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第百十五話 姉妹対決
───領主の館を夜襲した黒の一行。しかし、仕向けた騎士の多
くが戻らず。命からがら落ち延びた騎士達の話しは支離滅裂。チ
ャンスがあればと老人と魔女双方を始末するため用意していた者
達の話では『とても手を出せる状況じゃなかった! ワイバーン
を手懐けてる、土のバケモノを生み出せるなんて聞いてない!
それに、それにあの魔法……冗談じゃない!俺たちは降りる!』
と怯えきった様子。領主は役立たずな彼らとジャジダの部下共々
地下牢へと幽閉。その後万一を考え自身の身を誰よりも案じ可愛
がっていた領主は、直様自身の警護に町の騎士、その精鋭中の精
鋭を側に置く事に。勿論一番無防備な眠る時でさえも。
そうして古く、始まりの、ある疚しい行いから芽生えた疑心。時
折纏わり付く幻影から逃れるため寝室に仕立てた隠し部屋。其処
へ彼は騎士達を私用で、権力を存分に振りかざし控えさせてい
た。
だから領主は黒の一行が自身の寝室へ侵入して直ぐ、彼らを呼び
出す事ができたのだ。
彼自身この様な展開を想像もしてなかったろうが、結果的に彼の
慎重さと猜疑心は大いに役に立ったのだろう。
今やそのお陰で精鋭騎士が領主のベッドを取り囲み。騎士団のト
ップ、騎士団長と呼ばれた一人が。黒の一行討伐へ一歩と進み出
るのだから。
「領主邸への不法侵入。お前だけで言えば虚偽申告、不明組織との
関わり等など。加えて今日の改めへの妨害、騎士貴族の死にも関
わっているだろう事から……お前の死罪は決定的だろう」
「あら? アタシって死人なんじゃなかったかしら?
と言うか裁判も受けさせてもらえないのって不公平だと思うんだ
けど?」
「即執行を持ってお前を罰する。抵抗はするな」
「ほんっと、ほんっと妹の話しをとことこん聞いてくれないわね!
騎士になって欲しくないって言った時も、領主が絶対怪しいって
言った時もッ!」
赤毛女性の体が“わなわな”と震え。
「……良いわよ。何時かは決着を付けないとって思ってた。これも
良い機会よね」
騎士団を率いるトップ。団長と呼ばれた人物と、赤髪女性の二人
は互いの集団から一つ抜け出ては、見合う。その後ろから。
「何決闘何てやろうとしてるんだ!? お前達も加勢して侵入者全
員殺すべきだろう!」
領主の言葉が響く。兜のてっぺんを“ポリポリ”と意味もなく掻
いて見せた騎士が。
「いやぁ団長の側で戦ったら、こっちにまで被害でちゃうもんで」
「何バカな事言ってるんだ!?」
「ホント、暴れっぷりがすんごいんですよ、うちの団長殿は。それ
に俺らは領主様の身の安全第一ですし。後は───」
喋っていた男が頭を領主の側へ寄せ。バルコニーを背にする黒の
一行を頭の動きだけで指し示し。
「あっちの黒いの。“魔女”って奴何でしょうがね、得体の知れな
いあちらさんもどうやらこの決闘の成り行きを見届ける積りらし
いでしょう? けれど俺らが加勢したらあっちのもきっと動いち
ゃいますよね。魔法何て物を使わせる隙は与えませんが、確実と
は言い難い。団長殿は決闘に乗り気なんでね。
でもその団長があの娘、妹さん倒した後なら、ねえ?
