な。うむ。
さて、かの騎士の言葉に他の騎士たちは一斉に戦闘を放棄し、歩
兵は互いを守り合いながら後退を始め。騎馬隊も互いをカバーし
合いながら馬車まで撤退し、馬車周りで飛竜達を退けはじめた。
場を乱し被害は出たが、騎士自体には思った程飛竜の被害が出て
ない様子。
飛竜達も狩り、と言うより追い回したり空に持ち上げて見たり
と、遊んでいるに近いな。
飼育する少女曰く『ワイバーンちゃん達? うん!興味一杯で
どの子も遊びたがりだよ!』との事。
「(あの飛竜達はまだ生まれて浅い、歳の若い個体ばかりと言うの
も少しは関係しているだろう)」
飛竜達の活躍を見ながら戦場を見渡せば、二つの馬車で防御を固
める騎士達。飛竜は孤立している馬車の一つに興味を示し、幌馬
車の上に止まってみた。だが飛竜の重さに幌耐えられずに張りが
歪み、布が破けてしまう。
「ひいいいい!」
『!』
すると馬車から一人の男、騎士たちとは違いえらく綺羅びやかな
服装の男性が馬車から転がり出てくるではないか。男性を視認し
た飛竜が馬車の屋根から地に降り、男性に近付く。
「おおおおお神よ! 主の祝福ででで敵を退け給ええええ!」
『!?』
男性が飛竜へ何かを差し向けそう叫ぶと眩い閃光が飛竜を襲う。
目の眩んだらしい飛竜が“よろよろ”と馬車に打つかり、そのま
ま体勢を崩し転ける。
飛竜の、敵の隙を見逃さなかったのは近くの騎兵。彼は一人槍を
構え飛竜へ近付き。
「はぁ!」
『グキュルッ! ……───』
倒れる飛竜の頭を貫く。頭を貫かれた飛竜は一度大きく暴れはし
たが、直ぐに動かなくなってしまう。
『『『!!!』』』
仲間の死、叫びを聞いた事で飛竜が三匹新たに飛来する。騎士は
槍から手を離し剣を引き抜いては。
「司祭殿もう一度! もう一度頼みます!」
「ああああ神よおおおおおたすけええええええ!」
「司祭殿!? く!」
閃光を放った男性は慌てて壊れた幌馬車の下へ潜り込む。騎兵は
三匹の、怒れる飛竜に取り囲まれ。
「くそ、成金め!」
『!』
包囲を突破し仲間の隊へ戻ろうとする騎士は、手綱を引き踵を返
そうとするも。騎士へ飛竜が毒の霧を吐きつけ。
『ヒヒーン!』
「うわ!」
軍馬と馬車の馬が毒を吸い込み悶え倒れ込む。投げ出された騎士
は落としてしまった剣を拾おうとするが、その背と足を二匹の飛
竜が踏みつけては、長い首を下げ足と手を口に咥え。
『『!』』
「ぎゃああああああああああああああああ!」
頭を捻る。鎧がひしゃげる音に僅かと交じる異音。倒れる騎士の
両手両足潰した二匹は、次に騎士の顔に毒の霧を吹きかけた。
「ゲホ!ゲッゲホ!」
『『『……』』』
しかしその量は極々僅かな物。騎士は僅かな抵抗として顔を背け
るも、毒を吸い込み涙を流しながら咳き込んでいる。その様子を
暫く観察していた、まるで苦しめる事が目的のように飛竜。内一
匹が側離れ。
『……』
『───』
先程絶命した飛竜、動かなくなった仲間へ近付き。刺さっていた
槍を咥え引き抜き、槍を咥えたまま倒れる騎士へと向かう。
「ゲホ、ゲホゲ!?」
『……』
騎士を見下ろし。そして。
『!』
「ぐあ! ……───」
器用に首を撓らせ騎士へ槍を打ち突き立てた。
三匹は動かなくなった騎士をそのままに、冷たくなった仲間の側
で身を寄せ合っている。
「何て酷い……」
「うぶ!」
「あんなに、あんなワイバーン見た事ないぞ!どうなってんだ!」
仲間の死を償わせるかのように騎士を弄び殺した飛竜。凄惨な様
子に恐怖した仲間の騎士達は、飛竜が怖く弄ばれるとうとう最期
まで仲間を助けられなかったらしい。
仲間の最期を見た騎兵は一人、また一人と防御の陣を解いては。
「退却!全員退却!」
そう言いながら幌馬車を残し平原に馬を疾走らせだした。
