第百十六話 想定外の結果

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第百十六話 想定外の結果

 ───赤毛女性と騎士の決着が着く少し前へと時間は遡る。  バルコニーから侵入した領主の寝室。室内に置かれた調度品は見  た目から高価と分かるほどに綺羅びやかで、不必要なほどに広い  寝室。赤毛女性と騎士が剣を振り回し暴れても十分すぎる程に広  い部屋。まるで部屋の仕切りを一つ無くしたかの様。  バルコニーから入って正面一番奥、広い広い部屋の最奥にベッド  一つ置かれ、そのベッドの上には領主と思しき存在。そして、ベ  ッドを囲むように護衛の騎士達の姿も。  バルコニー側には黒の男とその娘。そして彼らの背後に隠れよう  に少年少女の姿。  両者が見据える先は部屋の中央にて家具を、大理石の床をこれで  もかと破壊しながら戦う二人。  観衆に見守られ中で赤毛女性と騎士の互いが互いを傷付けあって  いる。  夜襲。と言うと襲撃に来たみたいで聞こえが悪い。私が夜更けに  町まで来たのはここの代表、領主とやらと話をするためだった。  話しの内容は今日我が村ステリオンへ行われるはずだった“魔族  改め”とか言うのが、どの様な結果を迎えたのか。そして前回の  “狩り”の事も。それらを踏まえた上で互いに干渉し合うのは全  くの無意味であると、お互い見て見ぬ振りでやり過ごそうではな  いかと。今後を考えた建設的な話し合いを望んでの事だった。 「ぁぁああああ!」 「叫べば強くなるのか?」 「なるわよ!」 「……子供だな」  だったのだが。運良く最初に侵入した部屋が領主の寝室で、運悪  く彼は護衛を大勢控えさせており。結果として私の目の前では現  在決闘じみた物が開催されてしまっている。対するはリベルテと  騎士の、確か団長とか言われていた相手。 「(護衛が居ないとは考えてなかったが、まさか此処まで戦力を自  分一人の下へ集めてるとはなぁ。計画では館を速やかに制圧し、  途中護衛の一人二人はまあ……。そして非力な人間一人、町の代  表と強制対談、誠意の説得、故意の脅迫でもってして今回の事態  を収める。そんな算段だったが)」  結果は何故か決闘の観戦。  やる気満々で進み出たリベルテを止める事もできたが、敢えてそ  うしなかった。彼女自身止が強く戦う事を望んでいたのと、私個  人としてもこの不測の事態に対してどう対処するか、考える時間  が欲しかったからだ。彼女が戦っている間、相手も観戦を決め込  んでいる間に考えなけば。この後の流れを。  私の目的は我々へ町からの干渉をやめさせる事と、王都とやらに  助けを求めさせない事だ。さて、それにはどうするべきかな。 「凄いやリベルテさん。あんなに剣を軽々振れる何て!カッコイ  イ!」 「いやバケモノじゃない?あれ。人間があんなに力持ちなんて聞い  た事無いんですけど? と言うかあんた何死闘をカッコイイとか  言ってんの?」 「そ、そうだよね。ごめん。でもボクはあんな風に剣をまともに振  れないから……。やっぱり格好いいなぁって思っちゃうな」 「だからって気が抜けすぎ。此処戦地。  ……暴力的な事に慣れ始めてる、染まりだしてるんじゃない?あ  んた?」  考える私の背後ではおまけで付いて来た、子供の姿でも見れば多  少の油断もしてくれるかもと思い同行を許可した少年が無邪気に  も憧れを口にしては、悪魔な少女に叱られ。 「ええ確かに、オディ君の言う通り戦う姿と言うのは格好いいもの  ですね。頑張ってくださいリベルテー」 「はあ? そんな呑気な応援する所!?今って!?」 「が、頑張ってくださーい!」 「お前も乗るな、やめろ!逆に気が抜ける! だぁーもう!おかし  いだろ! 死闘を演じてるんだぞ!?」  イリサと少年少女は戦うリベルテヘ声援?を送り出す。生憎当の  本人には全く聞こえてない様子だ。  片や死闘、片や応援と。