第百六話 起源

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第百六話 起源

 ───異世界の厳しい冬も何とか越し、春を迎えた森の中。ヒト  が密やかに住まう集落では今日も声が響き渡っている。農作業か  ら帰ってきた者。  そんな中。集落の真ん中に置かれた大きな結晶石を、腕を組み見  上げるは、黒の男。  村の中心に鎮座する結晶石。中々の大きさと、そして出来だ。 「(これが私へのプレゼント、捧げもの。等と言うのだから凄い事  だ。あれはまさに異世界な出来事だっと言える)」  捧げられたのはつい三日前の事。岩をクリスタルへと変質させた  ゴブリン達。彼らが私の開発したクリスタル化の技術を習得、理  解してる訳は無い。なのであの場にはドロテアの姿も側にあった  事ら考え、彼女が魔力の流れや結晶化の手助けを行った事は明  白。  クリスタルとは本来長い年月魔力に晒され魔力の浸透した鉱石が  変質して生み出される物らしい。なので魔力を無理やりと流し込  むと石は結晶化現象を引き起こす。  その過程、仕組み、やり方を。魔力を無理やり押し込む超感覚を  私以外で会得しているのはドロテアのみ。  この岩の結晶化は彼女が魔力抵抗への突破口を開き、開いた穴に  ゴブリン達が魔力、と言った所か。 「(ただ消費されるだけの、コストの役割しか無い魔力にも、性質  や特徴を持たせる事ができると言うのは、魔法研究で大きな発見  だったな。  それにあの催し。思い出すとまるで祈りのような魔力が流れ、魔  力を扱い慣れてないゴブリンでもああして魔力を注ぐは、誘導じ  みた事ができる言うのも、また新たな発見だったと言える。  ふむふむ)」  仮説だけなら、予想だけなら頭にあった。何れ実験予定だった事  をドロテアがあの場で行ったので、実験の必要は無く成ったな。  ドロテアは恐らく手伝いと並行して、そうした魔法実験小規模な  がら執り行っていたのだろう。だが。 「(あの祭りの意義や意味はもっと明るいものだったろうな)」  岩の足元。結晶化の余波か、地面に少し残る結晶侵食の痕見なが  ら思う。  イリサが主導で開いてくれた祭り。メンヒとの関係をより強固に  する為、仲間意識発現の為に少々乗っかったりもしたが。本来あ  れはゴブリン達を盛り上げる事が目的だったのだろう。  襲撃で仲間を失い不慣れな復讐も行い、彼らゴブリン達には疲れ  や焦燥感と言った物が僅かにも漂っていた。そんな彼らを心優し  いイリサは祭りで、亡くなったゴブリン達族長の遺言にも等しい  最後の言葉。『祝日や祭りは群れにとって重要』との言葉を汲  み、住人たちを思いあの様な催しを思いついたのだろう。  その上私への日頃の感謝等と言う物までもとは。ああ何て優しい  心の持ち主なのだろうか、イリサは。 「(あの催しは貴族に狩られるも自然災害と受け止め諦めていたゴ  ブリン達。それ故か動揺もさして見せなかった、そんな彼らもさ  ぞ楽しんだ事と思う)」  あの場には招いたメンヒの村人達の姿もあった。不安定な要素が  “ちらつく”中で、彼らとの交流強化にも繋がった事と思う。面  倒事に苛まれる近況で最も良い日だったな。  祭りを楽しんだメンヒの村人達は、あの後迎えに来た少女、それ  に率いられる若き飛竜達と共に。羨ましい護衛に囲まれ彼らは皆  メンヒへと帰って行った。  飛竜の世話してる少女が別れ際“もう少し長く居たい”と駄々を  こねて居たが、今の状況で親元を長く離れさせるのは良くない。  私も子持ちなので親御さんの心労には気も配れる。またの約束と  共に、客でもあるかの少女へは少しの土産を持たせる事で気分良  く送り出した。  思い出せば何と平和で、何と幸福な日常だったろうか。畑を耕し  祭りを楽しみ。近所の村との交流までとは。スローライフの極ま  った生活ではないか、まさに。おまけに魔法まで此処にはあるの  だからな。ふ。  しかし。ああしかし。此処は農業と交流だけの、平和を謳歌でき  る異世界では無い。 「(非人間族は人間の狩りに怯え、町では当然のように差別が横行  しているのだ。