団長は間違いなく騎士の中で、歴代団長の中でも一番強いんすか
ら、その団長が参戦できる時に一気に叩くのが一番だと、俺は思
うんですよ」
「……ッチ」
舌打ちをした領主の男はベッドの上に座り。彼らも決闘の行方を
見守る事にしたらしい。
フルフェイスの兜を被り身を鎧で包んだ騎士。騎士の獲物はショ
ートソードと、他の騎士の物より何故か一回り小さいラウンドシ
ールド。何方も綺麗に磨かれ凝った装飾が施され、まるで芸術品
だ。
対する赤毛の女性は二つの剣。一つは意匠らしきが削られた剣
で、もう一方は装飾も何も無いただ普通の剣。
「……」
対した騎士が剣と盾を胸の前に一度構える。それは式典などで良
く見られる、騎士の構え。
赤毛の女性の方も両腰に下げた剣を抜き放ち、ハの字の様に大き
く広げては睨み。
「なにそれ。此処は式典会場でも訓練所でもないんだけど?」
「騎士としての敬意の表れだ。もっとも、お前には理解の遠くにあ
るだろうが」
赤毛女性の顔が僅かに引き攣る。
「ッ───っそう!生憎アタシには全然全くこれっぽちも理解でき
ない事よ! だから先に謝っとく。敬意も無しに全力でぶっ倒さ
せてもらうから、痛かったらごめんなさいね!」
赤毛女性が駆け出し両者の戦闘が始まる。
赤毛女性はバルコニーを背に走り出し、騎士目掛け広げた剣を掬
い上げるように切り上げる。
「言っとくけど、アタシこれでも騎士の訓練で負けた事無いか
ら!」
「私が受けさせた二~三度だけの話だろう。それにその戦い方、相
変わらずまともでは無いらしい」
「一番戦いやすい戦い方が一番強いのよ!」
騎士は彼女の剣技を盾を使い小さく弾くようにして防いだ。
鉄の剣と言うのは決して軽くない。重いからこその一撃を誇る剣
を、通常騎士は連撃に用いたりはしない。用いれない。
騎士達の多くは盾で敵の攻撃を防ぎつつ距離を詰め、機会を伺い
確実に重い一撃を相手へ与え。返って来る反撃は盾で防ぐ。叩
き、防ぐ。叩き、防ぐ。その繰り返しこそが彼ら騎士の戦い方。
見習いや訓練生が模擬戦で最初に味わう泥臭い戦闘で、習うべき
基礎。しかし。
「獲物を二本振り回して強いのは子供の時分だけだ」
「ええそうよ、子供の時だって大人に成ってからだって、男の子に
も騎士にも負けた事無いのは事実ね」
「私以外に“は”だろう」
「ッ。それも今日変わるわ、変えてみせる!」
弾かれたにも関わらず赤毛女性は体勢も崩さずその場で踏ん張
り、もう一方の剣で透かさず斬り掛かる。赤毛の女性は女性と思
えぬ腕力で剣を振るい、時には靭やかな体躯でもって剣を支えに
使い体を大きく逸らしてみたりと。バネのように撓る筋肉、抜群
の反射神経。そしてその反応速度に、イメージ通りに動く体を用
いて、彼女は鉄の剣でもって連撃を放って見せている。
「まるで曲芸師だな」
「その曲芸師に姉さんの騎士は負けたのよ?」
短く感想を述べた騎士は連撃の全てを、ラウンドシールを僅かに
動かすだけで防ぎきっている。攻撃を加えられている騎士の体は
微塵も揺れない。赤毛女性は連撃を可能にしてはいるが、その攻
撃に重さが乗っていないのだろう。そして。
「……問題ない。最後に私が勝てばいい!」
騎士は繰り返される同じ攻撃へ、盾を当てる瞬間。動作に力を籠
める。すると“ガキィン!”と言う高い音ともに赤毛女性の剣が
大きく弾かれ。騎士のからの反撃が───放たれる事は無かっ
た。
「なんのぉ!」
弾かれ、大きく片腕を上げ払われた赤毛女性。だが彼女はそれで
も体制を崩す事は無かった。まるで弾かれるのを待っていたかの
様に、弾かれた瞬間足を後ろへ大きく下げ、残った片足に大きく
力を踏み入れては、もう一方の剣であろう事かそのまま突きを放
って見せた。何処まで体幹が良いのか。驚愕である。
放たれた剣は真っ直ぐに騎士の胸当てを目掛け伸びゆく。片腕
の、それも女性の突き程度で貫かれる事は無いだろうが、しかし
騎士同士、鉄の鎧を纏う者同士の戦いでは剣は斬り付ける物では
ない。騎士にとっての剣とは叩き付ける為の、打撃武器として扱
われる事がままある。
当然だ。鉄鎧をも引き裂く程鋭い剣、聖剣を持つ騎士等多くは居
ないのだから。
故に。赤毛女性の突きを打撃と考えるならば、この突きは間違い
なく有効打足り得るだろう。
「ふんッ!」
