第百九話 明くる日

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第百九話 明くる日

 ───湖沼へピクニックに出かけて数日後。  朝も早い時間に台所へ立つのは黒の男。彼の側には成犬並の大き  さに成長し、翼と黒い鱗。長い首に金色の瞳を持つ生物、所謂ド  ラゴンの姿も。  男がシンク前で腕を組み考えては、ドラゴンが彼の後ろを行った  り来たりを繰り返している。  シンクの前に立ち考える。前とは広さも焜炉の大きさも少しレベ  ルの下がった台所。  村の中にあった家々の幾つかは貴族とやらに焼かれ、またメンヒ  と村のゴブリン達に依ってその多くが既に解体されている。私と  イリサ達が住んで居た自宅も例外ではない。現在その場所は既に  骨組みだけ。しかし悲しい事ばかりじゃない、自宅跡地ではメン  ヒの大工協力の下で、新たに家の建築が行われているのだから。 「(まあそれも、木材石材と行った建築資材の確保が難航している  ので現在は止まってるがな)」  前が大きかっただけに最低でも同じ程度のレベルを要求してしま  ったのも良くなかったか。人間とゴブリンだけでは資材を集める  のが大変だ。専用の道具も重機も無い状況では特に。加えて、基  礎的な建築技術を持ってるメンヒ村の大工でも頼んだ規模は初め  てとの事で。結果的に建築作業は停滞してしまっている。  思わぬトラブルで駐在予定だったメンヒの大工達には一時帰宅し  てもらっており、その留守中ゴブリン達はできると言うのだが。  彼らに任せっきりにすると壊滅的美的感覚で建築されてしまうの  で今は建築を差し止めている。  なので。こうして未だ焼けず残った仮家での生活と言う訳だ。  田舎らしくどの家も元居た世界で住んでた建物よりも大きいのが  唯一つの救い。そして、家が変わっても変わらないモノも。  日課である朝食作りだ。 「いかん、ちょっと考え込んでしまったな。さて一体今日は何を作  ろうか」 『……』  背後で“ソワソワ”としている存在。私が台所へ立つと必ず同行  して来る我が家のペット、クロドア。 「私と一緒でお前も早起きだな」 『?』  長い首を伸ばし顔をこちらに向けては、小首を傾がれてしまう。  朝食の準備が始まるまではイリサの部屋の前で寛ぐこのドラゴ  ン。  前と比べれば狭いが、それでも十分広い台所。なので調理時にこ  の場所を彷徨かれても、この可愛いペットを邪魔と追い出す気に  は成らない。羽を広げられたりしたら流石に邪魔だろうけど、今  の所は一度も無い。いい子だ。 「(ああこうした日常。ペットが付いて回る日常なんて、元いた世  界でも憧れていた生活の一つじゃないか)」  昔憧れた光景では、縁側に犬猫と言う大人しい物だったがな。今  側でおこぼれを聡く狙っているのは犬ほど柔らかくも猫ほど小さ  くも無い、黒いドラゴンが一匹。 「……」  クロドアの側へ手の平を近付けてみれば。 『! ……』 「ふ」  長い首を伸ばし頭を“ぐいぐい”と押し付けてくる。この行動の  意味は全く分からないが、可愛らしい事だけは分かる。最初に比  べれば随分と懐かれ、また大きくも成ったなぁと思う。最初何て  飛びかかられたと言うのにな。 「さてと」  少しだけペットと戯れた私は台所へ置かれた食材庫から野菜を幾  つか取り出しシンクへ並べる。  朝食は大体メインが野菜スープとパン、サブでサラダや卵料理が  と言った具合に決まっている。春と成り鳥の卵が森で採れる様に  成ってきたからな。それと最近では飲み物が牛乳と言う贅沢さ。  少し手を変えサンドイッチ等ど飽きないよう見た目を工夫したり  してはいるが、朝食と昼食のメニューは安定した物でローテーシ  ョンを組んでいる。  組める環境まで育った事には一入(ひとしお)の感動だ。 「(それもコレも無事だった農業組と、そこから若いゴブリンを育  てるために組を移動した幾人かと。メンヒとの交流の成果と言え  よう)」  貢献と交易に感謝を抱きつつ、大振りな野菜の皮を剥く。  火が均等に通るよう大きさを揃えてカットしては、火の通り辛い  野菜から火を通し水を張った鍋に投入。弱火で次の野菜の到着を  待たせる。  次の乗客足る野菜を切りながらふと、農業組のゴブリンとオーク  から畑拡大の提案を受けた事を思い出す。  この村での野菜収穫速度は魔力水のお陰で異常に早い。ゴブリン  とオークが来てから畑仕事はたまにイリサと遊びに行く程度に抑  え、もう殆ど彼らに任せっきりなのだが、そんな彼らが言うには  余らせないよう収穫速度や量を調整していても、それでも畑は定  期的に休ませる必要があるのだとか。