第百七話 非物理型魔法生物

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第百七話 非物理型魔法生物

 ───森の中の湖沼。焚き火側で座る金色の少女と赤毛の女性。  二人をその場に残し黒の男と長髪の女性が向かう先では、小さな  火の玉が“ぽつぽつ”と揺蕩いだしている。  見た目は何処か薄ら寒く、それでいて神秘的な。怖さと美しさ  が混ざりあったような生物、或いは現象。湖沼を不思議に漂う火  の玉の名はウィル・オ・ウィスプ。魂の残滓。  夕食の準備も後は見守るだけと済ませ。イリサとリベルテに暖の  用意できた私は、今回のピクニックのもう一つの目的。魔法研究  を進めるための、魔法適正のある素材探索。その一環であのウィ  ル・オ・ウィスプの捕獲に挑戦しようとしていた。  この為に突貫で作り上げた特別仕様のクリスタルを手に、取り敢  えずはと池の畔を回り歩く事に。  歩く中ふと。二人の側を側を離れる際に、リベルテが何か難しい  表情をして居たのが気になった。ウィル・オ・ウィスプは何か危  ないモノなのだろうか? 気になった私は隣を歩くドロテアへ。 「ところでドロテアさん。貴方はウィル・オ・ウィスプについて何  かを知ってたりしますか?」 「ひゅは?」  口を歪ませっぱなしだった彼女の返事は意味不明。  元々この探索は、いや探索と言うよりもほんのお試し、感と経験  からやって見ようと思った試みに過ぎなかったりする。  しかしそんな考えを不用意にも私は試作品を作る場で、彼女の側  でつい口に出してしまい。聞き逃さなかった彼女にしつこく問い  詰められ、結果彼女もこのピクニックへの参加を希望。遂には此  処まで着いてきた、大変研究熱心な同僚だ。  まあこの魔法があるのに魔法が全く技術として普及も周知もされ  てない異世界で、魔法の知識をしっかりと持った稀有な存在なの  で、頼みを無下にはしなかった。実際魔法研究でもその知性、知  識は頼りに成っているしな。そんな彼女へ、あの生物に付いて聞  いてみようと思ったのだ。手の届きそうなウィル・オ・ウィスプ  を探す間にな。ようは暇潰しに近い雑談。  質問を飛ばされた彼女は緩んだ口を閉め。自分とウィル・オ・ウ  ィスプをニ~三度見遣り。 「アレですか。何でしょうねアレ。生物なのかただの自然現象なの  か分かりませんよね」 「ふむ?良くは知らない?(何だ。知らないのか)」  残念がる私へドロテアが肩を一度すくめて見せ。 「進歩に進化、発展発明発見、実験実証理論等など。魔法と技術と  言うモノには興味がありましたけどね? 魔物や精霊などは勿論  同種同族、ヒトに興味何て無かったですから、私」 「(妙に納得できてしまうのは、取り敢えず本人に言わないで置こ  う)」 「ああでも前、前“は”です。今はもう生きてるヒト、物体、生物  にも大変興味がありますよ! なんたってあのドド、ドラゴンに  見て触れられる機会があり、ありありましたし!ふひひいひ!  それに他にも……うひッ。うひあ!」  情緒怪しく含みのある言い方をした彼女は、そのまま少し一人だ  けで興奮しては急に冷静な様子で『───なのでまあ知ってるの  は雑学レベルの事だけですが』と話の頭に付け。半目で空を見詰  めながら説明を始めた。 「ウィル・オ・ウィスプ。ゴーストデーモンとかゴーストの成り損  ない何て呼ばれ方もしてますけど、どの伝承民話発見報告にも共  通している事は。人気の失せた夜に何処からともなくと水辺へと  集まり、どの個体も青白い火の玉のような見た目。生き物が大量  に死んだ場所、または悲劇惨劇凄惨な出来事の近くで良く見つか  るとか見付けやすいとかですね」 「ほほう(さて。生物に関係しているのか、それとも死に関係して  いるのか。果たしてどっちだろう)」 「数少ない実験、目撃者の実体験とかですけど。それで言えばある  村人が度胸試しと称し、木の棒で叩いてみたり。または臆病な剣  士が剣で斬って見た所。攻撃された彼らは霧散するのですが、時  間が経つと元に戻るのだとか。  