「おい待ってくれ!まだ乗ってない仲間が居るだぞ!」
「煩いもうこれ以上待てん! それに……全員が助かるのは無理
だ、あのワイバーンから逃げるのは!だったら何人か“オト
リ”が居た方が、その方が生き残れるだろ!?」
「な、何いってんだお前!」
「俺はこんな所で死にたくないんだ! 仲間を待つなら待てば
いいさ好きにしろ! ……けれどな、死にたくなかったらさっ
さと馬車を動かした方が賢いぞ!」
騎兵達がどんどんと幌馬車を離れて行く。
「くそ!くそくそくそ!」
幌馬車の操縦席で手綱を握る騎士。
「……退却!退却!!」
「!?」
「「「!」」」
二つの内一つの馬車が動き出す。
「……た、退却、退却だあああああ!」
直ぐに二つ目の馬車も動き出した。その馬車二つへ。
「!? ふざけるなぁ!」
「見捨てるのか、見捨てるのか仲間を!?」
「待ってくれ、間に合うから、まだ間に合うから!だから、だから
おおおお置いてかないでくれえええええ!」
走っている仲間の叫びにも耳を傾けず、幌馬車離れて行く。負傷
した者、間に合ってない者その場に残して。
「(皆自分の命が大事。と言うのは仕方ないにしても、仲間をあん
なに早く見捨てるとは。騎士、騎士ねぇ)」
「あの、アンラさん」
やはり創作と現実は違うなと考えていると、オディ少年が私に言
葉を飛ばして来た。
「うん?」
「残ったあの兵士さん達はどう、どうなるんですか?」
「そうだなぁ。残された物の末路は───まあ、飛竜の気分次第だ
ろう」
「飛竜の……」
少年が呟き見据える先では。
騎兵と馬車二つはそのまま退却し続けるも、飛竜が追いかけ毒の
霧を吹き掛けている。暫くして遠くの方で馬車の二つが停止。
騎馬兵はそのまま振り返らず一目散に逃走。何時もなら生きて一
人も帰さないが、今現在は別の目的もあるので生きて帰ってもら
って構わないだろう。
騎兵の幾らかは姿が見えなくなり、馬車に群がっていた飛竜達は
動かなくなった獲物に飽きたのか此方へ戻って来る。そして。
「は、はなせぇええええええ───」
「林に逃げ込めー!」
「ま、待ってくれ足がぁ足が!」
「ゲッホ、ゲッホッゲホ!」
逃げ遅れた歩兵が弄ばれ始める。幾らかは武器を捨て盾だけを持
ち固まって、そのまま林を目指し走って行くも、毒の霧に飲まれ
多くが平原で横たわる事に。
飛竜達の幾らかが仲間の死骸を数匹で林へと連れて行き、また飛
竜の一部は壊れた幌馬車を取り囲んで、馬車を揺らしたりして遊
んでいる。
あの馬車、と言うか下で逃げ遅れている人間には興味がある。だ
がまああの様子ならまだ平気だろう。敵の戦意も抵抗も殆ど見受
けられないので、戦闘らしい戦闘は終了したと言える。
私は少年からゴブリン達へ顔を動かし。
「ご苦労。ゴーレムはもう良いぞ」
「ゴブ……」
声を掛けると杖を置いてへにゃへにゃと座り込むゴブリン達。ゴ
ーレムは瞬く間に形を失い元の土へと返り。後には潰された騎士
とクリスタルが二つ。
「あああクリスタル、クリスタルが!」
其処へ嬉々として駆け出すドロテア。騎士に息は無さそうだし…
…まあ良いか。
「残ってる兵士さんは、その、捕虜とかにしないんですか?」
怯えたよう目で少年が此方と。
「もう戦わない!頼む、助けてくれえええええ!」
戦場で飛竜に遊ばれる騎士を交互に見遣る。
「しない。敵対した彼らは全て殺す」
「! で、でももう戦意も無いし、そこまでしなくとも!」
うーむ? 今日の少年はやけに私へ話し掛けてくるな。それも挑
戦的に。
「ちょちょっと!機嫌損ねるような事はいわな───」
「どうして此処までするんですか? 彼らと、町と敵対はしたく
ないって、リベルテさんの故郷でもあるのに、どうして彼処まで
残酷にできるんですか?」
「バカ! 前に約束したでしょ!?コイツに意見しないって!