理由は知らないが、同じ畑  で同じ野菜等を続けて栽培したくは無いらしい。『ダメはダメゴ  ブ!』との事で。収穫速度と今の畑の広さでは帳尻合わせが難し  いとの事で、畑の拡大を提案された訳だ。  自分よりも農作業に詳しいらしい彼らの意見を却下する訳も無  く、尊重し、畑の拡大は既に許可済み。人手に若干の問題を感じ  たが、だからこその彼らの提案でもあったのだろう。  今まであの大きさで賄えていた物を、数が減ったにも関わらず必  要と拡大を提案されるからには、きっとこれからを見越してだ。  冬の間籠もっていたからな。彼ら。命に敏感に成っても、危機に  瀕した生物としても至極当然な結果だろう。アレは。 「(元々の数もまあ多かったが、共に住んで彼ら数が増え続けてい  ると言う事は無かった。しかし狩りで数を減らされた彼らはその  個体数を急激に増やしたのだ。  特徴としてゴブリンは増えやすく、大きさの所為か直ぐに育つ様  にも思える。消費しても数が巻き返しやすいと言うのは、種とし  て見ても良い特徴なのだろう。個体は非力ではあるが)」  しかし増えやすいと言っても村人は村人。安易に消費して良い駒  とは言えない。増やすには環境が関わってくるのだから、村人が  減って環境が悪化しては増えるモノも増えまいて。幸い今回は十  分な食料と冬言う時期が、寒さが彼らに命を育ませるきっかけを  与えらしい。  だがもし次の消費が起きてしまえば、その喪失感は過分に大きな  物に成るだろう。  子供、いや少年か? が今のゴブリン年代には得に多い。今消費  してしまっては彼ら、ゴブリン全体の精神状態が著しく悪く成っ  てしまうのは明白。  種が優秀でも個体では戦力として大きく劣っている彼ら、補う為  に作った魔法の道具で彼らもある程度は戦えはするのだけど。 「(今度襲われた時に彼らへボーンメイルを着せての特攻は、少し  難しい。ゴブリンの戦闘能力と闘争心を飛躍的に高めるあの装備  事態には、少々精神への悪影響を与えるデメリットが存在してい  る。ドロテアから最近受けた追加報告曰く『着用時間により着用  者の精神変質の可能性在り』との事だったからな)」  試運転直後の使用感聞き取りでも、戦闘自体を見てももしやと思  ったが、可能性は大きいらしい。サンプルがあの戦いの後の聞き  取りだけと言うに、良く分析出来たものだ。ドロテアはやはり魔  法関連の知識、知恵で役立つユニット。と言う所か。  それら要因から鑑み。折角数も精神的にも立ち直ってきたゴブリ  ン達貴重な村人をまた消費すると言う選択肢は、低い。何よりも  消費こそが我が村の負け要因に成りかねん。  疲弊、活力を失ってしまった村人に、最早価値は無いのだから。 「うーん困った」  村の防備から、今や存続に頭を悩まさられるとはな。これも悪趣  味な貴族どもの所為だ。  散らばった頭痛の種に悩みつつ、メンヒや狩猟を通じて入手した  卵。その黄身だけをボールへと入れ、更に塩とゴブリン製のオリ  ーブオイルを合わせ掻き混ぜる。残った白身はスープの後入れ用  に分け置いてと。序とサラダの準備もしてしまうか。  食料庫の鮮度を少しでも保つために、冷気を発生させる小さなク  リスタルを一緒に入れているのだが、こちらのクリスタルにも劣  化の痕が見え始めている。  やはりクリスタルだけで魔法を運用するには難しいのか? しか  しクリスタル程魔法との相性がいい素材も無い。この問題の解決  には触媒を増やす、クッションの存在が必要か。  それとクリスタルの元、鉱石の違いも研究せねばな。  等と考えながらサラダを用意しいる所で。“コンコン”と台所裏  口がノックされた。  私は調理の手を止め。裏口を開けた放つ。待っていた存在は。 「パ~ンのお届けゴブよ!親方!」 「何時もご苦労さん」  頭にバスケットを乗せ片手で支え、もう片方の腕を肩から布で隠  したゴブリン。仲間と、異種族の友の助けですっかり立ち直った  らしい隻腕のゴブリン。ニコの姿が其処にはあった。  ニコは何時も通りパンの詰まったバスケットを台所の一角へと置  き、此方へ振り返る彼。 「生憎今日も特に変わった物は作ってないさ」 「……」  鼻をひくつかせた彼が見詰める先はボール。ボールと私で視線を  反復横飛びさせるゴブリン。ああそうか。 「ニコはマヨネーズ初めてだったか」 「まよねいず?」  何っ子みたいな言い方だな。私は独特なイントネーションで復唱  した彼へ、出来たのマヨネーズを小瓶に少量詰めてやり手渡す。 「ほら」 「うわー! ありがとうゴブ親方ぁ!」  我が村の誇るゴブリン料理長殿は新しい料理、調味料には目がな  いご様子。  なのでこうして彼が興味の引く物を私が作った時何かは分けてや  る事に。