同じ個体かは分かりませんけど、曰くその場に残った小さな滓が  寄り集まるらしいです」 「ふむふむ」 「後は良く憑依されるとか、言動のおかしいヒトを憑依されて可笑  しくなったと言う話し、症例もありますけど。記録を見た限りで  は根拠に乏しいですね。治療が成功した例とかも無いですし、ア  レから攻撃されたと言う明確な記録も無かったですし」  一体どこで調べたのか。気になるも彼女は半目を更に細くし。 「後は……そうですね。ウィル・オ・ウィスプって知ってるヒト、  文献記録。その多くで“魂の残滓”と言う例えが良く出てくる程  度ですかね。自分が知ってるのはこれで全部かと。  ね? 雑学程度だったでしょう?」  ふーむ雑学以上だと思うのだがなぁ。彼女の話しの幾つかはイリ  サから聞いた事と変わらない所もあるが、新しく知れた事も多  い。  夜に遭遇しやすいと言うのは事前知識の乏しい私ですら察せられ  た事で。一番興味、聞きたかった事柄としては殴った斬ったと言  う所か。霧散しては元に戻ると。つまり通常の、物理法則とかに  当て填まった生物と言うよりは寧ろ。 「ウィル・オ・ウィスプは魔法生物、って事ですよね?」 「マホウセイブツ?」  半目を開くドロテア。 「ああ魔法を使ってるから、いや魔法、魔力に依存してるからっ  て事ですか?それは」 「ええまあ」 「へぇ……。面白い発想ですね。なるほど、なるほどなるほど…  …依存生物……」  半目を三日月のように歪ませ、序とばかりに口も歪ませ“ぶつり  ぶつり”と呟く彼女。何だか意思の疎通に若干の齟齬を感じる  な。  この世界、異世界の人達にとっては魔法も幻想生物も、それが魔  法的だと言う認識は恐らく無い。当たり前と知らなさ過ぎるが絶  妙に混じり合って、疑問が疑問の形を成していないのだろう。  だからこそ会話でこうした齟齬を感じる時が生まれるのだ。私は  この異世界で普通に言語を話しているが、ちょっと意識すると彼  らが意味不明な言語で喋っている事が認識できる。薄く、辛うじ  てではあるのだけど。  この効果が異世界に及ぼされた物か、翻訳か意訳かなのかも知ら  ないが。意味の遠い、もしくは此処に意味として無い言葉だった  りすると。 「ドロテアさん」 「はい?」 「アミノ酸って知ってます?」 「アミ、アミノサン?」  ご覧の通り。イントネーションからもう違う。人名みたいにね。  此処には顕微鏡も無ければ鉄分もアミノ酸も存在してるか分かっ  て無いんだろう。けれども都度。 「ええ。食べ物とかに含まれているんですよ」 「? 小麦粉とか魚の骨みたいに、ですか?」 「言えもっと小さい。肉眼だけで見るのは難しでしょう」 「なる、ほど」  説明すれば意味が伴われ使われだすのだ。ゴブリン達が私を呼ぶ  親方、のようにね。まあいま説明したアミノ酸が今後使われる事  は無いだろうがな。 「すみません。どうでもいい話でした」 「……」  自身の疑問、その再確認に利用した彼女へ謝罪を伝え。引き続き  本来の目的でもあるウィル・オ・ウィスプの捕獲実験を続ける。  目的のウィル・オ・ウィスプ達は湖沼の中央で多く漂っているお  り、簡単には近付けない。泳げば勿論近付けるのだが、濡れるの  も泳ぐのも今日は遠慮したい所。  しかしこのまま手の届く範囲に見付けられないのならば、最終手  段として考慮しないと行けないかもな。そんな不安の矢先。 『……』 「お」 「居ましたね。ウィル・オ・ウィスプ」  湖沼の集団から離れたのか、それとも集団へと今まさに向かう途  中だったのか。何方にしろ畔を一匹のウィル・オ・ウィスプが漂  っていた。これはチャンス。  近付いても逃げず揺蕩い続ける個体へ、すかさず私は持って来た  クリスタル、捕獲用クリスタルをウィル・オ・ウィスプの近くへ  と近付け。 「マギア(起動)」  構築した論理魔法(プログラム)が動く事、そして魔法効果が効く事を祈りなが  らクリスタルを起動。起動した捕獲用クリスタルは組み込まれた  論理魔法により魔法実行させ、その効果は直ぐに現れた。 『……』  ウィル・オ・ウィスプの体が徐々に。 『…』  徐々徐々にクリスタルへ()()()()()()()()。 「「おおおー!」」  