だから───!」
私は少女へ黙るよう視線で示し。少年の前へと動く。
「! あ、あ、あの。ご、ごめ───」
「あのゴブリン」
「?」
私は老兵へ飛びかかり斬り伏せられたゴブリン二人を指し示し。
「あの二人は騎士に殺された。まあ正確には老兵だが、彼らでも
良いだろう。その騎士が、今逃げ喚いている騎士が此処に来て君
に命乞いをしたとしよう。ああそうだ、殺されたのは君と中の良
いニコ、コスタスとしよう」
「!?」
「君は友達の為に報復をするか?それとも憎しみを捨てて助ける
のか。どちらかな?」
「……許せない、けど。復讐に復讐では、争いを止める事が出来
ないと思います。だから、許せないけど、命は奪わない、です」
「何甘い事───!?」
「シーですよ。シー」
また少女が喋りだしそうだったが、イリサがその口を塞ぐ。
私は少年を見下ろし思った事を口にする。
「や、やっぱりボクは───」
「素晴らしい」
「───へ?」
「驚いた。君は人間として至極真っ当だな」
「???」
「メンヒに付いて来た時もそうだったが、成程成程」
「あの?えっと?」
おっと。少年の純真さに感動している場合ではない。此処は自分
を示しておこう。
「ボクが、正しい?真っ当?」
「ああそうだとも。敵を憎しみではなく、その悪循環を断ち切る為
に許すなど、早々は出てくる、言える答えじゃないさ。
うん、難しい事を君の
年頃で考え、意見するものだ。素晴らしいじゃないか」
彼の頭を撫でる。子供は皆頭なでられるのが好きなはず。
「!?あり、がとうございます。褒められた事なくて、その」
「賢い子、勇気のある子。皆いい子だ」
「えと。それじゃあ兵士さんを助けるって事ですか?」
「いいや。彼らには皆死んでもらう」
「は、え!?」
私少年に目線を合わせ。
「我が村の住人を殺した彼ら、此処に残っている騎士は全員殺
す。私が許さないからだ。
復讐は良くないと言う君の意見は正しい。正解だ、正義だ善だ。
しかし彼らは真っ当に理由でゴブリンを殺した訳ではない。
此処では人間族以外を差別し、殺しても構わないと思っている
らしいが、私にとっては町や騎士の考え、行動は───悪だ。
悪とは常に正義の敵で、また悪の敵でもある。
私は彼ら、人間族以外を狩りの対象にすると言う考えを持つ
者共、その正義を否定する存在。人の道を外れた者を殺す、外
道だよ」
「───」
「村の住人になるからと、私に染まる必要は無い。だが私の考え
方はこれで知れただろう?」
「はい……」
似たような話を前にもしたかな?まあいいか。唖然とする少年か
ら離れ。
「犠牲者は後で弔おう」
「ゴブ」
転がるゴブリン二人に敬意を示し。私は次にオークの下へと向か
う。その後イリサが続き。
「……」
「だから意見するなって───」
「ほめられた……ほめられたんだ、ボク」
「───は?」
少年と少女、リベルテが続く。逃げ惑う騎士に警戒していたが、飛
竜が此方を守ってくる様子。なので私達は真っ直ぐとそのまま虫の
息のヴィクトルの側へ辿り着けた。私はさっそく彼へスキルを行
使。
「ぐ、ぐぐ」
スキルを使うと彼の切り刻まれた体の傷がみるみる治癒して行
く。但し治りの速度はリベルテ寄りも少し遅い程度だろうか。彼
の怪我は浅い物と深い物の二つあり、体中に刻まれた浅い切り傷
と、あの老兵に負わされたであろう首への深い傷。一瞬でヴィク
トルの首筋を切り裂いたあの剣技には、驚愕を禁じえない。深い
医学の知識等は勿論、幻想生物なオークの体なんか分かる分けが
無い。だがまあそれでも、この様子を見るに動脈と言う急所はあ
るのだろう。首を切られ大量に出血してるのだから。
驚くべきは動脈の有無か、それともこの状態でまだまだ息のある
個体、オークと言う種族にか。果たしてどちらなのだろうね。
「傷は塞がったが、気分はどうだろうか?ヴィクトル」
「……オレは助かったのか?」
治療の終わったヴィクトルが首筋を手で擦り驚きの声を上げ
る。
私の背後から様子を覗き込んでいた少年少女も同じ様に驚いて
おり、イリサだけが当然と言った様子を見せている。
「親方。オレは……ゥウ」