彼が気に入れば量産されるし、気に入らなくとも取り敢  えずで幾つか確保される。調理に、料理に興味と探究心の全てを  注ぐ彼に提供するのは、昼や朝食、その他恩恵に預かる此方もや  ぶさかでないからだ。紙幣流通のない自給自足なこの村ならでは  の価値、貢献でのやり取りならでは。  小瓶を受け取ったニコは我慢ができないと言った様子でその場に  座り込み、足で起用に小瓶を固定しては早速鋭い指を突っ込み味  見を一口。 「~~~ぉぉおおおお! 深いコク、爽やかな粘り気、面白いかほ  りゴブぅぅぅう!」 「(ゴブリンの食レポとは、また何とも……)」  彼はゴブリンの中でも表現力、と言うか言葉がとても聞き取りや  すい類のゴブリン。なので無意識な意訳和訳翻訳が機能しては、  こんな事も宣うのだろうさ。  様子から自作マヨネーズがお気に召したらしい。まあ今までお気  に召されなかった物は無いのだけどね。  最初彼らゴブリン族は辛味の調味料、それ一種類しか存在しなか  ったので、自分が作る調味料は興味深いのだろう。オリーブオイ  ルとかも此方から『食用油の類は無いのか?』と彼らに訪ねてや  っとと言った具合。作り方を知ってるのに作らないだけと言う  ね。  食への興味はこのニコが、ゴブリン一旺盛らしい。そんなゴブリ  ン達の多くが、今や彼の作る料理を好んでいるのだから、また不  思議なものだ。 『……』 「ゴブ……」  と。マヨネーズを味見したニコの事をクロドアが睨んでいる。そ  んなクロドアにニコは瓶の蓋を閉めおどけた様子と動きで。 「あッげないゴブあげないゴブぅ~!」 『! ………』  小瓶を手に立ち上がり舌を“ベロベロ”と振っては挑発。何をし  てるのだか。  ニコからの挑発を受けたクロドアが“すっ”と首を立て。 『……』 「………ギギッ!」  ニコを強く、鋭くと睨む。  我が家のペットの成長は著しく。もはや成人したゴブリンの身長  と同じか超えていると言った所。成犬並の大きさのドラゴンが、  長い首を立たせれば見下ろす形に成るゴブリン。頭だけを基準と  するなら既に身長はニコの大負けだろう。加えてヒナからドラゴ  ン正にと言う成長遂げた姿からの、その威圧は中々の物。 「じゃ、じゃあまた来るゴブー!」  クロドアが本格的に動き出す一歩、足を一歩踏み出した瞬間逃げ  出す隻腕のゴブリン。残されたクロドアは後を追いかける事もせ  ず。 『!』  開け放たれた扉を見詰め鼻を一度鳴らすだけ。そして持ち上げた  長い首を。 『……』  今度は此方へと向けて来た。鋭さの消えた金色の瞳には、代わり  におねだりの色が濃く見える。  犬猫とは勿論体の構造が違うのだろうけど、果たして塩分を与え  ても良いものなのだろうか? 野生動物にとっては油分塩分の多  そうな自作マヨネーズは、果たして。 「ううーむ」 『……』 「仕方ない」 『!』  木のスプーンに少しだけマヨネーズを付けクロドアの口へと差し  出す。これまで人間と同じ食べ物はあまり与えない様に気をつけ  ているし、与えたとしても生野菜。賢そうなドラゴン。自身の毒  になる物は避けるだろう考え、ほんの少量与えてみる事に。  これで少しでも体調を崩した場合は二度とやるまい。  私はおねだり上手なペットが可愛く舌を“チロチロ”する様子も  少し期待してたり。だがしかし。 『アグッ!』 「おおう!?」  クロドアはマヨネーズの付いた木のスプーン。それごとを口に含  んでは“メキメキ”と音を響かせ、とうとう“バギ!”っと噛み  ちぎってしまう。 『! !!』 「……」  豪快な、豪快に過ぎる咀嚼音。噛みちぎられた木のスープンと、  “バリバリ”と食べてるドラゴンのペット。暫くの間私はその二  つ見詰め固まってしまう───  ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇  ───家族揃っての朝食後。先の欠けてしまった木のスプーンの  残りを、ただ捨てるのもと思いマヨを付けペットに全て与えた。  ドラゴンの生態に詳しい本、モノは入手できないものかと考える  間に。朝食の時間は平和のままに終了していた。  食後イリサとリベルテが二人揃って台所で洗い物をしている中、  私はリビングにてドロテアからの成果報告を聞き、報告の終わっ  た彼女へ朝食を振る舞っていた。 「やはり思った通り生物の設計図。それはあったと。いや成果とし  てはこれ以上無い成果ですね。素晴らしい、素晴らしいですよ」 「ッ……ッ……」  食べながら激しく頷く彼女。三日三晩解析に明け暮れた割には元  気だな。とは言えコレには後でシャワーを浴びさせ睡眠を取らせ  た方が良いだろう。