状況を考えてみてもえらく緊張感が無い  な、自分達は。 「(思い返せば町まで、此処まで飛竜に乗っている間もとても楽し  そうだった。昼間に殺し合いを、そして町へ侵入しようとは思え  ない程、楽しく愉快に。まるでピクニック気分だったな)」  夜に村から飛竜に乗っては飛び立つ、夜空を飛び泳ぐ。長くも短  くもない間の出来事は子供と娘たちの気分を大いに盛り上げた。  もしかしたら戦いに行く訳では無い、と言うのもまた緊張を緩め  ていたのかも知れない。  リベルテは追放後初めて生まれ故郷帰ってきたのだから当然とし  て、イリサもこの町の事は好きらしく目をキラキラ輝かせ話を弾  ませていたっけか。少年は飛竜に喜び、私も内心大喜びだった  し。 「るっぁあ!」 「ふん!」  今やキラキラと散っているのは鉄と鉄が打つかり合う火花。星の  代わりに僅かな血が宙を舞っている始末。どうしてこうなった。 「(やれやれ)」  予測も出来事も上手くいくばかりではない。起こった事を憂いて  ばかりでは行けない。気持ちを切り替えよう。  さて。騎士の全滅は敢えて狙わなかったが、それで生き残りが居  たにせよ居なかったにせよ。何方にしてもあの護衛の数だ、領主  は此方を大きな脅威と考えてくれた様子。だとすれば重畳(ちょうじょう)。  町とはこれまで三度の衝突があり、町の騎士の実力も今回で大体  把握できたろう。今なら不出来、試作、実験機レベルではあるが  ゴーレムと言う兵力の確保もできてる。飛竜やそれら戦力を考え  るに、田舎村とは言え最早我が村を町が攻め落とすの容易いとは  言い難い。そもそも近場と言う事を考えれば此処も十二分に田舎  な町。  此処まで魔法と言う最高兵器もお目見えしていない所を見るに、  脅威は当初私が懸念した程大きく無い。種全体で技術の発展を停  滞させたツケなのだろうか? 秘密研究も裏ではしているらしい  が、こんな田舎町でその技術の恩恵がある訳も無し。  事実上この町だけで言えば我が村の驚異足り得ない。 「(規模、数を除けばの話しではあるが、な)」  残念ながら今の戦力の質は数を凌駕する程じゃない。  数で言えばこの大きな町の、その全勢力を我が村を滅ぼすのに使  われでもすれば抵抗できるかは怪しくなってしまう。死も恐れず  と言うのは流石に困りものだ。それはあの老兵が教えてくれた。  死を恐れず引きもしない相手と言うのは実に厄介な存在だ。  町の人間全てが一致団結し、死も恐れず此方に立ち向かうなどさ  れては此方の村がただでは済まない。  理想で言えばかの町の統率者、あの領主を此方の手中に収めるな  いし、町の全権を握りたい所。しかし支配すると言うには戦力が  現状まだ不十分。襲わせないだけの脅威には成れても、攻め入る  と成ればまた話が違ってくる。  なので此処は互いに互いを無視すると言う、そう言う方向性に持  っていければ取り敢えずは、良いか。うむ。  そのためなら多少此方の身を削る覚悟も用意もある。試作品ゴー  レムを町へ譲渡するとかな。ああそうだ、寧ろ是非納品したい所  じゃないか。そうすれば……クク。  此処まで護衛で身を固める程度なのだから、ゴーレムを脅威的に  説明すれば、交渉へとスムーズに持っていけるはずだ。兵器を欲  しがらない権力者等居まいて。 「(何にせよ)」 「頑張ってくださいリベルテー」 「(彼女の決着待ちだな)」  考えを纏めた私は頭の片隅で出費をちまちま考えつつ。イリサが  応援するリベルテの決着の行方を見守る事に。  戦ってる彼女は見た限り周りを全く気にせず、持てる力も意識も  全て相手へと注いでいる様子。  前方で戦う二人。その更に奥には後の交渉相手と護衛が数名。寝  室扉の外からは僅かに物音が響いている事から、外を警邏してい  た者が集まって来たのだろうな。これだけの騒ぎなら当然か。  未だ突入して来ないのは、扉近くで待機する騎士が外へ様子を話  しているからか?  