有効打になるはずだった突き。それは騎士が控えにしていた、剣
を持つ腕を素早く防御へと回す事で、剣ではなく手甲で払い退け
る様にして弾かれてしまう。同時に騎士は体を反らす事で突きを
何も無い空間に誘導。
突きを手甲で弾くなど、騎士の誰もができる芸当ではない。この
騎士の戦いの経験と膂力あってこそのものだろう。
二本の剣、二回の攻防。互いに手札は尽きた。
騎士は教えに倣い引きの体勢を見せ、赤毛女性も弾かれた体制を
元に戻す。騎士の胸当てには逸らした際に切っ先が僅かに触れた
らしく、かすり傷が付いている。
「ねえ。ちょっとは妹の話を聞こうって気になってくれた?」
「賊と語り合う必要はない」
「ッチ。分からず屋ね」
片手で剣を突き構える赤毛女性。息は少し切れているが、アレだ
けの運動、攻防を経てにしてはそれほどでも無い。戦いに影響を
与える程消耗してないのだろう。
「分からず屋はお前だろうに。いや、もう良い。黙って地を這い蹲
れ」
言いながら、今度は騎士自ら赤毛女性へと向かって行く。歩いて
向かって来る騎士へ、赤毛女性は下からの斬り上げを繰り出す。
しかし騎士はそれを盾で簡単に弾き上げ。
「そうやって頭ごなしにッ。今度はアタシがアンタを這い蹲らせて
話を聞かせる番よ!」
「現実を見ずに無理な事ばかり口にするのは、お前の悪い癖だ」
もう一方の剣が繰り出されるも、騎士は最少の動き、スナップを
効かせた自らの剣で相手の剣を弾く。互いの一度に置ける最大攻
撃回数は同じ、しかし大振りな攻撃の赤毛女性と最小の動きで返
す騎士とでは再起のタイミングが違う。
「終わりだ」
始動を相手に押し付ける形で始まったこの状況。騎士の方が次の
攻撃へ移るのが速い。騎士は剣で攻撃の構えを取る、が。
「ッりゃあ!」
「ッ!?」
予想外にも、赤毛女性は弾かれた剣をそのまま背後での支えと利用
し、そのまま肉薄する騎士の腹めがけ真っ直ぐな蹴りを繰り出した
のだ。
歩き近付いていた騎士に抵抗力は無く、逆に剣を支えに使う赤毛女
性の蹴りには確かな重みが乗っていた。蹴られた騎士は少し蹌踉め
きながら後退する事になり。その隙、好機を見逃さず、騎士へ今度
は赤毛女性が肉薄。
剣を両方その場に投げ捨てては素手で、あろうことか素手で鉄兜を
打ち下ろすかのように殴りつけ。
「この馬鹿姉ッ!」
「ッオ」
続けて今度は下から上へとアッパー。
「可愛い妹の話し位最後まで聞きなさいよ! 騎士になってから
ずっと無視ばかり、押し付けるばかりして!」
「ゴッ」
騎士の頭が殴られ揺れる度に声が少し漏れ、剣を両方手放した赤
毛女性はニ打の後。両手を引くようにしては片足を上げ、ねじ込
むように蹌踉めく騎士の腹へ再びの蹴りを、先程とは違い最初か
ら蹴りとしての動作が取り込まれた、正真正銘の蹴りを騎士の腹
へと見舞う。
「どらぁッ!」
「!!?」
見事な蹴りだった。打撃として剣に勝るとも劣らない、怒りの込
められた渾身の蹴り。その直撃を受けた騎士は大きく体を飛ばさ
れ。
「「「!」」」
誰もが驚く事に、終始余裕を見せていた騎士は“がっくりと”一
度崩れ、そのまま地に膝を付いてしまう。
彼女の戦いはとても騎士の戦い方では無い。騎士が大衆から持た
れる華やかさは、実際戦う騎士には微塵も無い。だがそれにした
って連撃や蹴り、更には兜を素手で殴る等と。此処まで泥臭く、
形振り構わぬ戦いではないだろう。
鉄兜を殴った赤毛女性の手は折れていてもおかしくない。しかし
その奇抜な、型にはまらぬ予想外な戦い方だからこそ、かの騎士
へああもダメージを与えたのだ。
赤毛女性は手放した二つの剣を拾い上げ、構え見据える。床に膝
を付く騎士を。姉を。
「どう?少しは痛かったかしら? アタシだっていつまでも勝てな
い妹じゃないのよ、姉さん」
「………」
頭だけを上げる騎士へ彼女が語りかける。
「姉さん。姉さんが騎士に成るって言い出した時、アタシ言ったわ
よね?そんな必要無いって。なのに、必死に止めたのに聞いてく
れなかった。
姉さんが騎士に成った後もそう。アタシが町の事件を調べてアイ
ツが、領主が絶対怪しいって相談した時も。もしかしたら自分
の、前領主を殺したかも知れない男で、私達の両親の死にもアイ
ツは関係してるかもって、そう相談した時も!