やれやれ、こっちで体調管理とな。  彼女へ頼んだのはクリスタルへ収まったウィル・オ・ウィスプ。  その存在を魔法同様解析出来ないかと試させる事。結果は期待以  上の成果。  クリスタルに収めた魔法は、視て紐解くだけでも何かしらしてい  るらしく、此方側にはその意識が無くとも読み解くと言う行為に  は難度が存在する。複雑で難解な魔法と言うのは、紐解くのに時  間が掛かる。構成要素、魔法の構造体とも言うべきそれを何処か  ら読み取っていけば良いのか、または行き詰まりを避ける。パー  ス化されても複雑で難解な作業、手順があるのだが。ドロテアは  その大事な解析手順をウィル・オ・ウィスプで確立した。  方法を聞いた私もクリスタルの中を覗き、言われた通りの手順で  ウィル・オ・ウィスプと言う存在の、その中身を紐解いて見れば  ……混然とはしていたが生物の構造情報らしき、或いは正しく設  計図ともで呼べそうな図面情報がウィル・オ・ウィスプには収め  られて居た。少々混沌としすぎているが、注視と精査を慎重に行  えばより分けは可能だろう。切り分け等の作業も問題なくできそ  うだしな。  しかしこのパース(透視図)化された作業も精神、イメージに強く寄った  方法だな。仮想世界に意識を飛ばし文字の羅列、図面を弄る様な  感覚、作業。  ウィル・オ・ウィスプは魔法、魔力に依った非物質生物なのでも  しかしたらと思って試したが、今回の実験と検証は有意義な物と  なったらしい。色々に使えるかも知れんな、これは。 「ふむ。このまま解析を続けられそうですか?」 「!(コクコクと頷く女性)」 「では引き続き研究と解析を頼みます。そうそう、サンプルは多い  方が良いでしょうから、夜にあの湖沼へサンプルの追加捕獲を希  望するなら───」 「!!!(力強く頭を頷かせる女性)」 「───ではこの後シャワーを浴びて一眠りしてください。その間  に護衛のゴブリンを用意しておきますから。それと彼らの指示を  聞き時間厳守で。それなら許可します」 「守りますますますます」  彼女へ捕獲時間と追加で制作した捕獲用クリスタルを幾つかテー  ブルの上に置いては席を立ち。 「ああ食べ終わった食器はそのままで良いですよ。それと研究と貢  献には感謝を。引き続きウィル・オ・ウィスプの研究に期待して  ます」 「……」  労いの言葉を送る。彼女からの返答は不気味な笑顔。人間の目は  あんなにも不気味に撓むのか……。  彼女の食器は帰った来た時に自分が片付ければ良いだろう。私は  そのまま台所へと顔を出しては。 「片付けは済んだかな?」 「はい!」 「終わったわよー」  既に洗い物を終えていたらしい二人が、台所でクロドアと戯れて  いた。 「それじゃあ散歩に出かけよう」 「「はーい!」」  二人とは食後散歩へ出かける約束をしていた。なので家にドロテ  アさんを残し。二人と一匹を連れ朝食後の散歩の時間へと繰り出  す事に───  ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇  ───リベルテとイリサ、クロドアを連れて村の中を少し歩き。  そのまま村を囲む森へ歩を進めた。  農業や研究への時間を任せられる人材の確保は、時間の余裕を生  み出してくれる。何かと問題が起き解決に尽力してきたが、今そ  の努力が少なからず報われ、こうして最近大きくなったクロドア  の為に散歩と言う新たな日課を我が家に加える事ができた。  素晴らしき散歩の光景。森の中を歩く私の側には。 「あら? リベルテ今あそこで何か動きませんでしたか?」 「んー? ……ああ。あれはただのリスね」 「そうですか。ではクロドアのおやつ程度ですね」 「そうねクロドアちゃんのおやつ───え?」 「クロドア、リスですよー」 『!』 「ちょっとぉ!?」  リスへクロドアを無邪気にもけしかけんとするイリサ、それに驚  くリベルテが走り出そうとしたクロドアを必死に押さえ、イリサ  へ『ダメダメダメダメでしょうが!』と騒いでいる。  散歩序に行っているのは環境調査。魔法的なモノを探していると  言っても良いか。クリスタル、ウィル・オ・ウィスプと良い発見  収穫があったのだから、他にもこの森で何か研究に使える物は無  いかと散策も兼ねている。  とは言え村から遠くは散策範囲外だ。村の近場だけで散歩コース  は組んである。それと言うのも離れた場所は地図制作作業の範囲  だし、現在そっちの作業も休止を余儀なくされているしな。  幸いモノクルゴブリンは生き残っていたので、人数と安全確保の  手段が確立できれば何れは再開したい所。この森もまだほとんど  分かってない事だらけだしな。 「もう。