何かを言いかけた彼は起き上がろうとして起き上がれずに小さく
呻く。
このスキル、流れ出た血を元には戻せないからな。失血状態とし
ては当然の症状かも知れない。
「無理しなくとも良い。森に待機させてるゴブリン達を呼んで、あ
あそれにメンヒの人間にも頼んで家まで運んでもらおう。
メンヒにも馬で引ける荷車の一つ二つはあったろうからな」
「すまない。親方」
「いいや。君はよくやってくれたさ」
「………」
それ以上ヴィクトルから言葉は無い。ただ首を擦っている。
まあ元々彼はお喋りでは無いしな。言いかけた言葉の先は気にな
るが、大怪我の後だ。そっとしておこう。
ヴィクトルの治療を終えた私は遠くでへばっているゴブリンの一
人へ合図を送り、森とメンヒへの使いへ行かせる。
ヴィクトルの治療が終わる頃には、辺りの騎士は既に皆地に転が
っている。地に転がる彼らを踏まないように避け、続いて向かった
のは壊れた馬車。
『『!』』
「ひい! ひいいいい神よぉおおおお!」
残された馬車では飛竜達が逃げた獲物を脅かし遊んでいた。私達が
近付くと飛竜達は一斉に。
『『! ……』』
頭を下げ一歩と退き、顔を背ける固まる。飛竜は二匹がそのまま
残り、他の者はおもちゃを探しに去ってしまう。うーん、恐ろし
いほど躾の行き届いた飛竜だ。仲間の認識やらは一体どう仕込ん
だのだ?。あの少女には尊敬の念を抱いてしまう。
「(さしずめ飛竜ブリーダーと言った所。……格好いいな、それ
は!)」
等と男の子な夢の事を考える間に。飛竜が飛び去り、或いは退い
た事で馬車の揺れが収まると。一人の男性が恐る恐ると馬車の影
から這い出て来る。
「はぁ!はぁ!はぁ!」
息の荒い男性は頭を下げ止まっている飛竜二匹を見ては。
「は、はははは! そうだ、神の威光に恐れるが良いのだ!これ
ぞまさに神の御業!はははは!」
等と意味不明な事を叫ぶ。まあ神が実存する世界なので、彼の言
動は精神異常には見えないのだろう。凄い世界だな。
男性は背後。飛竜ばかり気にして私達の存在に気が付いてない様
子。なので。
「おい」
「あ? あああお前は魔女!」
声を掛けると慌てた様子で懐へ腕を突っ込み何かを取り出して
は、此方へと差し向ける。
「貴様……」
「あぎ!?」
何をするのか大変興味が唆れるが、側にはイリサ達が居る。万が
一何て在ってはならない。差し向けられた腕を包み込むように掴
んでは。
「あ? ぁぁあ痛い痛い!」
握り込む。何を握ってるかは知らないが、どうやらそれは手より
も硬い物らしい。元の体よりもずっと力が強いらしいこの体。力
の強さは、彼の手から血を滴らせる程度には強いらしい。
痛みに耐えかねた彼は握り込んでいた物体。小さな木の板を地面
に落とす。物を放したので彼の手を開放してやると、男性は手を
抱え地面に尻もちをついては。
「魔女! ああ魔女め! 汚らわしき言葉を用い、奇跡を冒涜し堕
落した忌みビト! ぶぶぶ無礼にも、無礼にも敬虔で献身的神の
僕足る私を、私ににににここんな、こんなことぉ! 無礼、無礼
無礼無礼ぶれぃいいい!」
凄く。煩かった。
錯乱しているのか何なのか知らないが、これではまともに話もで
きない。この場で話す事など余り無いのだが、それでも言ってお
きたい事はあるのだけどなぁ。落ち着くまで待つか? いやこの
耳障りな男性の側に長くは……。と、考えていると。
「無礼、ですか?」
「そうだ! 神の僕にこのような扱い!態度!許されるものではな
いぞ! 神の怒りが今にお前達を焼きう払う、焼き払うのだ!」
「まあ大変。貴方が仰ったその神の怒りとやらは───」
イリサがクロドアの頭を撫でながら男性では無い、誰か、何かへ
目線を送り。男性が釣られる。
『『……』』
「ひ!」
視線の先には男性の背後に這い寄った二匹の飛竜、それが首を伸
ばし彼の首筋辺りであの独特な、息の抜けるような鳴き声を小さ
く鳴らし出す。
「その子達が貴方の喉笛へ噛み付くよりも速いのでしょうか? 毒
で苦しみもがくよりもずっと恐ろしいのでしょうか?」
「は……はひ……」
「ええ。ええ私はそうは思えません。だって飛竜よりもお父様の方