気分はさながら悪霊を封印する高僧の様。  翳したクリスタルへウィル・オ・ウィスプが引き寄せられ、存在  の曖昧なその体が触れた箇所から溶け入る様にクリスタルへ吸い  込まれて行くのだ。光景は間違いなく奇妙かつ不可思議な物。 「あの悪魔っ子から教えてもらった魔法、性質で言うなら“吸収”  でしょうか。仕組みと作用を司る論理を上手く書き換えられたか  不安でしたが、吸収と言う性質はやはりウィル・オ・ウィスプに  は効果的でしたね」  異世界には魔法があるが、私の手元にある魔法はどれも少なく、  そして言い方が悪いかも知れないがお粗末で不出来なモノばか  り。気が付いたのは魔法へ手を加えられる環境が整ったからで、  こうして既存魔法を改良、改造するのも最早抵抗なく慣れた物。  悪魔の娘から魔法を丁寧に頼み教えてもらった吸魔の法。吸魔の  法は強制的に相手の生命力を奪う魔法、と言う効果だった。しか  しそのままの運用は発動条件や制約が色々と面倒で、非常に扱い  辛い魔法だと分かり。生命力では無くもっと簡単で奪いやすいモ  ノ、魔力を奪うと言う形に手を加えてみた。試験品は前にリベル  テへ譲渡した剣へ刻印し運用テスト済み。  なので今回はそれに更に手を加え、吸収能力を高めに設定。魔力  を吸い込むだけの、貯めた魔力の利用手段を一切考えてない魔  法。濾過も利用の設定もしてない、ただの吸収装置。  しかしこれがウィル・オ・ウィスプには大変効果的だった様子。 「あああすごい、ああああああすごい! 生物がクリスタルへ収ま  るってどう言う事!?」 「(怖)」 「ヒトも物も吸収できるんですか!?」 「それは無理ですね。このクリスタルは魔力を吸収すると言う効果  を大きく高めただけなので、多分普通の生物にしようしても魔力  を吸収する事もできないかと。一点特化させた弊害が大きいので  ───」  改造元の魔法、生命を奪う魔法には厳しい発動条件が存在してい  た。さらに言えば生き物から魔力や生命力を奪う事は、対象の抵  抗力で成功率や吸収量が変わってくる。吸収魔法を扱う悪魔っ子  からの教えだがな。  なのでコレは抵抗力が皆無な相手にしか効かないし、自然魔力を  濾過過程も無い。 「───とまあ。そんな訳で完全にウィル・オ・ウィスプ専用なん  です。まあ抵抗力は高く無いと思っていましたけど、此処までウ  ィル・オ・ウィスプに此処まで抵抗力が無いのは意外でしたけど  ね」  ウィル・オ・ウィスプをクリスタルへ吸収する傍らで、話を聞い  た隣の女性が騒ぎ出す。 「ウィル・オ・ウィスプ、生物か現象か分かりませんけどぉ!そ  れを吸収!? ッあーぁぁ魔法!魔法は何て素晴らしんでしょ  う本当に! 何をするかと、ウィル・オ・ウィスプで何をする  のかと思えば! 魔法の的あて等と予想した自分が愚かでした、  謝りますごめんなさい。いや魔法の的あてにも近いので愚かで  はないのでは?ではでは?」 「(知らん)」  此方に同意を求められているらしいが、今は幸いにも忙しい。な  ので適当相槌程度で我慢してもらおう。 「……(こくこく)」 「! ええ。ええ、ええ、ええぇ! きっと貴方なら同意して貰え  ると思っていましたよ! ああ素晴らしいこの技術、ああああ真  理学!真理学って良いですね! ああ私の、あああ貴方は私  の!」 「(よく喋る。と言うか、夜の森には獣も居るだろうに。もう少し  声を落として話そうとは思わないのだろうか?)」  その後も延々『冒涜的探求』とか『崇拝と言う感情がやっと私に  も』とか。支離滅裂な言葉を早口で垂れ流していたドロテア。こ  の彼女が静かに成ってくれたのは、ウィル・オ・ウィスプを完全  に吸収し終わった時だ。そしてここからが彼女の仕事。  ただ付いて来て昼飯夕飯を食べるだけで済まさず、付いてくるな  らと使わせてもらう事にしよう。して、彼女をどう使うかと言え  ば……。 「ではどうぞ」 「はいはいはい」  私はウィル・オ・ウィスプを吸収したクリスタルを彼女へと手渡  し、彼女はポケットから眼鏡を取り出しては掛け。 「マギア(起動)。マギアマギアマギア!」  魔法道具を起動。