イリサは何でたまにあんな物騒な事を言うわけ?」  考えに傾けていた意識を今へ戻す。すると側にはイリサを説得し  終えたらしいリベルテ。イリサの方はクロドアと一緒に何かを探  している。危険は無さそうだ。 「森で長く一人で過ごして居たので、食料としての観点。サバイバ  ル意識が強いのかも知れませんね」 「ふ、ふーん?」 「安全な環境を手に入れられたのはつい最近で、しかも生まれて始  めてのペットまで、ですから。ペットは可愛く、可愛いペットに  はついつい甘くなってしまうのでしょう」 「甘くなるって……。それでリス食べさせようってなる?」  リベルテは腕を組み首を傾げる。この異世界で常識的、模範的と  思える人間のリベルテと。私が喚ばれるまで森で長く息を殺し過  ごして来たイリサとでは、互いに忌避する対象行動や倫理観。そ  れらに多少差異があるのだろう。 「厳しい自然の中で誰にも頼らず一人で生活して居た期間がイリサ  にはありますので。イリサが少し残酷に見える事があったとして  も、邪悪な考えからじゃないと言う事だけは、理解して貰えると  助かります」  包み隠さず全てを話す必要は無い。現在に必要な事は現在に揃っ  ている。そうで無い時初めて答えれば、話す機会を設ければいい  だけの事。これはイリサと私の、秘密に関する話しなのだから。  その中で最低限伝えられそうな事で、リベルテにイリサの言動に  ついて理解を求めてみた。すると彼女は真剣な表情を浮かべ。 「……誰にでも何かはあるでしょうね。まあ、純粋過ぎると残酷に  映るって事もあるらしいし。イリサが悪い子じゃないって事は分  かってるつもりよ、これでも」 「ありがとうございます」 「別にお礼を言われる事じゃないわ。まあ?これでもイリサのお姉  ちゃんですから? ……なんてね、ふふ」  肩をすくめ冗談めかして言うリベルテ。お姉ちゃん。確かにイリ  サはその様に慕っているかも知れない。 「ええ確かに。イリサは貴方を慕っている。家族として。勿論大事  な大事なイリサの姉として私も」 「ぅ?。そ、そんな素直に認められても困るかも、よ?」 「お嫌でしたか。まあ人の関係性と言うのは敢えて口に出し形を繕  う必要は無いでしょう。家族のように慕われていると、慕ってい  ると、それだけで全て良いはずです。表現の難しい、尊いとされ  るモノとは得てして皆そうでしょうし」 「あはは。嫌とか否定とかって事は無いんだけどさ……もう。アン  ラさんもアンラさんで良く普通に受け入れて話すわよね。こんな  事をさ」  答えに窮する彼女。普通な会話をしている積りなのだが、困らせ  てしまったらしい。この手の話題は難しいな。 「お二人共どうかしましたか?」 「「!」」  いつの間にかイリサが側へ来ていた。手には沢山の。 「葉っぱ?」 「山菜ですリベルテ。美味しく食べられる木の芽に新芽、茎たちで  すよ」 「へぇー……」  イリサが両手いっぱいに持ってきたのは山菜らしい。瑞々しい芽  に葉、茎と言った具合に。 「え。いやなんでまた?」  感心していたリベルテが当然の疑問を口にする。 「あ───いえその。この時期は沢山手に入る時期でしたので、つ  いつい手が。ふふ、次に何時確保できるなんて、もうそんな事は  気にしなくとも良い事なんですよね。今はお父さんも、リベルテ  もクロドアも側に居てくれるのですから」  言いながらイリサが手放そうとした山菜。それをリベルテが制止  しては。 「?」 「まーなに」  言いながらリベルテが此方へ一度顔を向ける。私はただ見つめ返  し何も言わない。 「良く分かんない、けど。何だか今とっても山菜が沢山食べたい気  分に成って来ちゃったし、折角イリサが集めたのに捨てるのは勿  体ないと思うのよ、アタシ」 「まあ」 「だから良かったら少し一緒に探さない?イリサ」 「! ええ、ええ勿論ですリベルテ」 「そ。なら行きましょ」 「はい。ふふふ」  笑顔の二人が山菜集めに乗り出す。良い、実にいいやり取りと光  景だ。それに山菜か。ふむふむ。  離れる二人を見守るつつ。『これ食べれるの!?』等と騒ぐリベ  ルテに笑みを浮かべ説明するイリサ。手から零れた山菜をクロド  アが遊びだすと。実に、実に。 「良い光景だ……」  あの時間、景色は何者にも害されてはならない。だから私はただ  静かに、ひっそりと彼女達を見守り続けた───  ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇  ───夕方。クロドアの散歩から村へと帰って来た私は。イリサ  とリベルテ、それとクロドア達に張り切って確保された山菜と共  に帰宅。余してはと少量はキッチへとおすそ分けを済ませ、彼女  たちから山菜を受け取った私早速家の台所へ向かった。 