……姉さんはまともに取り合ってくれなかった。それどころか次
の日にはお前も騎士に成って領主に忠誠を誓えだなんて言い出し
て!」
遠く。領主がベッドの上で立ち上がる。
「……」
「ねえ。ねえ何で?何で姉さんはそんなにも変わってしまったの?
何が姉さんをそこまで追い詰めてるの?」
「………」
「一体どうしたら、私達の両親を殺したかも知れない男に忠誠が誓
えるの!? 応えて姉さん!」
叫ぶ彼女に騎士からの返答はない。
その様子に、自身の護衛が膝を付くのを見た領主が叫ぶ。
「で、でまかせに惑わされるなよ!」
「うわー団長の妹さん、中々筋の良い事で。似てるっておっそろし
いなぁ」
「呑気に言ってる場合かよ!負けそうなら加勢して侵入者と魔女諸
共殺せよ! 後アイツの話しは全部、全部でまかせだぞ!」
領主が自分を護衛する騎士全員へ言葉を飛ばすも。騎士たちは微
動だにもせず。
「そんな、俺らに弁明しなくとも大丈夫っすよ。俺らは領主様に忠
誠を“買われた”身なんですから。ねぇ?」
「あ、ああ。ああそうだったよな。だったらあの市民を、いや賊を
殺してこい!」
「いやーそれはちょっと……。決闘を始めちゃったのうちの団長殿
なもんで」
「ふざけるな!?それが何だどうしたバカが! 騎士の矜持なんて
お前らには今更だろうが!」
領主の怒鳴りを受ける騎士が『ごもっとも』と肩をすくませ呟
き。
「勿論団長殿が負けそうなら加勢しますよ。俺らだって死にたく無
いですし貰ったお金だって使いたいですし」
「なら今直ぐ───」
「だから、負けそうならって話しですよ。領主様」
護衛の騎士と領主の会話は、実の所戦う二人へはこの時届いてい
なかった。赤毛女性は全力で、ある人物が動く事で命が散らされ
るのを阻止する為に、姉を守りたい気持ちから全力だった。
そして騎士の方は───
「……様」
「! ななな、なんだよ!」
ゆっくりと立ち上がった騎士はこの瞬間、改めて覚悟を決めた。
「俺は何も───」
「騎士とは、まず自らの忠誠を仕える相手へ捧げ、捧げた忠誠に絶
対に背かぬ事。それが騎士の矜持と倣いました」
問いかける形だったが、問を求めては居なかったらしい。自問自
答をするかの様にして騎士は立ち上がり。
「我が忠誠は既に捧げられている。だから───敵は殺す」
敵を殺すと、命を奪うと言う決意、絶対の覚悟の前に。周りの雑
音はきっと届かない。誰もあの気迫の前に、声を届けられはしな
い。
「ッ!」
誰に向けた言葉っだったろうか。立ち上がり呟いた騎士は、既に
先程までとは気配が別人。
「(大丈夫。行ける、行けてる、今まで一番姉さんとまともに戦え
てる! だからビビるなアタシ!)」
対する赤毛女性は殺気を感じ取り自分を鼓舞する中。騎士は彼女
目掛けて歩き出す。
赤毛女性はただ待つなどせず、自ら斬り掛かりに向かう。歩き近
付く騎士へ掬い上げるように剣を切り上げれば。
「……」
これを騎士がいともたやすく弾き。
「この!」
「……」
隙なく斬り掛かるも騎士は全てを弾く。二人共二回の行動。仕切
り直しとばかりに赤毛女性が体を僅かに引いて体勢を整えようと
する所で。騎士は弾きに使った剣を、盾をあっさりそのまま投げ
捨て。
「ふんッ!」
床が、大理石がひび割れる強い一歩を踏み出し。鎧を物ともせず
跳躍し。
「!? ───げあ」
身を引く赤毛女性の体へ、胴へ膝蹴りを差し込む。打たれた彼女