この異世界は)」  アブソーフルトとか言う町から人間が来てはこの村を、私がイリ  サの為を思い育て整えたこの村を、環境を奴らは襲ったのだ。  加えて、折角友好を築き上げんとしているメンヒにまでも奴らは  手を伸ばした。可愛いイリサが幸福な毎日を過ごさんが為の貴重  な資源、環境を。奴らは事もあろうに悪趣味な娯楽目的で害して  きたのだ。何と許し難い事だろうか。  此処最近平和だったが、それでもこうして奴らの行いを思い出す  たび“わなわな”と体が震えてしまう。  奴らさえ居なければ、脅威さえなければ、私は今頃イリサとお菓  子作りだって出来たのだ。リベルテに味見を頼み、イリサと私で  評価を待つなど。ああいやイリサとリベルテにお菓子作りを教え  るもいいだろう。そして後片付けを私が行い、娘たちが頑張った  跡に思い馳せる───そんな満ち足りた一日すら、今は安心して  作れない。  備えなければならないから。戦いが迫っているから。脅威が未だ  健在だから  それも全ては許せぬ外敵の所為だ。相容れぬ悪の形までも持つ奴  らの所為だ。そうだ奴らが! 「───(愛娘の平穏へ土足で上がり込む蛮行。許せん、許せん許  せん許せん! 馬鹿が馬鹿が馬鹿がぁぁあああああッッッ!)」  腕を掴み組んでいたその両手から“みしみし”と音が響く。 「(───行けない行けない。冷静に、冷静に)」  荒れ狂う憤怒へ身を焦がす一歩手前で、何とか自らの心を鎮める  事に成功。組んだ腕の、知らずしらずと力の込もっていた手から  力を抜く。  町を貴族が襲い、舐められては報復で此方から誘い込んでは、考  え浅く貴族を殺してしまった。  しかしあれ以来町から人間がこの村を訪れる事も無い。思慮の欠  けた行動ではあったが、結果的に私が施したプレゼントが脅しと  して彼らに機能しているのか。それとも狩り、言葉を解す相手を  娯楽の獲物にするなどなぁ……。ああいや、自分の考えは一度置  いておこう。  彼ら、貴族はあの行いを“狩り”と言っていた。正当な意味と行  いかは分からんが、何にせよ狩りなら事故は付き物だろう。そう  見込んで仕込みもした訳だし。それが効いたか……。  何れにしろ。脅しもシーズンオフも何時までとは続かない事は確  かだ。  今までの田舎な生活に潜むモノとは違い、此方を進んで害そうと  する貴族と町、そんな明確な驚異と害意を認識し。また敵対して  しまった。これを放置しては穏やかに暮らせないだろう。  イリサの生活へチラつく濃い影に、誰あろう私が我慢できない。  これまであった日常に潜む小さな危険とは訳が違いすぎる。 「(とは言っても、街と村との戦力差は大きい)」  自分を過大評価せず考えれば、自分を全面に押し出せばあの町と  は戦えそうなものだ。これでも体はボスキャラで、力も健在だか  らな。しかし、何処の世界でも当然の摂理として、強い力の乱用  はさらなる強い力を呼び起こす、また引き寄せるうるもではない  だろうか? 違うとしても、勇者や現存する神の事は憂慮せねば  ならない。  そう考えると自分を、自分だけを全面に出すの得策とは思えな  い。自分はイリサを守る切り札の一枚。そして切り札とは使わな  いに限る。とすれば。必然手札、戦力を増やす事を考えねばなら  ない。  現在考えられる戦力は住人と技術だ。此方としては生活の助けと  して考えていた魔法技術を、戦いへの転用とも考え模索を始めて  いる。例えば目の前にあるこの贈り物、これは魔法を使うための  コスト、魔力を貯めて置く為の装置、貯蔵クリスタルだ。  魔法を使うには魔力が必要。研究で理解した事は、自らが持つ魔  力と自然に溢れる魔力は違うと言う事。この理解から魔力にも種  類と言う物が存在する事が分かるが、問題は自然魔力。この魔力  はそのままでは魔法のコストに使用できない。濃さと言うか薄さ  と言う感覚か。簡単に言えば使うには濾過が必要なのだ。  濾過した魔力を貯めて置ければ、魔法仕様へのコストを大きく節  約できるだろう。自然魔力を濾過するも良し、或いは─── 「ゴブ!」 