できれば正気での話し合いが希望なので、私のスキルでこの場を  制する事だけは避けたい所。私がスキルの力を見せると人間はし  ばしば正気を失いがちだ。  彼らには今までの侮った認識を捨ててもらい、私を脅威に思って  欲しいが、かと言って正気を失う程の脅威に映る訳にも行かな  い。 「(塩梅の難しい所だ)」  考えながら視線を騎士へ、戦っている騎士団長へ動かす  開戦前にあの騎士は言った『妹は既に死んでいる。あれは不法に  侵入した敵』だと。そんな事を言って剣を構えた騎士。  話しではあの騎士はリベルテの姉と言う事らしいが、肉親と言う  のだから少しぐらい話し合いがあるかと思ったが、互いに命を狙  い合っている。いや、リベルテの方はまだ家族として何か訴えて  いる感じか。  剣をぶつけ合う二人の会話がチラホラと聞こえてくる。内容は問  い掛けと、短い返答。家族としての訴えは騎士としての忠誠に斬  り伏せられているらしい。  ふむ。思えばあの騎士は今まで見たどの騎士よりも強く、そして  自分が知っているテンプレートな騎士像その物のようだ。  リベルテの訴えを聞く限り、そしてもし事実であるならば。あの  騎士が領主に従うとは到底思えない内容だ。なのに騎士は息も乱  さず冷静に。 『我が騎士の忠誠は既に領主へ捧げられている。騎士とは忠誠に背  かず、ただ忠を尽くすのみ』だとか。  立派。ご立派だ。私を捨て情を捨て家族も捨て。ただ忠実に忠誠  を貫く騎士か。今まで見てきた騎士は見てくれは格好いいが、敗  残兵な姿を晒したりと。少し騎士とは言い難い姿ばかりだったか  ら余計目立って見えてしまう。  最初の邂逅で騎士と言う存在に恐怖したのも、あの騎士の存在感  あってこそだったろうか。楔もあの騎士が打っていたしな。  そんな騎士は。強く冷徹な騎士が。 「ふッ!」 「!」  妹。いや騎士からすれば良く似た死骸だったか? その相手の  顔を鉄の拳で強打し、顔も腹も殴り蹴り上げ。最後の抵抗にす  ら手を抜かぬ姿勢を見せている。あのままでは騎士の忠誠に貫  かれ、リベルテは死ぬ事になりそうだ。冷徹な容赦の無さ。  ふむ。私にとってあの二人の勝敗は何方でも良いが、そろそろ  自分が手を出すべきだろうか。リベルテが命を落とす事になれ  ばイリサが悲しむ事になるからな。  此方の家族を救おうかと言う、まさにその時。 「まあ!」 「うぶ……」 「………ちょっと、吐かないでよ?」 「(む?)」  最後の抵抗でリベルテが騎士の脇腹を、何時か捨て渡された剣で  もって貫き切り裂いた。使われたあの剣、あれは私がリベルテに  頼まれ刻印を施した魔法の剣。まあ魔法剣と呼ぶには余りにも駄  作な駄作だが、それでもちょっとした機能、鉄を斬り裂く程度の  強化魔法は起動できる。  前の自動発動から任意発動方式へと変えたそれを、リベルテは自  らの意思で起動し対する騎士へ致命傷を与えたのだ。脇腹を切り  裂かれた騎士は崩れ落ち、側で剣を支えに座り込むリベルテ。何  か騎士へ話し掛けているらしいが小声で此処までは届かない。  決着と言うのはあっさりとしたもので。そして余韻と言うのは思  ったほど長く続かないものだった。 「歴代最強?不敗? どれもこれも誇張じゃないか!  なんッって茶番だ!死ぬなら全員殺してから死ねよ!ゴミが!」  一瞬だけ、誰もが呆然と結果を目の当たりにしていたが、領主が  憤慨した様子で叫んだ。 「聖剣、魔剣の類か? なんてもん持ってやがるんだ」 「そんなのはどうでも良い!」  領主は罵詈雑言を吐き散らし。護衛の騎士は冷静に剣を構える。 「何のための騎士だ、団長だ! 命を捨てる場面が違うだろうが!  俺の為に、俺の命を救って敵を皆殺してから死ぬべきだろうがよ  お! 上位者へ貢献しろよ貢献!下位の下位の下位下位下位が  ぁ!  あああああクソクソクソ!アイツは騎士なんかじゃない、やっぱ  りただの糞豚のアバズレじゃないか!」 