入ってるモノ()モノ(現象)だけに、毒味のような事  を彼女へさせた。覗いてもし中で暴れている様子とか、泣き叫ん  でる様子とかだったら見たくは無いからな。 「……」  集中して中を覗くリベルテ。別にあの眼鏡がなくとも魔法を覗く  力を彼女は元々持っているのだが、此方の方が圧倒的に疲労感が  少なくて済むのだとか。魔法精度は未だオリジナルに劣るも、効  率で言えば既に勝っていると言う話し。  魔法道具は魔法の効率と平均化を目指しているので、あの眼鏡は  道具として、触媒としての成功例の一つと言えるだろう。最も、  目指すはより優秀で複雑な魔法も使える、または発現の助けと成  る道具。できる事ならもっと魔法の道具を作りたいものだ。魔法  の改良に触媒の種類を増やすと。  やる事は多く、またどれも楽しみな事柄ばかり。 「(その為にはもっと素材探索、収取がもっと大切に───)」 「おおおおおおおお!」 「……どうかしました?(精神でもやられたか?)」 「入ってる!ちゃんとナニカが入ってますよコレ、アレェ!」  語彙力が一気に消えたな。うーんドロテアでは精神に支障をきた  しているのかどうかが分かり辛いな。これは人選ミスだったな。  仕方無しに私は興奮する彼女から眼鏡を受け取り中を覗く。する  とウィル・オ・ウィスプらしき謎の存在をクリスタルの中で確  認。  対象スケールを視覚的に捉え過ぎている所為か、中で見えるソレ  は小さく見える。しかしながら感じる魔力、存在感は吸収前と同  じスケールと感じられるので。つまりは上手く行ったらしい。 「確かにこれは“おおお。”ですね」 「……あああああ成程! だからマホウセイブツ!」  慣れた事だが、また急に彼女が騒ぎ出す。今度は何かと耳を傾け  てやれば。 「魔法事象、魔力に依存した生物構造だから魔法生物と分けた訳  ですかぁ!? んんー?でもでもでも生物は皆魔力を持って──  ─ああ成程。依存具合や構成要素の比率で魔法生物か非魔法生物  かを分けてお考えでぇ?。とすると魔法を使う、または魔力生命  活動の頼りにしている生物を魔法生物と定義? ぶひゃはやはや  はあぁ!ぉぉおお面白い考えですね、面白い考えですよそれぇ  ッ!」 「そうですね(ホント、何がそんなに面白いのだろうな)」 「あひゃひゃ───でですね提案です」  喚く彼女は途端冷静になり。 「貴方の発想は素晴らしい。起点と言うか視点と言うか、いや始点  かな?」 「それはどうも(褒められてるのだよな?これ)」 「そこで、ですね。魔法の系統開拓、研究をして行く過程で、今後  この様に生物の事も調べる機会が多いのでは?」 「まあ。そう成るかも知れませんね」 「ですよねですよね。なら何れ生物学、貴方の言う魔法生物の生態  レポートのような物も作成しても良いかと。研究の手助けにも繋  がりますよ?きっとね」 「ふーむ。フィールドワーク、生物調査とかって事ですか。成程」  面白い提案だ。至極簡単に言えばモンスター図鑑を作った方が良  いと、そう言う話しか。  この異世界。此処では魔法を特別注視してないし、加えて幻想生  物の事もただの動物ぐらいにしか思ってなさそうだから。  だから彼らが特別な素材になるなど、その発想もあまり出てこな  いのだろう。でなければ今頃電気を蓄えられる生物は乱獲され尽  くし、電気と言う化学反応から齎される多くの恩恵で文明レベル  は飛躍的に進歩していたはずだ。なぜそうは成らなかったのか。  思うに。魔法と言う技術が中途半端にも文明に介入した所為で、  科学も神秘も互いに足を引っ張り合ってしまったの。と言う所だ  ろうかね。……まさかそう単純な話しでも無いだろうがな。  図鑑制作、情報集め。その発想は頭の書斎に仕舞い込み。 「考えておきましょう。さて。ドロテアさん」 「分類、分別と言うとてもとても楽し───はいなんでしょう」  アッパーとダウナーな状態の切り替えが凄い。本人に自覚とかあ  るのだろうか、この情緒に。 「これを使ってみたくは無いですか?」 「是非是非是非ぃいいいいいい!」 「ではどうぞ」 「きゃー!いやぁたああああああああああ!」  これ程興奮を素直に露わにする人は早々居ないだろうなと思いな  がら彼女へ、ウィル・オ・ウィスプをクリスタルに吸収する。