「! ああこんにちは」 「「「ゴブア!」」」  丁度子連れのゴブリン現れ、自分へ挨拶を飛ばしては側のクリス  タルへ触れる。その様はある種祈りのような動作にも見え、姿か  ら感じるのは僅かな魔力の流れ。ゴブリンから結晶へと動く魔  力。 「ゴブブ!」 「また今度」 「「「ゴブブブー!」」」 「小さいのも転ばぬよう気を付けて」  祈り、の様な物を済ませた子連れのゴブリンが引き連れた子供達  と共に場を離れて去って行く。  今の様にしてゴブリン達はこのクリスタルへ───そうだ、祈っ  ているのだ。  本当に祈ってるかは分からんが、兎に角そうしてくれている。す  べきと私が頼んだ訳でも無くな。だがお陰でまだ自然と魔力を集  める技術の浅い無い中で、このタンクへ彼らは自らの魔力を僅か  づつ備蓄してくれているのだ。彼らにその意図、理解があるかと  言えば多分無いのだろうな。生活の中での一環、日課として組み  込まれたモノ。最初に誰かが祭りの様子を真似始め、それ見た誰  かがまた、と言った具合に。  そうして“皆がやってるから”と言う理由だけで行われている、  流行ってしまっている行為。彼らゴブリンは自分を神と敬おうと  するも、私は遠慮している。なのでしたいが出来ず、ではとこの  クリスタルが代替欲求の捌け口として彼らには収まりが良かった  のかも知れない。  何にせよ魔力と言う資源の備蓄への貢献は助かっているのだから  良しとしよう。彼らの行為で魔力の新たな集め方も発見できたし  な。 「「「!」」」 「(ふむ)」  離れる子連れのゴブリン。連れ歩く子供は新しい命。  私は頻繁に彼ら、ゴブリン達が自ら作り上げた住みやすい居住区  を訪ねる事は無いのだが、最近村の中心で見る子供の数が多い。  一体いつの間にと考えれば、冬ごもりの間やその少し前だろう。  とも考えても生まれるまでが早く、成長もまた同じ。早すぎる。  しかしその事に関しタニアへ疑問を投げかける事は出来ない。と  言うか問いかけ方が分からなかったとも言えるな。種族の特徴と  して、ゴブリンは繁殖力が高く成長速度も早いのだろうと勝手に  納得する事にした。  しかし成人ゴブリンの方が数が多く、子は少ないと言う比率で安  定して居た彼ら。狩りで失ったとは言え今の比率は子に傾きすぎ  ている。勝手な推察なのだが、襲われ数の減った彼らゴブリン。  しかし住む場所と十分な食料はそのまま。そこで彼らは数を、新  しい生命を育む事に専念したのでは? と言う考え。  正確には私の独り言を拾ったある女性の推察なのだけど。多分彼  女の考えは正しいのだろう。 「(彼らは危機に瀕した時、また部族の数が減ると繁殖期に入るの  やも知れん)」  数、弱さ、見た目。と言った面では私のよく知る、想像なゴブリ  ンの側面と言えるかも知れない。違うとすれば手先の器用さ、物  覚えの良さ、思ったほど乱暴では無い所か。ふむ。  失っても数を盛り返しやすく、物覚えと手先の良さ。そして自ら  に従順とくれば実に理想的な村人。彼らの予想外な物覚えの良さ  は何かもっと活かす、いや伸ばすべきだろう。その方法。 「(子が多く物覚えも良しと成れば、後必要なのが───)」 「お父さん!」 『! !!』  呼ばれた声に反応して思考を瞬時に切り替え、手にした考えは頭  の中の書斎、その棚へと仕舞い込む。  弾む声の方へと振り返れば、一足先に足元で跳ね回るクロドアの  姿と。少し離れた場所で元気に手を振るイリサ。 「んー」 「……」  それと口に小さなロールパンを咥えたリベルテに、視点が現実へ  定まってないドロテアの姿。三人の姿を確認した私はクリスタル  の前から彼女たちの下へ向かう。 「準備はもう出来たのかい?」 「はい! キッチンのエファちゃんから昼食夕食分を受け取って来  ました」  イリサが話すとリベルテが両手に下げた蓋付きのバスケットを少  し上げて見せる。私はそのまま両方を彼女から受け取る。 「……んぐ。あ、一個持ちましょうか?」 「いえお気遣いなく」 「あそ? じゃあお願い」 「ええ」  荷物を受け取った私にリベルテから控えめな笑みと礼が送られ  る。