「黙れッ! 姉さんは誰が見ても立派な騎士だ! お前みたいなクズ  の為に忠誠を貫いだんだぞ!」 「「「!」」」  喚く領主にリベルテが立ち上がり叫ぶ。吐き出される雑音を止め  たのは、リベルテの殺気か、それとも差し向けられた得体の知れ  ない武器への恐怖か。その、一瞬の間の間に。 「済みましたか? リベルテ」  決着が付いた事でリベルテの下へと向かい歩き出したイリサ。余  りにも堂々とした立ち振舞、足運びに私は少し見惚れてしまう。  遅れて私も歩き出しイリサの側へ。動いた事で何か起こるかと思  ったが、周りからのアクションは何も無かった。  歩く間、側面。部屋の出入り口らしき扉は開け放たれ、外の廊下  で騎士達が盾を構え立ちふさがっている姿がチラリと見える。ま  あ彼処からは脱出しないから良いのだが、入ってこられると少々  面倒か。 「……うん。終、わった。全部、終わっちゃった」 「そうですか。最期まで良く戦い抜きましたね」 「……」  何時もとは逆で、イリサがリベルテを慰めるかのように寄り添っ  ている。姉妹愛とは素晴らしい。是非この光景を何かで残して起  きたいものだ。しかしそんな物は無い。残念な事にな。  そんなイリサに続きボロボロのリベルテを少年が支え、悪魔な少  女が『生き残れて良かったわね』等と声を掛けている。彼女なり  の心配、気遣いだろうか?  リベルテは顔が腫れ片目も開いてないが、あれだけの攻撃を受け  たにしては、意識もハッキリし呼吸も問題ない様子。丈夫だな。  取り得ずリベルテに命の危機はないと確認した私は、試作品で鎧  ごと体を貫かれ、腹部を大きくえぐり切り裂かれた騎士に視線を  落とす。 「…。……」  言葉も意識も確認できない。既に死んでいるのだろう。しかし、  これは中々に惜しいユニットだったと思う。騎士としてまさにと  言った存在だったからな。だが敵で、既に失われたモノにもう用  は無い。今の興味は交渉の切り出し方と脱出………。ふむ。  見下ろす騎士の体は貫かれ切り裂かれている。さて、此処までの  重症は初めてみた。実験に検証、研究と創造は私の好む所で、自  分が持つゲームから引っ張ってきたスキル。ボススキルは解明が  進まず難解なものだが、それ故か最高の性能を持っている。その  中でも奇異なのが回復のスキル。  理解の為に実行経験を重ねたい所ではあるが、その機会には中々  恵まれない。何故なら実験するには怪我をしなければならず、自  身が怪我をしても自分を癒せるスキルでは無いので無意味。だか  らと言ってあえて誰かに怪我をしてもらうのもな。マッド過ぎ  る。  これが敵であれば躊躇いはない。そう、既に死体となったこの騎  士も。今まで死体に掛けたことも無かったし、ちょっと使って見  ようかな。 「お父様?」 「な、にを」  イリサとリベルテに。 「「「?」」」  その他の連中が私を注視している。今から行うのは小さな実験。  だが空気を読まないのはよろしく無いだろう。だからイリサとリ  ベルテには。 「素晴らしい戦いだった。美しい忠誠を見た。であれば、こんな姿  では逝くは可愛そうだろう。我が家族の遠縁としての義理を果た  そうじゃないか。マギア・エラトマ・エピ(眷族への慈悲)ディオル」  もっともらしい理由でスキルを行使。 「「「!」」」  直ぐに周りから驚きが伝わってくる。まあ目の前で騎士の傷が徐  々に塞がって行くのだから、そりゃ驚くだろう。  ふむふむ。こうした大きく、目に見える致命傷を治すのは初めて  の経験。傷口は何時ものように逆再生の様に塞がって行くが、や  はり血は流れたまま。それに治りも“ぐっ”と遅い。治癒の過程  は皮膚や骨をつなぎ合わせる様で、血管や神経等もこうして治し  てはいるのだろう。しかしどうやら血だけはその対象から外れて  いるらしい。 