がずぅっと恐ろしくて、畏敬を向けられるべきなのですから」
「あ、あがが」
イリサは尻もちを付く男性へと腰を曲げ、髪を押さえながら顔を
覗き込む。
私はそんなに怖いだろうか? と言うか、危ない人にそう近付い
て欲しくないのだがね。
「貴方は今は真に畏れ敬うべき相手の前に居るんですよ? なのに
命乞いの一つも無いだなんて、それこそ無礼だとは思いません
かぁ?」
途端。男性は体を“ブルブル”と大きく震わせ。
「命だけはぁ!命だけは助けてくださいいい! 私、私はあああ
あ!」
命乞いをして泣き出してしまった。その様子に姿勢を正したイリ
サ満足げな様子を見せ。私へと振り返り『どうしましょう?』と
目で問い掛けてきた。ふーむ。
「心配せずとも良い。後で迎えのゴブリンを此処へ寄越す、だから
彼らへは素直に従うんだ。そうすれば直ぐに死ぬ事はないだろう。
良いな?」
「はい、うん、分かった、言うとおりにする!何でも!」
「では大人しくして居ろ」
「うぅ、ぅうぅううう!」
男性は頭を抱え蹲ってしまう。泣いているのかも知れないが、ど
うだって良い。
「ありがとうイリサ」
「いえ。そんな……。私はお父様の方が凄いと、あの、えへへ」
言い方はどうあれ男性を静かにさせてくれたイリサにお礼を送
る。何故か照れて受け取るイリサの頭を撫でつつ。私は遠く、幌
馬車の止まった場所の方を見遣る。馬車の側には転がり出た騎士
の何人かの姿。
「あの、これで終わったん、ですよね?」
声を掛けてきたのは少年。
「もうこれで、これで安心して───」
「いいえ」
「!」
「いいえまだこれからですよね?」
質問を投げかけられたのは私だったが、応えたのはイリサだった。
撫でるイリサと少し見つめ合い。
「あの、あのそれじゃあ一体何を?」
聞いてきた少年へ今度こそ私が答える。
「ふ。最期の仕上げに、町へと向かうのさ」
「「「えぇ!?」」」
イリサ以外。リベルテ達が大きな声で驚いく───
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
───深夜。月と星々だけの夜空を、飛竜が二匹飛んで居る。背
には私とイリサは当然として。
「うわー……うわーうわー……」
「……落とさないでよ、落とさないでよ?」
「落とさないから。だからしっかり捕まってて」
リベルテに少年少女までも一緒に付いて来てしまった。この目的
には誰の同行も考えていなかったのだが、私の考えを察したイリ
サに促され、町へ深夜行くと明かせば。始めにリベルテが付いて
行くと言い出し。彼女が町での領主の住処を知っているとの事だ
ったので、同行を許可する事に。場所を探す手間が省けるので
ね。
そんな話をして夜まで待ち“いざ”と言う時。イリサと少年少女
が現れ同行を望んで来た。イリサに関してはもう当然と言った具
合で私が借り受けた飛竜に跨っていたな。それは仕方ないとして
も、少年少女を連れてくのはどうなのか。
『これは遊びてはない。まして遠足でもない』と
伝えると少年は『見たい、見届けたいんです!』と譲らず。
気の弱い子だと思っていたが、今日は押し切られる形で同行させ
てしまった。小さいながら、何か決意した者と言うのは曲げ辛
い。
「(余計なトラブルが生まれないと良いのだが……。子供と一緒な
ら交渉で油断もあるか?)」
「はー……。クロドアにも見せたあげたかったですね」
「そうだね。だけどクロドアなら何時か一人で飛びそうなものだが
な」
「それはそれで楽しみです。ふふ」
無邪気に燥ぐイリサ達と共に。私達は飛竜で平原を飛び進み、夜
の町へと難なく侵入。
大扉も壁も飛び越えてしまえば何の障害にもならず、町の中を警
戒する騎士も衛兵も空を見上げたりはすまい。羽ばたきの少ない
この飛竜ならではの静音性存分に生かしている。
「!」
「あっちらしいです」
「みたいだね」
リベルテが先行して目的地。領主の館へと向かう。
町の中を上空から見てみると、所狭しと密集した家々が町の外側
に“ぎゅうぎゅう”と押し詰められ、反対に中心部は家の感覚が