礼を受け取った私にイリサが。 「向こうでオディ君とニコさんに試食を頼まれてしましまして。  それで少し遅れてしまいました。ごめんなさい」 「成程。今日は特に時間を決めて動いてる訳でもない、だから気  になった事を、楽しみたい事を楽しめば良いんだよ」 「はい。ふふ」  にこりと笑うイリサ。別に約束の時間と決めてた訳でも無い。こ  んな事で一々謝らせてしまうのはと思うも、全てはこの子の良さ  だと思い考えれば納得の事。 「では行こうか」 「はい! 行きますよ、クロドア」 『? ……!』  イリサが手をクロドアへ差し出せば、クロドアが額を手の平へ一  度押し付け、走り回るようにしてそのままイリサの側へ。 「おー行くかー!」 「……」  片手を上げ張り切ってみせるリベルテ。ただ付いて歩く人影と化  したドロテア。  彼女達三人を連れて町の出入り口へ向け歩き出す。 「ああ楽しみですね、久しぶりのピクニック」  歩く中弾む声色で話すイリサ。 「私用の序、と言う形ですまないね」 「いいえそんな! イリサはどんな形、序の序であろうと嬉しいで  す。こうして大好きなお父さんと一緒の時を過ごせる、その全て  がイリサには特別で、夢のようですから」  笑顔の枯れない愛すべき娘。千日紅(センニチコウ)の様にあって欲しい、ある  べき花だ。 「そーんな大切な時間にアタシも着いてって良かったの? 親子  水入らずを楽しみたいなら全然留守番してるわよ?」  気遣うリベルテは隣を歩くドロテアを指差し“コイツもね”と示  す。彼女の方へイリサが顔を向け。 「勿論良いに決まってます。だってリベルテはもう私達の家族、その  一員なんですから。楽しいを、嬉しいを、一緒にいっぱい探しまし  ょうね?」 「あッ───そ」  何がどうしてかは分からないが、リベルテはほんの少し顔を逸ら  してしまう。その様子にイリサが私を見上げる。なので。 「ええ勿論。私用はありますけど家族でピクニックですから、リベ  ルテが着いて来ても何の問題も無いでしょう」 「そーねそーね」 「嬉しいですか?楽しみですか?」 「はいはい。楽しみ楽しみ、嬉しい嬉しいわよ」 「ふふ」 「~~~ッ」  明後日を向いての生返事。他の誰かがイリサへこんな態度を取ろ  うものなら怒りが湧き上がるだろう。もしかしたら手や炎が出て  しまうかも。しかし共に生活して来たベルテともなれば、イリサ  が家族と認めた彼女なら。怒りではなく笑みが零れそうになって  しまう。二人のやり取りは姉妹のようで、良き日常の一コマ、光  景なのだから。 「……フヘ」  場へ水を差す笑い。などと受け取るには側に置きすぎてしまい感  覚が最早麻痺して久しい。突発的に引き笑いを漏らしたのはドロ  テア。間違ってもイリサもリベルテもこの様な笑い方はしない。  今回は彼女も一緒だ。ピクニックへ誘ったわけでなく、主に私用  関係の方で。  そうこうして村の出入り口へと向かえば。 「親方」 「「「オヤカタ!オヤカタ!」」」  寛いでいたオークとゴブリン、朝の農作業から一時村へ戻って来  たら農業組から挨拶が飛んで来る。  私は彼らに軽く手を上げ挨拶を返しながら、農業組を率いる勇ま  しきオーク。赤銅色の肌が白くパンパンに張ったシャツに映える  ヴィクトルへ。 「留守を頼むよ」 「ああ」  彼は農業組を率いる大将。朝から夕方頃まで畑で過ごすのだが、  今日は村の方で留守を頼む事に。この村を守っていた雪も既に溶  け消えたこの頃。物騒な連中が彷徨かんとも限らない。  今や戦士よりも農民としての姿が似合う彼に留守を頼み。私達は  森の中へ入り。かの池を目指す───  ───森の中を歩くと心地良いメロディが響く。 「ふ~ふふ~~」 『! !!』  森に響く音の正体は、上機嫌に鼻歌を歌うイリサの物。側ではク  ロドアが鼻歌に合わせているかの様にして揺れ歩いている。  久し振りに、本当に久し振りにイリサへ父親らしい事ができた様  子。散歩を楽しめている様で良かった良かった。 「ねえねえ。所で何で池に行くの? あ、ピクニックって事は分  かってるからね」  優し気な目でイリサを見ているリベルテが私へ質問を飛ばす。