「山菜か。取り敢えずは灰汁抜きが必要そうな物とそうで無いモノ  を選り分けて……」  事前にイリサから山菜について学び、村に残されていた食材知識  の本、レシピ本からステリオン周辺で採れる山菜への下処理知識  は確保されている。暇つぶしに次代へと残されるはずだったレシ  ピブックを読み明かした日々は、決して無駄ではなかった。  イリサ達が入手した新鮮な山菜を下処理として、灰汁抜きが必要  だった山菜達には灰汁抜きを施し、冷水へ付けて締めと粗熱が抜  けるのを待ち。その間に我が村特産の小麦、それを碾いた粉を用  意しては、水を少量加えてかき混ぜ。具合の良い所まで水と小麦  粉が混ざった所で。 「天然物な油を鍋に満たして火を掛けて、と」  暫し待つ。調理中の火加減調整は難しく、最初に点けた火力で頑  張るしか無い。調理中に焜炉へ薪を焚べるのは思った以上に大変  だからな。火加減の調整できる現代焜炉は凄い物だったんだな。  とは言え此方は此方で不便過ぎたりはしないので、最低限がある  だけ感謝しよう。火を継続して起こせるだけマシと言う物。薪で  料理するも風情ではあるが、毎日では風情が過ぎろうよ。  等と考えながら油も温まってきた所。本来なら水に浸して一日置  いておくと良いのだろうが、まあ多少ズボラに簡略化しても良い  だろう。何せ今日食べたいのだから。  私は不格好ながら木を加工して作ってもらった菜箸で、溶かした  小麦を油へ落とす。すると。  “パチ、パチパチ……”と音が小さく響く。まあこんなもんだろ  うと思い山菜に衣を着け油へ続けて投入。 「入れすぎると油の温度が下がりそうだから。最初はこの位か」  入れる量を半々で分けて揚げるか。しかし久し振りの揚げ物、焦  がさぬよう気を付けるとするか。 「ふむ。これでうどん、そば何かがあれば最高なのだがなぁ」  蕎麦粉何て物はこの村に無い。小麦があるのでうどんは作れそう  だが、生憎作り方を知らない。水に溶かしてこねて打てば良いの  だろうか? そんな簡単だとは思わないが、何時か試してみよう  か。  うどん、麺類制作を頭の片隅で考えながら。山菜のお裾分け時に  キッチンから分けて貰った小魚、序にゴブリン達はそのまま食べ  るらしい小さな甲殻類を下処理しよう。  小魚は内蔵を取り冷水へ。頭の上下に角を思った甲殻類、水中の  ヘラクレスオオカブトみたいなモノは酒に浸す。色の赤く小ぶり  な個体だが、小ぶりだからこそ揚げるには丁度良さそうだ。  下処理をしつつそう言えばと思い出す。 「(キッチンに置いてあったなぁ、昆虫)」  ゴブリンたちは昆虫も食べるらしい。大小問わず。  勧められた私は完全に“いらん”と示して昆虫食は遠慮している  が、ゴブリン達には人気な食事らしい。私の教えた調理技術が昆  虫料理に使われている事には、特別何も感情は浮かばない。  まあ種が違うのだ。食性もそれぞれだろう。うむ。  ゴブリン達の食事事情は深く考えずこっちに集中しよう。  自然由来だからか或いはこの場所だからか、臭みの少ない魚と甲  殻類に衣を潜らせ。 「いざ」 『!?』  油へ落とす。驚くクロドアに構わず美味しい仕上がりを見極めよ  う───  ───出来上がった料理達をリビングへと運び込み、テーブルへ  と並べれば。 「「「うわ!?これなに!」」」  イリサとリベルテ。それに夕食時には集まってくるオディ少年と  エファ。今日はニコとコスタスは居るが、ヴィクトルとタニアは  の姿は無いらしい。あの二人とコスタスは不定期組だな。  そんな彼らの前に、追加のテーブルにも料理を並べれば驚きの声  が上がる。並べ終えた私は彼らの驚きへ。 「天ぷらだよ」 「「「テンプラ?」」」  異国感が凄い。いや異世界なので異世界感か? 兎に角として、  彼らは皆天ぷらをご存じないらしい。日本人、東洋系な人種に遭  遇した事が無いので、此処に日本食文化は無いのだろう。世界規  模かは分からないがな。……少し寂しい。 「そう天ぷら。タレや麺類があればとも思ったのだけど、今回は我  慢して欲しい。そのままで食しても、用意した塩を少量振って食  べても美味しいだろうね」 「「「……」」」  食べる事を勧めると。いの一番に食べたのはゴブリンのニコ。彼  が手にしたのは甲殻類の天ぷらで、一口食べた瞬間“バリバリ”  と言う小気味よい音を辺りへ響かせ。 「~~~っッンマ!!?」  体を震えわせながら手にした甲殻類の天ぷら頭上高く掲げる。  箸が不慣れな彼らにはフォークを側に置いたのだけど、素手で食  べやすいなら素手でも良いのだろう。この食卓には美味しく食べ  れる食べ方がマナーなので何も言わない。  