第百十話 知らせ

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第百十話 知らせ

 ───深い森奥にも降り注ぐ陽の光。緑の森を涼しい風が通り抜  け、熱くも寒くも無い心地の良い朝。  幾つか家跡の残る村の中を歩く黒の男と二人の娘。そんな彼らの  元へゴブリンが一人走り寄って行く。 「何? メンヒから人が訪ねて来てるだと?」 「ゴブ!」  キッチンでの朝食もたまには良いだろうと家を出て直ぐ。ゴブリ  ンに村への来客を知らされてしまった。ふむ。 「イリサ。私は来客に対応してくるから───」 「ええご一緒します」 「イリサも一緒ならアタシも付いてこうかな」 「───分かった」  二人共付いてくる積りらしい。私は知らせに来てくれたゴブリン  へお礼を一つ贈り、二人と一緒に来客が待つ村の出入り口へと向  かう。  向かった出入り口には珍しい生き物の姿。それは。 「ん?あれ? 隣のってアタシのワイバーンじゃないわね」  二匹の飛竜。  この村で唯一リベルテはだけが自身の飛竜を所有している。もっ  ぱらどっかの家の屋根で寝ているか、クロドアと遊んで過ごして  いる事の多いリベルテの飛竜。その飛竜が二匹。つまり見えてい  るもう一匹は別の個体だ。  飛竜の側には一人の男性が立っており、私達は彼の下へと近付  く。 「! 魔女様!」  此方に気が付いた男性が愛称を口にした。呼ぶ彼にはメンヒで見  覚えがある。汗を浮かべ息を若干乱した彼へ。 「メンヒで何かありましたか? 襲撃があったとか」 「いえ! それがその、これなんです」  襲撃では無いらしい。男性が差し出して来た物は。 「手紙? オットーさんからと?」 「実は……どうやら町からの物なんです」 「ほう」 「まあ」 「町から……って。何かヤバそうね」  私とイリサ、それにリベルテが驚く。彼から差し出された手紙を  受け取り、嫌な予感を“ひしひし”と感じつつ。 「取り敢えずお水でも飲む?」 「あ、こりゃどうも」 「ん。ちょっと待ってて」  メンヒからの使いへリベルテが気遣いを渡している間に、中身を  確認。手紙に記された内容はこうだ。 『禁忌の森に住まう魔女、そして蛮族の皆さんこんにちは。  私は影より貴方達を応援する支持者です。今回この様な文をお送  りしたのは、応援する皆さんへ迫る危機をお知らせる為です。前  回の狩りの失敗を受け、貴族の幾人かが貴方達の村を“魔族疑い  在り”として、疑い(あらた)めに乗り出すらしいと聞き及びました。  彼らの準備はもう既に整っており、この文の到着より五日ほどで  終わり、皆さんの村へ改に行くことでしょう。今回の提案を起こ  し、陣頭指揮を取っているのは“ジャジダ”と言う一介の底辺貴  族です。哀れにも彼の身内は狩りの事故でその生命を落としたそ  うで、その腹いせではないでしょうか。  問題は、彼が改めを利用し貴方達を亡き者にしようとしている事  です。  ああどうかこの情報が皆さんの助けとなりますようにと願ってい  ます。影の応援者より』  と。手紙は締めくくられていた。  この手紙で気になる点は二つ。差出人と情報だ。差出人の事は一  旦置いておいてもいいだろうが、情報の方はそうも行かない。 「この手紙が届いたのは何時ですか?」  汲まれた井戸水を飲んでいたメンヒの村人へ問う。彼は木のコッ  プから慌てて口を外し。 「! えーっと朝方村に馬車と使いの者が来まして、そんでこれ  を一方的に押し付けて行ったんです。んでそのままオットーに相  談したら『直ぐ魔女様に届けろ!』って言われて俺が飛んで来や  した」  彼は『まあ俺、若いのみたくワイバーン乗れないんで走って来た  んすけどね』と呟く。飛竜は乗り物と言うより護衛役か。メンヒ  の人間も使い方、使う事に忌避が消え始めている様子。  彼らの傾向に“よしよし”と内心で思いながら。 「では使いの者に見覚えは?」 「無いですね。ただ“パッ”と見ありゃ商会のでもお貴族様のモン  でも無さそうでさあ。使命感とか真剣味も感じませんでしたし、  多分使いっぱしりの野郎だったんじゃねーかなと」 「成程」  実際その人物が“影の応援者”とやらの確率は低いだろう。情報  の内容が正しいのならこれは町の利益、安全に関わるレベル。密  告がバレれば処罰の対象とも成り得る内容だ。であれば素性も隠  さず教えに来る阿呆は居ないだろう。となると、だ。 