そ  の作業をやらせる事に。  魔力を使う事は少なからず疲労感を伴う作業。なのでやりたいと  乗り気な彼女にやらせ、私は見守る事にした。  彼女は手渡したクリスタルを手に走り出し、辺りを漂うはぐれを  見付けては。 『……』 「吸ってる、吸ってる吸ってる! ああああアンラさんほらぁ!  なんでぇ、何でこんな事に!?」 「吸ってますね。なんででしょうね」  実は仕組みに関して言えば適当に作った。魔力を吸うとか威力  を上げるとか簡単事を詰めに詰めただけで、ウィル・オ・ウィ  スプを吸収するのは何故か分かってない。それでもできるだろ  うと思ったのは、どうみても物理的生物には見えず、魔力の固  まり見たな感じだからだ。実際肌で感じる感覚は、魔力のそれ  に近いし。  なのでまあ、魔力を吸うと言う効果、仕様が広範囲に過大に作  用してしまった結果だろう。 「(純粋魔力として人体にウィル・オ・ウィスプ吸収できないか  試すのも面白そうだ)」 「書き換えた論理魔法の構造、過程を知りたいので、後で必ずこ  のクリスタルをもう一つ作ってください」 「気が向けば(急だなぁ)」 「ええ。それで構いません」  ホント急に落ち着いて。 『…。………』 「あ、あの個体も吸ってみよう! あひゃひゃひゃ!」  シームレスに燥ぐなぁ。  私はそうして彼女にウィル・オ・ウィスプの捕獲を任せ、静観し  て居た───  ───湖沼周り。興奮し辺りの見えなくなった彼女の、その体を  湖沼に落ちぬよう仕方無しに支えて捕まえた個体を最後とし。私  達はイリサとリベルテを待たせた焚き火まで戻る事に。  戻ってくると焚き火では温めたスープを美味しそうに飲んでいる  二人の姿が。うーむ、焚き火の光がいい感じで、実に写真に収め  たく成る光景だ。  勿論カメラなんてこの異世界に存在しないがな。 「お帰りなさいお父さん!」 「ただいまイリサ、リベルテ」 「あー……うん。お帰り」  此方に気が付いたイリサは何時戻りの笑顔で迎えてくれた。リベ  ルテの方は何やら考え事だろうか? 腕を組み頭を捻っての返事。  私が不在の間に何かあったのだろうか? 疑問に思いながら私は  イリサの隣へ腰を下ろす。 「はい。此方がお父さんの分のスープです、温めておきました」 「ありがとうイリサ」 「ふふ」  イリサが私の分のスープ取ってくれる。私はイリサからミトンは  受け取らず、革の黒手袋をポケットから取り出し蓋にかぶせ開  け、中身を少し蓋の中に入れては。 「クロドア」 『!』  イリサを挟んだ向こうで寛ぐクロドア呼び。初期魔法の冷気で少  し冷やした蓋を地面へと置き。 「イリサを守ったご褒美だ」 『!!』 「まあ。良かったですねクロドア」 『!』  立ち上がりその場で頭を上下振り回し、序とばかりに体でも回っ  て見せた後。置いた蓋の中、スープへ長い舌を伸ばし具を食べ始  める。 「(番犬ならぬ番龍。おおいいなそれ、うんうん)」 「用事は済んだのですか?」 「ん?ああ。ちょっとしたトラブルもあったけど、取り敢えずすべ  き事は済んだかな」 「トラブル、ですか? 魔物とかでしょうか?」 「いいや。捕まえられる事が分かったから、捕まえられそうなモノ  を片っ端から捕獲したのだけど、捕獲した個体が中で一つに成っ  てしまったらしくてね。トラブルと言うより誤算かな」 「それは……また凄い、ですね?」  疑問気ながらもイリサは口に手を当て“驚いた”と行った模範的  な様子を見せてくれる。何と愛らしく可愛いのだろう。 「いっぱい捕まえたんだ。ウィル・オ・ウィスプを」  言葉を飛ばしたのはリベルテ。 「? まあそれなり、ですかね。ちょっとした虫取り感覚でしたよ」 「虫取り……感覚……」  呟きながら彼女は、ずっと手放さず見惚れているドロテアの、手  に持つクリスタルを見詰める。うーん? 「リベルテ? どうかしました?」  先程からの様子にイリサも気が付き問い掛けた。すると彼女は疲  れたような笑みを浮かべ。 「あの、あれよね。お伽話とかで聞くウィル・オ・ウィスプって  のはさ。その、魂みたいなモンなんでしょ? ヒトの。