事前に味見をして置いたが、臭みの心配はない様子で一安心。 「「……」」  ニコがそのまま“バリバリ”と天ぷらを頬張る姿を目の当たりに  し、イリサとリベルテも恐る恐ると山菜天ぷら手に取り、一口。 「「美味しい!?」」 「食感が不思議です!」 「うわ!本当に中身山菜なんだ!?」  等と驚きながら天ぷらを食べ初め、塩を付けてはまた驚いてい  る。夕飯に山菜と小魚、そして異世界な甲殻類の天ぷらだけ何て  と思わなくもないが、生憎合いそうな付け合せが作れなかった。  それに初めての天ぷらだ。今日はメインだけでもまあ良いだろう  と考えこうして夕食へ並べた。  今の所は。 「お塩を付けるとまた美味しいです」 「……ほんとだ!なにこれ美味しいー!」  イリサとリベルテの笑顔。 「………」 「おいニコ!何無言でオレのに手を出してるゴブか!」 「早いもの勝ちゴブ!」 「ヒトのに早いも遅いもあるかゴブ!」  ニコとコスタスが燥ぎ。 「こんなのあっちでも食べた事無いや……」 「魚が金色になってる。なによこれ、美味しいじゃないッ!」 「エ、エファ怒りながら食べなくとも」  少年と悪魔っ子も笑顔。そして。 「……」 「アンタいつの間に!? ってかそれアタシのなんですけど!?」 「お気になさらず」 「オマエ!」 「エファボクのあげる、あげるから!」  悪魔っ子の後ろへ椅子を起き、天ぷらへ手を伸ばし黙々と食べる  ドロテアの姿も。オディ少年には後で私の天ぷらを渡すとして、  これは成功と言ってもいいだろう。皆が美味しく天ぷらを頬張る  姿を、私は満足気に見つめながら。 「クロドアには天ぷらは無理だったが……」 『!!!』  茹でた甲殻類をそのまま出す事に。まさかドラゴンの背も耳も溶  けないだろう。此方も大興奮で殻ごと食されている。 「お父さん」 「うん?」  イリサに呼ばれクロドアからイリサへ視線を移す。 「これ。てんぷらはとっても美味しいです」 「……そうかい。沢山あるから、ゆっくりお食べ」 「はい。ふふ」  娘の笑顔を最高の調味料として。賑わいの中で久し振りに食べた  天ぷらは、娘が言った通りとても、とても美味しかった───  ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇  ───夕食後。訪れた客人達は既に自宅へと帰り。私は自室のベ  ッドの上、上体を起こし背を預け考え事に耽っていた。  考える事は常に村の今後。報復の予兆が今の所無いが、この村に  はその種が常に眠っている。  私は自室の窓へ視線を送り。 「……」  窓の外には“ぽつぽつ”と雨が降り出していた。  この村で狩りを行った事へ、イリサの平穏を脅かした罪へ裁きを  下して暫く。町から遠征隊がこの村を襲う事は未だに無い。それ  と言うのも町への被害、と言うよりは狩りの事故と言う体裁のお  陰だろうか。  我が村との繋がりが匂いそうなメンヒにも制裁の兆しがない。疑  わしきは罰せずの精神があるのかも知れないな。何にせよ─── 「お父さん。起きてますか?」 「!」  考える中でイリサの声が扉の外から響く。ドアへ向けて“どう  ぞ”と声を飛ばせば扉が開き。 「イリサ、リベルテ。どうかしたのかい?」  二人の姿。足元にはクロドアの姿も。  何事だろうかと問いかけると。 「雨なので……その少々肌寒いと申しますか……」 「って事らしい」 「あぁ」  どうやらイリサは雨の日には人肌が恋しく、そして寂しいらし  い。  しかし仮住まいのこの家では部屋数も多くなく。イリサとリベル  テには相部屋を敷いてしまっている。なので寂しい何て事は無い  と思うが。 「今日は特別その、あの……」  口ごもるイリサ。村長が昔住んで居た家でも、イリサは雨の日に  はリベルテの部屋に潜り込んだりしていたらしい。その事はリベ  ルテとの何気ない会話で知っていたが、今日は人肌の温度がもっ  と必要なのだろう。ふむ。 「構わないよ。おいで」 「!」 「え!」  呼ぶとイリサは驚くリベルテをその場に残し、そこまで大きくな  いベッドへ上がり込み、私の隣へ身を寄せて来る。ドアの方に残  って居たリベルテは肩を一度すくませ、欠伸を片手で隠しては。 「~……。それじゃあアタシも部屋に───」 「はい。リベルテも早く此方へ来てください」 「───はい? 此方ってそっち?」 「そっちは此方ですよ?」  イリサが自分が寝転がる隣。正確には私を挟んだ向こうを視線と  指で指し示す。“ぽんぽん”と。 「いや。いやいやいや。無いでしょ流石にそれは。イリサでもギリ  でしょ」 「? 何故ですか?」 「な、な何故ですかってそんなの当たり前でしょ?ねえ?」 「??? 家族揃っては寝られないのですか?」 