「(治す過程がゆっくりなのは、逆に有り難いな)」  だから気が付けたのだが、ある程度体の修復、修繕が済むと傷の  隙間から血液が止まる、僅かに戻る動作を初めて目の辺りにし  た。  血は対象外だと思っていたが、今のは一体? 全く原理不明だ。  感覚で効果の範囲がおぼろげに理解はできても、仕組みまでは分  からない。感覚での理解力にも培わねばならない基礎がいるのだ  から。  まあこうして見た知識、実行した経験全てが勝手に理解を深めて  くれるのだから、素晴らしい能力と言えよう。いやこの世界での  普通なのかも知れない。  そうこうするうちに傷は綺麗に修復。鎧の隙間からは綺麗な肌が  覗いている。アニメ・マンガの様に身に着けている物も治ればい  いのだが、流石にそれはない様子。私は少し前に自ら引き裂い  た、引き裂いてしまった衣服に思いを少しだけ馳せ。 「あんら、さん。これ、はッ。これッ」  私の行動に言葉を詰まらせるリベルテ。腫れた頬では喋り辛かろ  うに。こっちも後で治してやらねば。  彼女の姉を実験目的で利用させて貰ったが、勿論家族を見送るの  にこの状態は可愛そうだと、そう言う気持ちや考えも勿論少しは  あった。その辺りをしっかりと説明しないとな。 「ええ。リベルテさんのお姉さん、この騎士は素晴らしい騎士だっ  たので───」  私は傷を治した理由を話そうとした。死に化粧、死装束と言った  文化が異世界にあるかは知らないが、それでも死者を冒涜した訳  じゃないと伝えないと。だが、私は彼女へ伝える事は出来なかっ  た。 「ぅあ?」 「「「「!!?」」」」  下から小さなうめき声が漏れ。 「……嘘だろ?」 「なにが起こってるんだ?」 「そんな、そんな!」 「アンデットを人為的に作ったのか!?」  騎士たちが狼狽えだしたからだ。アンデットと言う言葉にリベル  テが剣を持ち上げようとして。 「リベ、ルテ?」 「!? 姉さん!」 「わ、私は何故?」  名を呼ばれたリベルテが剣を手放し、少年が『うわ!』と言いな  がら手にし。イリサと悪魔少女に支えられながら倒れる騎士の側  へ。 「アンデット、ゾンビじゃないみたいね。なにこれ、どうやった  の?」 「すごい……すごい……すごい……」  少女と剣を抱えた少年が恐恐と此方を見詰めてくる。その場の誰  もが驚いた様に、私も驚いている。しまった、しまったのだと。 「(何と言う事か、まだこの騎士には息があったのか! うわうわ  うわうわどうするべきかこれ!)」  死者を蘇らせるスキルでも、アンデットを作り出すスキルでもな  い。つまり単純な話し、あの重症で、中身もちょっと言うあの状  態で、それでも()()()()()()()()()()()()()()()のだ! 姉妹揃  って何と頑強か!死の間際を治癒してしまった事で一命を取り留  めてしまい、この状況だ。  リベルテの決意と悲しい別れ、気持ちの整理に大きくドロ塗って  しまった事態。どうしたものか、どうするべきか! 「流石、流石お父様です。こんな事も簡単なのですね!」 「え? えェ?」 「良かったですねリベルテ。きっとこれはお父様からのリベルテへ  日頃の献身、祈りへの贈り物、かも知れませんよ?。ふふ、ふふ  ふふふふ!」 「あ、うん。……エ?」  転がる死体、いや元死体と自分を交互に、それも混乱した様子で  見遣るリベルテに。大失敗をした私を尊敬の眼差しで射殺さんば  かりのイリサ。 「死者が、死者が蘇っただと!?あり得ない!」 「何なんだ、何なんだアイツは!」 「魔女が?魔女がなのか!?」 「ゾンビではない? 一体どうやって?」 「ふ、副団長!我々は……副団長?」 「………」  更に場が混乱に飲まれようとしていた。死者の蘇生では無いのだ  けれど、それも分からず場が混乱してしまう。ああこの異世界で  も死んだ人間が蘇るのって驚きなんだな。とか考えてる場合では  無いぞこれ! とと、取り敢えずだ! 「……クックック」 「「「!?」」」  