彼  女は池に行く理由がピクニックともう一つ、と言う事しから知ら  ない。隠してる訳でもなんでも無いので話しても良いと思ったの  だが。 「リベルテ。それはお昼を食べながら聞きましょう。その方が楽  しいですよきっと」 「あーそれもそうね。話題は取っといた方が良いか」  イリサからの提案をリベルテが飲み込んだ。なので私は得に目的  の事は話さず。イリサ、リベルテと共に、走り回るクロドアや春  らしい生命力に満ちる森林を楽しむ事とした。ドロテアの様子は  言わずもがな。  青々とした森。人が歩くには少々不便な道も歩き続ければ、目指  した場所へと到着だ。 「おー!」 「ふふ」  林を抜けた先に現れたのは大きな湖沼。景色に声を漏らすリベル  テ、それに笑みを零すイリサ。訪れたのはイリサと自分が前に汚  れを落とすのに使った、何時かの湖沼だ。  適当に座れる場所を確保しつつ。目当ての姿はと探すも、現在そ  の姿は無し、と。やはりもう少し遅い時間で無いと姿を見せない  のかも知れないな。  目視での捜索は軽くと済ませ。湖沼近くで皆が座れる場所を確保  しては、預かったバスケットから折り畳まれた布取り出し広げ  る。広げた布の上に三人を促す。シートの大きさ的に私とクロド  アは草の上。草も天然のシートと思えば風情と言う物だ。 『!』  クロドアなど既に体を草地に擦り付けて遊んでいるしな。  バスケットをイリサ達の方に置いては、リベルテが中から瓶に詰  められた飲水とサンドイッチ。それらを皆へ配りいよいよ昼食が  始まる。  景色や空気、飛んでいる小鳥などを楽しむイリサとリベルテ。暫  く湖沼の自然溢れる風景を楽しみながら食事をしていた二人だっ  たが。 「あ、そだ。此処へ来たピクニック以外の目的って結局なんな  の?」  道中で昼食時に話を聞きたいと言っていた通り、リベルテから話  を振られた。昼食時の話題にはと少々思わないでもないが、イリ  サやリベルテは私が何かを話すのを聞きながら食事をしたいらし  い。気持ちの分からないでも無い私は手にしたサンドイッチをち  ぎり、執拗に草地で体を擦るクロドアへ与えつつ。 「此処に来た理由は魔法技術関連ですよ」 「「……」」 「!」  昼食を食べながらも話に意識を傾ける二人。此処まで無意識だっ  た様な一人からは熱烈な視線が突き刺さる。 「二人は私が魔法を、魔法技術を研究しているのはもう知っている  よね?」 「「(二人の頷き)」」 「その研究は大いに進みはしたのだけど、まだまだよちよち歩きの  赤ん坊程度に過ぎない───」 「「?」」  イリサとリベルテが互いの顔を一度見合わせ。 「あんな凄いゴーレム? とかっての作れたのに?」 「!!(頷くイリサ)」 「ああ。と言うかそれでまた一つ問題が浮き彫りに成ってきたと言  うべきなのか」  魔法技術の問題。それは。 「現状では魔法に、魔法だけに頼りすぎているんだ」 「それ……は魔法だから当然なんじゃない?」 「確かにね。でも暖を取るため薪へ魔法で火を灯すのと、魔法の火  だけで暖をとり続けるのと。何方が魔法だけに頼っているかは分  かりきってますよね?」 「「うんうん」」 「魔法は───」  魔法はとても便利な技術。魔力と言う何にでも成れるコストを利  用すれば、何も無い場所へ火や水を発生させれるのだから。しか  し魔力とは精神力、時に体力までも消費しなければ操れない幻想  エネルギー。魔法を研究してきた自分には魔力の性質も幾らか理  解できているので、操るに精神や体力が必要とか、それら同様自  分自身に魔力が貯蔵されているのも分かる。個人差はあるがね。  この魔法技術は素晴らしい。だが魔法だけに多く頼りすぎては当  然コストがとんでもないのだ。折角魔法発現への魔力効率を改善  しても、その魔法自体で大きくコストを割きすぎては困る。  魔法なので魔力を使うのは仕方ないにしても、水を僅かに発生さ  せる魔法と、滝を作り出す魔法でコストが全く同じと言うのはい  ただけない。この問題は魔力効率化だけでは、魔法だけを改良し  ていても解決は難しい。