の体が膝蹴りで僅かに浮かび、自然と前へ出てくる頭。それへ。
「!」
「ぶべ」
頭突きを食らわせる。兜を被っての頭突きを受け体が後ろへ仰け
反るも、そのまま倒れる事は許されない。騎士が許さない。
倒れ込む相手の胸ぐらを騎士が掴み、上半身を捩り力任せに横へ
と、片手で軽々赤毛女性を投げ飛ばす。
「ッ! ! !!?」
椅子やテーブル、花瓶等を薙ぎ倒しながら彼女の体は壁へ激突。
瞬間室内の装飾品が揺れる事で、如何に衝撃が凄まじ物であった
かが伝わってくる。人間を、成人女性を投げ飛ばす騎士。
「ぁ───あああ!」
常人ならもう既に意識を手放している。そんな状況で赤毛女性は
転がるガラス片にも構わず手を、剣を握った拳を叩きつけ速やか
に立ち上がある。
そうして騎士へと向き合うも、騎士は装飾の施された剣も盾も拾
わず真っ直ぐに、既に彼女の側に歩いて来ていた。揺れる視界の
中で向かって来る騎士へ彼女が剣を差し向けるも。
「……」
「!?」
狙いの定まってない攻撃は簡単に腕で弾かれてしまう。
「こ、の!」
やられてばかりでは無いと、半ば意地でもう一方の剣で斬りかか
るも。騎士は防ぐ動作すらせず赤毛女性へと、殴り掛かった。
「ぶッ」
剣の打撃を素直に胴体で受けて尚怯まず。代わりに握り拳を赤毛
女性の顔面へと叩きつけた騎士。頭を壁に打ち付け、鼻血を垂ら
しながら蹌踉めき膝をつく相手を。自分を見上げる妹へ。
「………」
「ッぁ───」
無慈悲にも鉄の拳が頭上から振り下ろされる。思い切り殴られ
“ぐらり”と揺れる赤毛女性は、剣二つのうちの一つを等々手放
しそのまま倒れてしまう。
一方的。相手を殺すと言う意思に満ちた光景を目の当たりにした
ギャラリー。領主側と言えば。
「いやぁ。ほんと、怖い位似てるんですよねぇ。団長と妹さんの戦
い方って。力任せって言うんですかねぇ」
「力が強いで済まされないだろ、あれは……」
「そうなんですよ。団長殿は素手で魔物を殴り殺すって言う、怪物
ですからね」
「……」
絶句する領主へ騎士が気が付き。
「あ。もしかして初めてでした、団長殿の戦い方を見るの」
「何なんだ、あれは!? 式典でも見学でもあんな戦い方してなっ
たじゃないか!」
「あぁ~まあ。ねえ? おえら様方が見学する時には、何時も下賜
された武器だけで戦ってますもんね。流石に人目も気にしますよ
そりゃあ。
団長曰く『斬るより殴った方が断然早い』とかって理由でああ言
った戦闘スタイルらしいですよ。オジサンには理解出来ない戦い
方ですよ、ホント。
しかも団長殿はあの戦い方で男女の差別無く、挑んできた相手を
全員一人の例外なく病院、神殿送りにしちまうもんで。今じゃ騎
士団の誰も団長殿には挑まないんすよ。挑むのは知らない若いの
だけってね、へへ」
騎士は『まあそもそも団長殿は決闘を断るんですけど』と呟き。
「それでもしつこく、女が気に入らない実力を知りたいお近付きに
なりたい有象無象。そんな連中がしつこく挑戦を求めると、挑戦
を受けるんですがね。いやぁ相手の剣も骨も、騎士の夢まで砕い
ちゃうもうんで! 団長殿には訓練も自粛してもらってんです
わ! わはは!」
何処か嘘っぽく笑う彼は『だから下賜された剣が何時までも綺麗
なんですよ』と付け足す。彼に領主が“ぶるぶる”と体を震わ
せ。
「笑い事か! いや、今はいい! アレだけ強いのなら申し分な
いぞ! なあ!?」
「確かに───身内にアレだけ残酷に成れるんだから、相当強いで