広くどれも大きな物ばかり。その豪華な家々の一番中心、見えた
屋敷は大変豪華で、私とイリサが一緒に住んでいた家よりも何倍
も大きい。本当の屋敷とは、きっとこんな豪華な家の事を言うの
だろう。
景観も素晴らしくまさに豪邸。
「「「……」」」
敷地も広く柵の内側、庭では警備の衛兵が何人か見える。だが彼
らの一人として此方には気が付いていない。滑空して飛ぶと音も
無いのが良いな、この飛竜達は。音も静かで夜目も聞くと成れば
奇襲に持ってこない乗り物だ。まあ行く行くの目的は違うのだけ
どね。
そうして町へ侵入した時同様、領主の館の広々としたバルコニー
へ飛竜共々降り立つ。デカくて助かるな。
「(テーブルや椅子も中々オシャレだ。憧れの邸宅と言った感じ
か?)」
感想浮かべど言葉は交わさず。静かにバルコニーから中へと入
る、入れた。鍵も掛けないとは不用心、いやこんな高さなら掛け
ないのかも知れない。
「(それも、きっと今後は鍵が付けられるのだろうがな)」
バルコニーから部屋の中へ入ると。
「……?」
「「「!」」」
正面一番奥。デカイベッドに誰かが寝ていた。静かに入ったが物
音が皆無と言う訳ではなかったからな。気が付かれても仕方がな
い。しかし。
「領主!」
リベルテが声を上げた。これは幸先が良いかも知れない。リベル
テの声に意識を完全に覚醒させた男が、領主らしきがベッドの上
に立ち上がり。
「な、なんだ貴様ら!」
「こんばんは領主殿。森の魔女、とでも言えば伝わるますかね?」
「まま、魔女だと!?」
寝室で寝ていた領主。想像したほど老けても太ってもない男性へ
少し歩み寄る。
「実はお話がありまして───」
「そっちはリベルテ、リベルテじゃないか!」
「どーも。このヒトの話、聞いた方が良いですよ。リョウシュサ
マ」
まあ聞くしか無いだろうこの状況。何もできまいと思っていた、
思っていたのだが。
「バカが甘く見るなよ! シュヴァリエ、ロブズ!」
「「「!」」」
領主が誰かを呼んだ。それだけならば別に構わない、護衛が来る
前に領主の身柄を押さえればいいのだから。しかし、護衛は部屋
の出入り口らしきではなく、領主が寝ていたベッドの左右。壁が
回転して二人の騎士を先頭にわらわらと出てくる出てくる。
「あんな後に護衛を置かないと思ったか?」
「成程(隠し通路、隠し部屋とは面白い。いや面白がってる場合
じゃないか)」
「何をしに来たか知らんが此処は森ではない! 私家で、私の町で
お前達に好き勝手はさせない。ああそうだ、そうだとも!目障り
なお前らには此処で死んでもらおう、死ね死ね死ねよなぁ!」
元気、と言うかちょっと興奮しすぎじゃないか?あの男。
領主の言葉に騎士達が一斉に剣を構え出してしまう。こっちは領
主とただ話をしに来ただけなのに。はあ、これはで計画を少々変
更せざる得ないかもな。
考える私の背には少年少女が張り付き、イリサもそれを見て何故
か抱きついてくる。そんな中。
「騎士の皆、アタシはアンタ達にも、誰にも死んで欲しくないの!
だからこのヒトの話を聞いて!」
リベルテが彼らへ言葉を投げかけ。
「……この状況で誰も、とは。自分の間違いだろうに」
「! ……姉さん!」
一人の騎士が集団から一つ抜け出す。何時か見た騎士。リベルテ
の姉。
「姉さんお願い。話を聞いて!」
「黙れ。私は貴様の姉などではない」
「ッだから!今はそんな事言ってる場合じゃないの!皆の命が掛
かってるの!」
「シュバリエぇえ!」
領主の言葉が騎士に掛かる。騎士は領主へと向かい。
「ご心配なく。あの妹にも似た間者、全員私が対処───殺しま
す」
「お、おお。そう、そうか。よし!やれ!」
「ええ」
シュヴァリエと呼ばれた騎士が綺羅びやかな剣と装飾豪華な小
さな盾を携え。
「妹は既に死んでいる。間者如きに領主様を殺させはしない」
「だーもう! こんの分からず屋が!」
リベルテが剣を抜き放ち構え。二人の女性が互いににらみ合
う。
───暗闇の大部屋で、騎士と間者がにらみ合う。
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