と言うか現状行き詰まっている。  そこで私は魔法の利便性、万能性を損なわずコストをどうにかす  るにはと考え。魔法、異世界ならではの解決策を一つ思いついた  のだ。ゲーム的思考に依った発想だが、強ち間違いと言い切れな  い解決策。 「───魔法コストの問題を解決するためにどうするか。答えは素  材集めです」 「素材集め、ですか?」 「んー?」  イリサとリベルテが小首を傾げている。 「ああ。例えばこの───地域」  危ない危ない。異世界と言っても問題は無いだろうけど、今は話  をややこしくするだけだ。 「この地域には電気を発生させる生き物や、火を吹く生き物が居る  らしいじゃないですか。そんな彼らの鱗、骨、器官。なんでも良  いのですが、それらを素材として魔法的に利用する事ができたの  なら、火や電気を起こす過程に利用できたなら。コストの大幅カ  ットに繋がり、また魔法発現の難度を下げる手助けにもなりそう  じゃないですか」  素材集め。どのゲームにも存在する過程の一つ。流石に此処をゲ  ームだとは思ってないが、魔法の存在する異世界。魔法ばかりに  目が行っていたが此処にはゴブリンやドラゴンに飛竜。バカデカ  イ冬ネズミにスライムと。この異世界には異世界だけの生物、魔  物が存在しているじゃないか。彼らを素材として利用できれば、  魔法技術を此処から更に進歩できる、助けに成るはず。 「鱗に骨って……そんなので? ずっと温かいままの鱗とか音の鳴  る骨とかでしょ? あんなんで魔法の助けになるの?」 「分かりません。けれど助けにはなると思っています」  温かい鱗って何だ、音の鳴る骨ってなんだろう。うーん。異世界  のヒトは異世界っぽい物を普通に話すから困る。  素材集めと言う発想は悪くないと思う。魔法には相性が存在し、  鉄の武器に刻印できる物とできない物と言った具合に。  その相性を探っていく事も必要で、魔法的道具制作には素材の数  が必要と成るだろう。 「その辺りはきっと問題ないのでは無いでしょうか?」  リベルテの疑問に応えたのはイリサだった。イリサはそのまま。 「クリスタルに魔法を記録させたり、短剣に魔法を刻印したりと。  それらで可能ならば、補助もまた可能なのではないでしょうか?  だってクリスタルで言えば既に魔法を使う、その助けを実現して  いますし」 「あー……。言われてみれば確かに?」 「はい。ですので物であれば何でも試してみると言うのが、お父さ  んが言った事の実践が一番正解に近付けると思います」  リベルテは空を見上げながらサンドイッチを頬張り。話し終えた  イリサが私へ視線を、問いかけの視線を送ってくる。 「賢いねイリサは。説明してくた通りクリスタルだって天然で存在  していた物です。何だったら既に魔法の素材加工が出来ていると  も言えますね。だから魔法的素材を模索する事は研究の進歩に繋  がると、イリサが言ってくれた通りだね」 「えへへ」  イリサはリベルテヘ『褒められました』と笑みを溢しながら報告  し、報告を受けたリベルテがサンドイッチを咥えながら『えはい  えはい』と妹扱いで頭を優しく撫でている。  よく出来たらのご褒美。私も乗じてイリサの頭を撫でる。リベル  テと分け合うようにして。 「クリスタルが既に魔法発現の助けと成れるのだから、他にも“魔  法適正”を持った物が存在するのは確かです。そもそもこの考え  に気が付けたのは───」  これに気が付けたきっかけは短剣とゴーレムでの失敗で、だ。  あの二つの失敗のお陰で魔法と対象物の間に“適正”と言うモノ  が存在するのだと気が付いた。  クリスタルなら魔法、魔力を記録できる。これは明らかに魔法へ  の適正を持っていると言えるし、クリスタル独自の特性とも言え  そうだ。だがクリスタルへ頼り切った結果ゴーレムの不出来っぷ  りや掛かるコストの過剰っぷりは適正外と言える。  また短剣に刻印した魔法は相性が良くなかったらしく、魔法を起  動した後短剣は哀れにも砕けてしまった。だが同じ鉄製の剣へ他  の魔法を刻印し、運用できる点を見れば、あの魔法以外なら適正  を持っていると考えられる。