私渾身の不気味な笑い声に皆が静まり返る。芝居ががった仕草で  立ち上がって見せ。領主と騎士の方へ顔を向けては。 「この騎士は今まで見た中でとても善い騎士だった。だから思わず  私は欲しくなった、欲しいのだ、この騎士がなぁ?」  言いながら一歩、また一歩と小さく領主の方へ小さく歩を進めて  見せる。何も領主の直ぐ側まで行くわけじゃない、“行くぞ”と  思わせる演出程度。 「く、来るな!来るな化け物!」 「領主を守れ!」 「固まれ、固まれー!」  領主も護衛の騎士も大変効果的。だったのだが。 「魔女ッ魔女ぉおおおお!」 「神を愚弄する異端者!おおお神よお守りください!」  効果的すぎて二人の騎士が私へ剣を構え向かって来てしまう。お  あつらえ向きな雑魚ユニット二人へ手を、視界で手の平へ乗せる  ように差しては、両手を握り込み。 「マギア・エラトマ・フロ(善を喰らうは悪の炎)ガ!」 「「ギァ───」」 「「「!!?」」」  スキルを発動。騎士二人の足元から轟音とともに紫の炎が包み込  み、悲鳴諸共騎士を食らった炎。ゆっくりと握った拳を開き、そ  れに合わせ炎を消す。後に残ったのは殻の甲冑。地面も天井も燃  えず、ただただ人間だけが燃え消す。  我ながらナイスな演出と思いつつ、透かさず私はセリフを口にす  る。 「私は今とても、とても気分が良い。だからどうか気分を害させな  いでくれないか? 出なければまた消してしまうぞ。クク」 「ぐ……うぅ」 「虚仮威(こけおど)し、虚仮威(こけおど)しに決まってる!」  意気軒昂する騎士達だったが、誰も動かない。そのまま騎士を威  圧したまま、指を領主へ指し示す。 「うわあああああああ!」 「……」  領主が叫びながら騎士の背に隠れ。男騎士が自分を見詰める。 「私はこの騎士が欲しい。だがこのままでは私のモノに成らないだ  ろう。なぜなら───忠誠がこの騎士の物でないからだ」  大仰に、恐ろしく、そして目的を明確に。 「なあ領主殿」 「ななな、なん───!」  言葉に詰まりすぎだろう。やれやれ。 「何度も何度も我が娘の安寧を、村を脅かした貴様の罪は重い。だ  から今日はその事で来たのだが……しかし。娘が家族とするリベ  ルテが戦い、そして素晴らしい騎士を魅せられてしまった。  だから喜ぶが良い領主殿。お前がこの騎士から忠誠を貰っていた  事を。何故なら、私は今それが欲しいのだから」 「……忠誠?」 「そうだ。私が欲しいのはこの騎士の忠誠だ」 「みみ、見返りは、見返りはなんだ?」  むむ。ただのビビリの癖に見返り要求とは。ええい。 「そうだなぁ……お前の命。それを此処で保証してやろう。そして  忠誠を受け取れば我らはこのまま今直ぐ森へと帰る。それで再三  の襲撃も帳消しにしてやる、と言うはどうだろうか?」 「……本当に、本当に俺の命を保証するんだな!?」 「ああ(あくまで“この場では”だけどな)」  領主は少し考え。 「分かった。そんな役立たずな騎士の忠誠ぐらい、お前にやるさ!  だから早く俺の館から出て行け!」  よしよし。後はスピード勝負。さっさと逃げに限る。  私は振り返り、リベルテに頭を抱き抱えられた騎士の前に立って  は、聞こえているか聞こえてないか分からないが取り敢えず。 「お前はたった今から私のモノになった。その命、勝手に捨てるな  よ?(自決でもされたらこのやり取りが全て台無しだぞ!)」 「………」 「あえ? ちょ、と!」 「ああ!ズルいです!リベルテズルいです!」  返事のない騎士と、序にまともに歩けそうもないリベルテを掴み  上げ。イリサ達と一緒にバルコニーへと向かい口笛を吹けば。 『『……』』 「ワイバーン!?」 「あんな怪物まで従えているのか! 本当にただの魔女か!?」  控えさせていた飛竜が屋根からバルコニーへ降りて来てくれる。  降りて来た飛竜にリベルテと負傷した騎士、もう一匹に少年少女  を乗るよう促し。少年から剣を預かる。 「頑張って操縦しろ」 「は!?