「内容に少し信憑性が帯びてきたな。これは……困った事に成るか  もな」 「困った事?手紙に何が?」 「ええ」  聞いてきたのリベルテ。彼女に読み終えた手紙へ手渡す。渡され  た手紙を読み始めたリベルテは、側に居たイリサにも見えるよう  少し屈む。やがて手紙を読み終えたリベルテが、背筋を伸ばすと  同時。 「村に魔族疑い掛けられちゃってるじゃない! て言うか亡き者  にって、亡き物にって!」 「えぇ!?そりゃ一大事じゃないですか!」  驚くリベルテとメンヒの村人とは違い。 「?」  イリサは頭にクエッションマークを浮かべている。魔族なら既に  ゴブリンにオーク、悪魔っ子もいるのでいまいちしっくり来てい  ないのだろう。魔族疑いの部分に関しては私も同じ意見だ。 「なになに? 朝から可何騒いでんの?煩いんだけど」 「あの、どうかしたんですか?」  二人の大声にキッチンへと向かう途中だったオディ少年とエファ  が此方に寄って来る。彼らにリベルテが手紙を見せると、彼ら二  人も直ぐに。 「「ええ!?」」  と言った驚き。彼らの驚きがまた人を場に誘う。オディ少年を迎え  に来たニコやコスタス、更にはドロテアや村のゴブリン達にオーク  までも引き寄せるほどに。うーむしかし。 「何をそれほど驚いてるんですか? 襲撃は前から予見できた事で  は?」 「「「魔族疑いの方です!」」」 「おおう」  リベルテ、ニコ、エファ一同が息を合わせた言葉にちょっと驚  く。魔族、魔族か。 「魔族ならゴブリンもオークも、夢魔だってそうだろう?」 「「「えぇぇ!?」」」  私の言葉にゴブリンとオーク、夢魔が互いを見合う。何故か驚き  が一層と深まり混沌とする場に。 「あー……“魔族”ってモノを貴方はよく分かって無いのでは?」 「「「?」」」  言葉を発したのは集まりに興味を示し近付いてきたドロテア。彼  女は場の流れを握ると私へと向き直り。 「この前。町で少し話した時に感じた違和感なのですが、どうも近  辺での常識、知識、歴史。その辺りに疎いように思いますね。貴  方とそのご息女様は。ひひ」  最後何故笑ったんだ? 此方を馬鹿にした様子では無いのでスル  ーし彼女に話を促す。 「まず魔族と言うのは最近まで存在した魔王を頂点とし、魔王に従  う事にした一部の強者の事です。例えばゴブリン族の王やオーク  一番の狂戦士。悪名高い悪魔等など。簡単に言えば魔族とは人間  で言う所の貴族、それと大体同じ意味なんですね」 「へぇー……成程」  分かりやすい例えだ。魔族は種族でなく階級、爵位とかか。 「でも残念な事に彼らの多くは魔王共々打ち倒され、残っているは  ほんの一握りも居ないって話しです。こんな時勢で魔王も居ない  今、魔族を新たに名乗り出てくる事も無く。かつての魔族は今や  追われる身。なので───」 「魔族の疑いを掛けられると言うのは、敵国認定と同じと言う事で  すか」 「理解が早くて助かります」  この辺りは認識の違い、異世界での常識の無さか。とは言え致命  的な問題とは思えないし、驚きの理由もまだ良くわからん。 「アンラさんは遠くから来て知らない事も多いのよね」 「ええ。私も───」  リベルテの言葉に隣のイリサをチラリ。此方の視線へ頷くイリ  サ。 「───イリサも。互いに世間の常識には疎くて」 「しかし、魔族の話は何処でも聞く話しだと思うのですけど。アン  ラさん達は一体どれだけ遠くから来たのでしょう?でしょうか  ね?」  む。ドロテアめ、突っ込んで欲しくない所を聞いてくる。 「遠くは遠くですよ」 「へぇー……。では仕方ないですねですね!」  むむ? 更に深く突っ込んでくるなら対処を考えたのだがな。引  き際の良さは中々。それとも単純に出身へ興味が無いだけか。 「んん。それでね」  リベルテが話を戻そうとしてくれる。 「魔族の潜伏の疑いがあると、正式に援護要請が出来ちゃうの。王  都とか教団に」 「! それは不味そうですね」 「不味いわよ。王都の魔族討伐隊って言ったら聖騎士レベル、もし  かしたら魔王討伐の英雄、その誰かだって出てきかねないんだか  ら」  聖騎士。何と唆られ惹かれる単語だろう。しかも英雄とな。 「「「……」」」 「(おっと)」  リベルテの言葉に皆が暗い表情。危機感を震わせる現状で、異世  界感のある単語に心踊らせている場合じゃない。 「んーまだそこまで深刻じゃないかと」 「「「?」」」 「ほう?」  喋ったのはいつの間にか手紙を手にしていたドロテア。