何とも研究し甲斐のある問題だろう  か。  今まで魔法自体を弄って来たが、今後はこうした素材を集め、適  正検査や利用方法の模索が研究作業となるだろう。現代風に言え  ばソフトとハードと言った所か。魔法では無く魔法を活かす素  材。その研究でまた魔法技術が進歩すれば上々と言える。  魔法自体の研究が進み、次は魔法を活かす触媒の研究と言った具  合。技術全体の向上目的の模索。 「───そんな訳で。色々なモノ、それこそ草木に鉱石なんかあら  ゆるモノの魔法適性を探っていこうかなって、そんな所ですね」 「ふーん」 「あ」  説明の間撫でていたイリサの頭から二人の手が引っ込められる。  するとイリサが少しだけ声を漏らしては。 「んん。お父さんが研究する魔法が、また凄くなる。と言う事です  よね?」 「ふ。そうなると良いね。まだまだあのゴーレムは未完成だし、今  後の事も考えればそうであって欲しいな」  イリサと視線を合わせ。リベルテが『未完成?』と呟いていた。 「所で」 「「「!」」」  それまで昼食を口に運ぶだけの機械と化していたドロテアが声を  発した。慣れて来たとは言え、この女性のギャップ、アッパーと  ダウナーの差には慣れきれない所がある。 「アンラさんの魔法技術は間違無く新体系、系統ですよね。ゴーレ  ムとか呼んでるあれはもう新魔法の域を大きく超えてますし。  ここまで来たのならもう呼び名や呼称付けるべきかと。もし考え  があるなら是非教えて欲しいです。呼称の明確化は利便性の向上  に繋がりますので」 「そう、ですね」  少し考える。自分が研究改良している魔法は既に元あった魔法と  はもう大きくかけ離れている。弄っている自分が誰よりもそれを  実感している事だ。駄作ゴーレムに使った魔法の仕組みとかな。  しかし新体系の技術と言われ、名はと問われる日が来るとは流石  に思わなんだ。そもそも此処に物理学とかあるのかも謎な状態だ  しなぁ。うーん物理の法則、物理学。魔法学と言うのも良いけ  ど、どうせなら全てをひっくるめた祖として─── 「真理学」 「「「?」」」 「真理法則の学術。真理学的魔法技術、とかって言うのはどうでし  ょうかね」  適当すぎたかもな。呼び心地だけで付けた感バリバリのような気  もして来た。 「シンリガク。シンリ、真理で真理学ですか。アハハハハ」  ドロテアさんは言葉を咀嚼する様に呟きを繰り返しては笑い。 「真理を問う学問、技術。停滞に突きつける真の理ですか。良い  んじゃないでしょうかねぇ!ふひゅ、ふひゅっぶ!」  女性の笑み、笑い声を汚いと思ったのは初めてかも知れない。  勝手に興奮して何か言ってるドロテアさんには触れない方が賢そ  うだ。 「呼び名が必要だと言うならこれから自分達の作る魔法技術体系を  真理学と呼び、派生は都度考えましょうか」 「はひ、はひひひ」 「真理学ですか……」 「真理学ねぇ。頭痛くなりそうな名前」  イリサとリベルテも口にすると、何だか少し気恥ずかしくなって  来たドロテアの相槌か笑い声なのか分からない返事。返事は返事  と受け取り。 「さ。昼食の続きを楽しみましょう」 「「はい!」」 「ひひひ!」 「(何時まで笑ってるんだこの人?)」 「そうです。お父さん、さっきクロドアが突然林に頭を───」  言ってイリサとリベルテ達に話題の転換を促し、春の日差し降り  注ぐ湖沼で穏やかな昼食を楽しむ事に───  ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇  ───湖沼で昼食と談笑を楽しみ。時に言葉を交わさずただゆっ  くりと過ごしてみれば。辺りは夕方。昼食後適当に時間を潰して  過ごす私達。湖沼の側で寝そべって居ると。 「で。この場所には結局何しに来たの? お昼と夕食を外で食べる  ためだけだったの?」  同じくまったり寛いで居たリベリテが疑問を口にした。なので。 「いえ。此処にはお昼で話した通り素材を集めに来てるんです  よ」 「って言っても……。アンラさんずっと私達と遊んでただけじゃな  い?」 