それを捕  まえて……どうするのかな~って」 「?」  “おずおず”とした喋りのリベルテはそこで黙り。イリサは笑顔  で小首を傾げるばかり。  成程。彼女が言わんとしたい事は察する事ができる。魂に対して  の扱いが罰当たりなのでは? と言った道徳倫理観の話しなのだ  ろう。彼女の人間性が善性に寄った物である事は、短くない付き  合いで既に把握している。なので彼女に、彼女が納得できる解答  を渡そう。 「らしいですね。ただしあくまでも魂の“残滓”ですけどね」 「名残でも魂は魂じゃない?」 「だとしても本物の魂は既に行くべき場所へ逝ってると言う事でし  ょう」 「逝くべき場所……」  勿論そんな事は知らない。 「思うにこのウィル・オ・ウィスプと言う存在、捕まえて見て分か  った事ですが小さいモノを大きいモノが吸収する特性があるらし  いのですね」 「「へぇー……」」  イリサとリベルテの驚きの声に一度頷き。 「そして魂の大部分は既にこの残滓の中にはありません。あるのは  魔法的構成要素が大部分。つまりまあ魔法そのモノが生物として  辛うじて実体化している、と言った具合でしょうかね」 「う?うん?」  クリスタルに捕獲したウィル・オ・ウィスプを観察して直ぐに分  かった。ウィル・オ・ウィスプと言う存在は生物と言うより魔法  現象に限りなく近い存在だと。  その事をリベルテには敢えてそのまま難しく説明し。 「そうして多くの残滓がより集まりまた違った生物へと変化、あ  るいは生物の水準へと到達して生まれるのが、このウィル・オ・  ウィスプだと。私はそう考えます」 「………」  ぽかんと口を開けるリベルテへ。 「魂とは何か。それは私にも良くは分かってないですが、生き物全  てが持っているであろうそれ。その多くが残した残滓のより集ま  りなので、魂そのモノとは違うのでしょう。最早別の生き物、現  象なのできっと罰当たりにはなりませんよ」 「ああっと、うん。まあそのアンラさんが、そう言うなら? そう、  なのかも?」 「お父さんは賢くて物知りですからね」 「うーん?」  イリサへ『賢いのも物知りなのも確かかも』とリベルテが呟き、  空を見詰めながらスープを掬い、口へと運ぶ。  取り敢えず納得してもらえたようだ。彼女の意見や意思は魔法研  究へ何ら影響を与えない。が、イリサが慕い家族と認めた存在  だ。私としても不安に思う家族への配慮の一配りぐらいはしよう  と言うもの。例え真実と少し違ったとしてもな。  そうしてリベルテが納得してくれた所で。 「さあ早く帰ってこの魂だか何なのか分かりませんが、兎に角技  術の進歩に貢献するだろうこれ。もう魂モドキの研究しましょ  う!」 「魂でない、違う生物だとしても。あんたには道徳ってのがない  わけ?」 「ありますよ。でも魂かどうかも分からないモノに、そこらに落  ちてたモノに忌避感はありませんね。道徳で私の知識欲研究意  欲は満たされないので」 「……そのうちヒトでなしになるわよ」 「ヒト成らざるって事ですか? あぁああそれも良いですね!」 「ああ今無敵なのね! でも聞いときなさい、絶対馬鹿な事、ヒト  の道に反した事はしないでよ、しないでったらね!」  等と。大変楽しそうにドロテアとリベルテが会話を弾ませる。な  ので私はヘイトの外れた隙にスープを一口すすり。 「うん。外で飲むスープってのは美味いな」 「はい。私達の分だからと、ニコさんも頑張って煮込んでくれた  そうです」 「へぇ。後で礼をしないとな」 「ふふ。勿論オディ君がお手伝いで、ですよ」 「成程。なら二人にか」 「はい」  私はスープ置いてはイリサへと向き直り。 「さて。今日はどうだったかな?イリサ」 「とってとっても楽しかったです。素敵な一日をありがとうござい  ます、お父さん」  揺れる焚き火が柔らかく照らし出す愛娘の、最高の笑顔を心で噛  み締め。特別な夕食時を過ごさせてもらう。  焚き火の周りでは言い合う女性二人。楽しく談笑をする親子。そ  して空の蓋を咥え歩き回る黒いドラゴンが一匹───
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