すよねぇ。最も、未だに死んでない妹さんも妹さんだ」
『ホント似た者姉妹ですねえ』と呟く男性騎士。
話題に出された団長は、領主と男騎士の声に気を逸らされず。地
に倒れ込む侵入者を見下ろし。
「騎士にも成らず、町で静かに暮らす事も出来ず。挙げ句外でも生
きては行けなかったのか。………」
「…。……」
攻撃は全て鉄鎧の上から行われた物。それをまともに全て受けた
赤毛女性はそれでも“ひゅーひゅー”と言う呼吸音を響かせる。
騎士は返事など期待していなかっただろう。
しかし彼女、倒れる赤毛女性は満足な返事も出来ない、その代わ
りに。
「………」
「立つか、立つのかッ。つくづく馬鹿な奴だ。救いようがないぞ」
一本の剣を支えに立ち上がった。赤毛女性は片目の潰れた状態
で、痛みで朦朧とする中立ち上がり騎士を見据える。
「今度こそ、今度こそだ!」
騎士は彼女が手放した一つの剣を足で弾き拾い上げ。彼女の胸ぐ
ら掴んでは驚く事に、片手で軽々持ち上げてしまう。
「ぶぎゅ」
息が出来ないのか、苦しくてか。餌付いた彼女からは僅かに血が
飛ぶ。騎士は血のついた兜で敵をしっかりと見詰め、その首を。
拾った剣を大きく後ろに振りかぶるは、断頭の動作。
その動作を見て赤毛女性が出来た事と言えば。力なく、最後まで
手放さなかった一本の剣を、何時か手向けとされた剣を騎士の腹
に充てがう程度。
突きも斬りも出来ず、ただ鎧に切っ先を充てがうだけ。
「……。…。………」
「……遅すぎる」
そして“ぼそり”と呟いた。意識が朦朧としてても、手放さなか
意思を覚悟に変えて。
騎士は首を刈り取る。これで最後だと剣を握る手に力を込める。
「───?」
だがおかしい。いくら頑張って見ても剣を握る手に力が入らな
い。それどころか。
「ッ。ゲホ!ゲホッゲホ!」
「??」
掴み上げていた敵を落としていしまった。殺さねば、此処で殺さ
ねば成らない相手を。
「………ぼば!?」
落ち着いて息をしようとした時。大きく血を吐いてしまう。兜の
中で血を吐いた騎士は、両膝を付き倒れ込む。
見下ろしているのは───赤毛の女性。倒れながら見た光景には
彼女がその手に、血で真っ赤に濡れた剣を握っていた事。それは
何時か自分が妹へ送った手向けの剣。苦しみから開放される助け
にと、そう送った剣だった。
上手く動かない手で自分の体を、痛みの場所を確認すると。鎧
に、脇腹が抉られた様に穴が開き血が吹き出しているらしい。
痛みを感じない程の致命傷。もう四肢の感覚すらない。
唯一残っている思考、意識でどうなっているかと一瞬考える騎士
の耳に。
「ねえさん。姉さん」
騎士を呼ぶ声が届き考えを掻き消す。側へと座り込み、自分を見
下ろす存在。騎士はこうなった事を考えるのでは無く、今考える
べき最善を考え。
「……お、まえ、の。……死を、………望む」
「………そう」
伝えた。騎士の予想に反し彼女は泣きはしなかった。意識の遠く
なる中で、まだ何か話しかける妹。そして仕えた相手の叫び声等
が徐々に遠退いて行く中。もう瞼を閉じようとした、その時。
「マギア・エラトマ・エピディオル」
不気味な言葉が声耳に響き。おぞましい、恐ろしいと思える感覚
に自分の全てが侵すされる感覚に包まれた。
騎士の閉じかけた瞳に映ったのは、自分を見ていない眼───
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