「いっぱい遊びましたね」 「ねー」  イリサと声を重ねるリベルテへ。 「ピクニックもちゃんとした目的ですからね。それにまだ時間では  無かったものですから」  言いながら私は起き上がる。芝生の上で寝転がる二人は大分穏や  かな表情。見守り続けた私にも笑顔が絶えないほど、とても良い  光景だ。  時間とは? と考えるリベルテ。側ではクロドアの額を“カリカ  リ”と擦るイリサ。そんな寛ぐ二人をそのままに自分は夕食の準  備へと動く。  木枝を集め火を魔法で起こし焚き火を作っては、ニコとオディ少  年らが運営するキッチンから預かった器具と夕食。保存食では無  く、温め直しで食べれる物を頼んで置いたので、鉄製のポットに  はスープ、それと干し肉がセット。  焚き火を作り側へポット置いて温める。中には具材も入っている  らしく揺らすと良い重さと音が伝わってくる。ニコにはスープ料  理を教え振る舞った事も多いので、中身は野菜中心のスープだろ  う。もう少し量が欲しい所だが、今回は特別として目を瞑る事  に。  そうして私が夕食の準備を始めると、気が付いた二人が起き上が  り。『手伝は?』と言いながら此方へ近付く。既に無いのだが。 「自分たちのポット見守ってください。ああ、蓋を開ける時はミト  ン忘れずにね」 「「はーい」」  敢えて二人へ自分達のポット見守らせる。夜風は体に悪いから  な。 「それでー……あったか……じゃない。それでさっきの時間、って  何なの?」 「ふふ。それは“まだ”素材が現れなかったから、ですよね?」 「ん?イリサは何を探してるか分かってるんだ?」 「ええ」  言いながらリベルテは『そう言えば……』と何かを思い出した様  子。イリサは“にこにこ”と自分へ笑みを送ってくる。私はそろ  そろだろうと思っている所で。 「!」  それまでスイッチの切れていたドロテアが。と言っても意識があ  るのか無いのかな状態で、薪を拾ってくるなど陰ながら手伝って  いたのだけど。その彼女が突如意識を取り戻したかのように感情  を明瞭とし。 「キタキタキタ!」 「うわ!何々?」 「ふふ」  池の方を興奮した様子で見遣る。それに私も視線を送ると。 『……』 『…』  池には“ぽつりぽつり”と火の玉が浮遊している。その数は徐々  に増えて行く。 「朝や昼には姿を見せないらしい存在ですから。こうして夜まで待  つ事になったんですよ」 「え?あのー?」  自分と池で視線を往復させるリベルテ。彼女の側の荷物から特別  仕様のクリスタルを取り出し。 「取りに来た素材って───まさかアレなの!?」 「ええそうですよ。まあちょっとした実験も兼ねてですけど」 「取りに来たって、取りに来たってそんな簡単に? は?え?  え?」  何故か混乱するリベルテを一旦置いておき。イリサへと顔を向  け。 「それじゃあお父さんはちょっとアレを捕まえて来るから」 「はい。夕飯の準備はお任せください」 「何か困った事があったらちゃんと呼ぶんだよ? 後火傷には十  分気を付けるように。分かったね?」 「はい!」  イリサ達に夕食の準備。後は温めるだけを任せ。 「ではドロテアさん」 「はい! ハイハイハイ!」 「行きましょうか」 「うひょあ!」  興奮するドロテアを連れ、漂う火の玉の、その“捕獲”に乗り出  す。  そんな私達の背に。 「“ウィル・オ・ウィスプ”を捕まえるって、本気なんだ……」 「ふふ。楽しみですね」 「楽しみって……えぇ?」 「だって捕まえられたら夜も明るく過ごせそうですよ? 台所と  かにランタンを引っ掛けるみたいにして。ふふふ」 「あ、ああーまあー……そう、なのかな? いやそもそも確かアレ  って───」  何て会話が聞こえてきた。成程。 「ランタン、永久的光源活用か」 「ああぁあああそれも面白そうですね!」 「何にせよ。捕まえられるかどうかだな」 「うひやうひや!」  騒がしいドロテアと連れ立って湖沼の畔を目指す。  黒の男と長髪の女性は池へと向かい、池の上には幾つもの怪し  い光りが揺蕩う───
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