彼女はそ  のまま。 「この手紙には“疑い在りとして~”って書いてるありますし、何  よりこの個人。ジャジダ氏が恨みを晴らすために、ゴブリン族と  かを殺すための方便。体裁として使用してる感じですね。  それに疑いの段階で王都への要請は出来ないでしょう。要請には  それこそ町や都市、村が地図から消えるかも知れない。そんな覚  悟が必要ですから」  何なのだその覚悟は。魔族との戦いはそれ程なのか。 「ですから魔族が居るかもで呼んで、見つからないからで辺り一帯  焼け野原に変える頭筋肉な連中を、村も町の代表者もそう安安と  は呼びたくないでしょう。  もし要請されてたら手紙の主ももっと焦ってるでしょうし、疑い  改めって所がポイントですね。魔族であった場合でも自分たちで  処理したがるのが常ですから」 「な、なんちゅう連中ですかい」 「「……」」  驚くメンヒの村人には周りも同意見。助けを読んで町が無くなる  とかどんな野蛮人集団なんだ? いや魔王に勝ったのは人間側だ  ったか。ならそれだけの力を有していても可笑しくないのかも知  れない。一瞬で全てを滅ぼせる神では無いにしろ、神が人間側に  は居るのだからな。此処から遠い存在過ぎて失念していた。 「そう……ね。まだ王都に助けを要請する段階じゃないわね。そ  れに疑いが本当だったとしても自分たちで解決を図るのが普通だ  ものね。それでダメだったら、脅かされる程だったら王都に使者  をって流れよね」 「まあ魔族疑いを掛けられる側に成れば誰だって焦るでしょう」 「……アンタ全然焦ってないわよね?」 「もう追放された身ですし、今の方が追放される前より罪とされる  事ばっかりやれてますし。何より今の私の恐怖はアンラさんの後  ろを歩けない方がね、怖いですから。まほ、魔法の研究できない  のが辛い、ひゅひゅ!」  引き気味の目でドロテア見詰めるリベルテが。 「でもこの様子。貴族の数人って事は騎士も付いてくるでしょう  ね。間違いなく今度は正規の騎士が出張ってくる。それも復讐目  的で」  この前のお遊びでは無く。本当の戦闘と言う事か。ふむふむ。 「それにメンヒ?でしたっけ?」 「え、あ、へい」  ドロテアがメンヒの村人へ顔を向け。 「そっちの村も不味い事になりますねぇ」 「え゛!?」 「この手紙をメンヒへ預けた誰かさんは、既にメンヒと此処の繋が  りを、あるものだと考えてる。だから手紙はメンヒへ預けられ  た。  何処の誰か知りませんが、この復讐に燃える貴族連中も同じ考え  でしょう。だからまあ、普通に戦略的考えてメンヒを拠点にして  この村を攻めてくるのでは? その時メンヒの皆さんはまあきっと  ───」  そこまで話すドロテアへ私は視線を送る。 「───良い扱いは無いでしょう。多分!」 「………はは」  うーん。ううーん。備えは万全と言えず、襲撃の期限は五日と迫  ってしまった。どうするべきか。  対応を考えながら視線を辺りへ配れば。 「ぅぅ……」 「「……」」  片腕で頭を押さえ蹲るニコ。それを気遣うオディ少年とコスタ  ス。 「……」  そんな三人を見下ろすのは、意外にも優しいヴィクトル。彼の表  情は平静そのもの。 「町に……でも今じゃ……」 「……」 「ああどうすれば、あああどうすればぁ!」  考え事をしているリベルテに、興味はもうないと言った様子のド  ロテア。事態に慌てるメンヒの村人。  そして最後。 「もう。皆さん少し落ち着いてください」 「「「!」」」  多かれ少なかれ動揺する彼らの視線を一身に集めたのは、欠片の  動揺も見せないイリサだった。 「私には状況が良く分からないのです」  言いながら此方へ顔を向け。 「お父様。私は、私達は恐怖し慌てるべきなのでしょうか?」  心配など一つも無いと言った様子の娘。自信の源は明らかだろ  う。 「いや。そんな心配はいらない。町だろうと王都だろうと、イリサ  の平穏が脅かされるのなら───全て滅ぼしてしまおう」 「「「!!?」」」 「だから安心して良いんだよ」  答えるべきは決まっていた。言葉を受けたイリサは穏やかな笑み  を浮かべ。 「はい。お父様なら何の心配も無いと、イリサは信じています」  強大な相手、危機に瀕している状況。にも関わらず、黒の男とそ  の娘は穏やかに、明るく笑い合っていた───
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