無茶いわ───」 「わかりました!よ、よーしやるぞお!」 「おま、ちょ───!?」  都合上私は乗れないので子供二人を優先したが、操作のコツも聞  かず先に飛び立ってしまう。まあ、飛竜は賢いし、手綱を無闇矢  鱈と引っ張らねば大丈夫だろう。……多分。 「平原の少し行った所まで逃げてください。合流は其処で」 「……(こく)」  リベルテの方も辛うじて手綱を握っている状態。それでも頑張っ  て貰わねば困る。  最後。私はずっと側でせがんでいたイリサを片腕に抱き上げ。 「では領主殿。今夜は夜分遅くにすまなかった」 「さっさと消えろ!バケモノ!」 「言われずとも。ああそうそう───また()()()()()()()()()()」 「な!?ふざ───」  とだけ言って。私は剣に魔力を込めバルコニーの柵を切り裂き、  イリサを大事に抱え。庭へと飛び降りた───  ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇  ───格好良く退場したが、実際には夜の街をイリサを抱き抱え  ながら“とぼとぼ”歩いていた。内心では“どうしよう”がひし  めき合っている始末。  私は領主邸の庭で鉄作を切り開いた剣をぶらつかせながら。 「すまないねイリサ。飛竜で飛べないことも無いのだけど、人が乗  るスペースがね」  残念な事に搭乗は限られている。それにイリサを側から離すより  は此方の方が安全だとも思った。誇らしい事に今の私は飛竜より  も強いのでね。 「イリサはこっちの方が好きですから。全然大丈夫です、寧ろこっ  ちが良いです!」  お姫様抱っこにイリサは何か満足した様子で。 「それに夜の街を、こんな景色をお父さんと歩くだなんて……。あ  あ、ああ今日はとっても楽しくて素晴らしい一日です」 「そうか。……そうかな?」 「はい。イリサは毎日がとっても楽しいです。お父さんと会えたあ  の日から今日まで、お父さんがずっと一緒に居てくれるから」 「そうか。私も嬉しいよ、イリサと一緒で」 「本当ですか!?」 「ああ勿論本当だとも。これからもずっとそれは変わらないだろう  ね」 「え、えへへ」  てれ笑うイリサと夜の町を歩きながら。 「しかし。あの騎士をどうしたものかなぁー……。無理やりな形だ  ったからなぁ」 「ふふ。大丈夫ですよ」 「うん?」 「全てはお父様の望みのままに、です。そうすればきっと全てが良  い方へ、お父様が望む様に事は運びますよ。きっと」 「そうかい?」 「はい。イリサがお約束します」 「成程。それならきっと、いや絶対そうなのだろうね」 「はい! 全てはお父さんの望むがままに」 「ふむ。それじゃあ一つ試そう。そうだな、今私が望んでるのは─  ──イリサの笑顔だ」 「! ……」 「はは、本当に望みの通りだ。さあ、もっとその優しい笑みを見せ  ておくれ」 「も、もう!」  恥ずかしがるイリサ。しかしイリサの笑顔を、愛する娘の笑みを  これでもかと見れるチャンス。私は引かないぞ。  そうして私達は夜の町で、人気の無い町で笑い合いながら町の外  を目指した。  考えねば成らない事がまた増え、出来ずじまいな事も多い。  しかし。この子の笑顔が見れるなら全て、全てどうとでもなる気  が、どうにでもする気に成れるのだ。  私の望みは愛する娘の幸福なのだから。 「「「……」」」  夜の町で剣を片手に、片腕には娘を抱く黒の男。彼の後を離れて  騎士が追っている。だが手を出す様子は微塵もない。そんな彼ら  の事を町の誰かしらが見ていたかも知れない。だが騎士も誰も、  町の大門が開かれたとしてもそれでも。誰も声を掛けたりはしな  い。できなかった。  そうして開いた大門から無事黒の男と娘が平原へと歩き去り。  彼方では黒い影が二つ、空を泳いでいる───
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