「───っそう。あっそう来たかー……」  可愛い我が子の純粋な問い掛けにリベルテは“そう来たか”等と  言った様子で悩む姿を見せる。悩む姿を見たイリサが。 「ああごめんなさい。悩ませるつもりでは無いんです。どうぞ気に  せずお部屋へ戻ってください。我儘を言ってごめなさい、リベル  テ」 「あ~~~」  視線をイリサの顔に向けると小さな笑み。心が“きゅ”っと締め  付けられそうな、そんな笑みだ。  抱き締めたくなるような娘の笑顔を向けられたリベルテは。 「はぁ~……」  大きな溜息を一度吐いては。“キッ”と瞳に力を宿し。勇ましい  表情で扉を閉め振り返り。堂々とした振る舞いでイリサと私が横  になっているベッド。その上に乗り込んでは。 「どうだ!」 「はい。一緒ですね」  真上を向いて叫ぶ。勇ましい事この上ないな。  まあ彼女も頑張ったろう。家族とは言えイリサよりも年上っぽい  この年頃で、家族と一緒にベッドを共にするのはそれはそれは気  不味い物があるはずだ。これで私が母親役であったならもっと良  かったのだろうが、自分は父親役。母が与えるべき愛情も頑張っ  て与えようと努力しているが、それでもやはり性別は変えられな  い。変えたくは無い。  他人から家族に成るのはイリサと自分で経験済みなので、決して  あり得ない話ではない。だがリベルテにはリベルテの歩幅やでき  るできないがあるだろう。その中で良く、良く妹の様な存在のイ  リサ、その望みを叶えてくれたものだ。褒め称えられるべき姉  役。 「んしょ」  先程とは打って変わり優しい笑みを浮かべるイリサが、自分の脇  腹のあたりに抱きつくようにしては。 「さあリベルテ。こうした方が寝やすいですよ」 「───」  そんな一言。リベルテの凛々しい顔が引き攣り固まる。此処まで  イリサの為に動いたリベルテを、こんなにも優しいリベルテを、  これ以上困らせるのは行けないだろう。 「……」  私はリベルテへ顔を向け、僅かに左右へ振ってみせる。嫌な事、  できない事はしなくとも良いと。イリサも強く望んでいると言う  寄りは、提案と言った様子だしな。望みは既に横で寝ている今で  叶えられているのだろう。 「………寝やすいから、寝やすいから寝やすいか───」  再び勇ましい表情で抱きついて来るリベルテ。彼女はその手をイ  リサへと伸ばし、イリサもリベルテへ手をのばす。  成程。寝やすい方が誰だって良いのだろうし、妹を思って羞恥心  を噛み殺したのか。何と良い人なのだろうか。やはりリベルテは  イリサに相応しい存在。重要性を再確認したな。  そうして二人の抱き枕役へ甘んじ。私の視線へもう一人、いや一  匹へと向かう。 『……』  部屋の入口。閉じた扉の前で彫像のように座り首を上げ、此方を  見遣るクロドア。思えば寝室へ入れたのこれが初めてか? イリ  サには何時も寝る時はクロドアを部屋へ入れない様言いつけてあ  るしな。  クロドアは先程リベルテが扉を締める間際“するり”と入ってき  ていたのだが。ふむ。ペットも家族だろう。 「……」 『!』  クロドアへ“ベッドに上がっても良い”と合図を送ってみる。  すると意思を汲み取ったらしいクロドアが扉前から足元、ベッド  の下の方へ移動しては、何度か右へ行ったり左へ行ったり、頭を  振りながらそんな事を繰り返し。最後には。 『!』 「おお」 「「わ!」」  大きく跳躍しては、自分の足の上に降り立ち丸まる。落ち着きの  無い姿はまるで犬のようで、寛ぐ姿は猫様に静かだ。  三人と一匹がベッドの上で寝転がり。少し無言の間を過ごし。 「ふふ。こんな風に家族と寝れるなんて。ああ、ああ今日はとても  良く眠れそうです。お父さん」 「そうかい?それはよかった。ゆっくりとお休みイリサ」 「はい……おやみなさい………。お父さん、リベルテ……クロド  ア」  言いながら瞳閉じるイリサ。 「お休みイリサ。お休みアンラさん」 『クロドアもね』っと小さく呟いでは、リベルテが続いて瞼を閉じ  た。観念した、と言う山菜さがしで疲れていたのだろう。  暗闇に残されたのは私だけ。二人に抱き枕にされ、足の上にはク  ロドアが寛ぐ。身動きは安安と出来ないものの。 「(窮屈さも、不快感も、何の悪感情も感じない)」  温もりは心地よく。寝息は安らぎの音色。ああこれでは考える事  が出来ない。こんなにも尊い時間、噛み締めずに居られるもの  か。 「(この日々だけ、こんな日々が続けば良いのだ)」  私は温もりと音色へ暫し意識を委ねよう。  雨の降る夜。三人と一匹が穏やかな夜を過ごす───
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