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第百十二話 素材、触媒、適正
───ステリオンと言う名で呼ばれる町に謎の知らせが齎された
次の日。黒の男はゴブリン達が密集して生活する場所を訪れて居
た。
嘘なのか本当なのか分からない襲撃の情報。怪しい差出人からの
知らせによればこの村を。いや我々を滅ぼそうと貴族が画策して
いるらしい。それも狩りの事故での逆恨みで、だ。
人間狩りと言っても過言ではない狩りなど最初からやらねば良い
ものを。何れはこうしたしっぺ返しもあろうと言うに。
「(全く。魔王討伐が成された世界の、神の庇護を受けた人の何と
傲慢な事か。いや人間所為だけとも言えない。未熟な文明社会が
良くないのかもな)」
何にせよ度重なる村への横暴。それには私も我慢の、耐えにも限
界がある。今までは娘の為に極力静かに、横暴へも報復ではなく
耐えを選択してきた。だが受け身もそろそろ悪手だろう。時期は
既に此方から何かしらのアクションを起こすべきへと動いたのだ
から。
「アンラさん」
「お父さん」
「!」
考える私にイリサとタニアが声を掛けてくる。思考に沈めた意識
を現在へと引き上げる。
「集めてきましたゴブ」
「皆さんが志願者です」
「「「ゴッブブ!」」」
現在ゴブリンの居住区。此処へ足を運んだ理由は四日後に迫った
戦闘、戦いへの準備のためだ。
「ありがとう。それじゃあ今度はこれを皆に配ってくれるかな?」
「これは……小さなクリスタルですか?」
「そうだよ」
「あの骨の鎧では無いのですかゴブ?」
「あれは試作品だからね(正確には失敗作)」
言いながら小さなクリスタルをイリサとタニアへ渡し。二人が有
志達へ一つずつ配って行く。
ゴブリン達にクリスタルが行き渡った所で、説明へと移る。
「今渡したのはただのクリスタルだ。取り敢えずそのクリスタルを
起動してみてください」
「「「ゴブ?」」」
「そうだな。目を瞑り“光れ”とでも念じてみれば良い」
至極簡単な魔法を記録したクリスタル。あれは魔力が込められれ
ば光ると言う、たったそれだけの仕掛けしか無い。クリスタルは
魔力が込められた時、魔法発動時にと光る性質を持っているの
で、その性質を利用する論理魔法を組み立て記録されている。
仕組みは一定量以上の魔力には抵抗を示し、一定以上の魔力にだ
け反応を示すと言う具合に。何故そんな仕掛けを施したかと言え
ば。
「光ったゴブ!」
「ちょっとだけ光ったゴブ!」
「(ふむふむ)」
素質ある者の選別のため。
魔法を扱うには魔力をコントロールする必要があり、魔力を操る
素質はそのまま魔法適正とも言える。
魔法とは何も人間だけのモノじゃないのだから、当然ゴブリンに
もその素質は大なり小なりあるはずだ。前にドロテアさんにその
調査を任せたのだが、上がってきた報告は調査のために使った道
具や魔法についての事ばかりで、肝心の私が知りたかった素質あ
るゴブリンの詳細については殆ど書かれていなかった。
その辺りは魔法が当たり前かどうかの違いで、魔法を扱えない者
は居ないと言う認識の齟齬だろう。魔法と言う技術が万人に行き
渡っていない現状、だからこそ誰もが魔法を学べば魔法を使える
と思っていそうだ。実際全てのクリスタルが光っているので使え
るのだろう、程度の差はあれど。最も、私が求めるの者には基準
があるがな。
「アンラさんこの後はどうするゴブ?」
「ん、ああ。クリスタルがしっかり光った者以外は返して構わな
い」
「「良いゴブか?」」
タニアとゴブリン達からの疑問の声。まあ有志を募って、その半
数を近くを返してしまうのは疑問だろう。此処らでもう少し説明
と補足をして置くか。昨日のリベルテの件もあるし印象について
もう少し、な。
「今回の戦い。村の平和を勝ち取る為の戦いだが、ゴブリンの君達
を戦場で散らす積りは無いんだ。と言うか、君たちに被害が出た
時点で此方が負けだとも考えている」
「「ゴブ?」」
一斉に首をかしげる仕草は少し可愛い。最も、リアリティ溢れる
顔の造形には可愛げ等微塵も無いが。
「君たちはこの村の、ステリオンの大切な村人。本来であれば戦闘
へ駆り出される役どころじゃないんだよ」
そうだ。労働力を戦力に回してどうすると言うのか。労働者には
労働者の大切な仕事があるのだから。
「既に貴族の狩りで被害被っている君たちに、また今回も犠牲強い
る様な積りは、私には無い」
村人の居なく成った村は、果たして村と呼べるのだろうか? そ
う成ってしまってはただの廃村だろう。
「この戦いは単純な勝ち負けを決める戦いでは無く、勝ち方も負け
方をも同時に考えねば成らない。それこそが現実の、生存や平和
を勝ち取る為の戦いと言えるだろう?
だからこそ君たちにこれ以上犠牲を出せない。君たちは戦士では
無く村を支えてくれる民なのだから」
「アンラさん……。ありがとうざいますゴブ、私達部族の事をそこ
まで考え思ってくれて。嬉しいですゴブ」
「「「……」」」
感涙らしきを薄っすらと浮かべるタニア。周りのゴブリン達も平
伏の様子を見せてくる。
ちょっと演説じみに話し過ぎたかな?
「でもそれならゴブ達、何で集まったゴブ?」
当然の疑問だな。
「直接戦闘避け、後方から魔法では戦ってもらおうと思っているん
だ」
「「ゴブ達が“マホウツカイ”ゴブか!?」」
驚きは波紋のように広がり、その場に集めらた者から集落の野次
馬なゴブリン達にも。魔法が存在してるのに魔法が珍しいと言う
異世界。私が知った数少ない常識は彼らゴブリンも例外では無い
らしい。
「ちなみにゴブリンで魔法を扱った事がある者は?」
「「「今までヒトリも居ないゴブ」」」
ふむ。彼らゴブリンにも崇拝や儀式めいた仕来りが存在していた
ので、呪術の様なものでも流行ってれば面白いと思ったが、残
念。
「でも。私達に魔法が使えるゴブか?」
「それは魔法に依るだろうが、今回はちょっと特殊かも知れない」
「「「?」」」
「取り敢えず───」
クリスタルを強く光らせる事が出来なかった者達からクリスタル
を回収し。
「手元にクリスタルをが残っている者は、長く安定的に光らせられ
る様に励んでください。これからの三日間。一番長く光らせ、安
定している者には当日また別のお仕事がありますからね」
「お仕事ゴブ?」
「ええ。皆さんの力で人間を追い返す、その為の力仕事がね」
「「「「……」」」
そう言って彼らに魔力制御の訓練を言い渡し。石を上手く光らせ
られない者には通常の生活へ戻るよう指示を出し。当日の事と。
「アレを分けて貰えるだろうか?」
「“アレ”ですゴブか?」
「ああ」
「勿論ですゴブ。直ぐに持って来ますゴブね」
「助かるよ。それと我儘で申し訳ないが、見分けが着くなら──
─」
居住区で積まれた物を指差し幾つか譲ってもらえ無いかと話し、
譲って貰った。その後私とイリサは一緒にゴブリン達の居住区を
離れる。まだやる事があるからな。
村の中心へ戻る、その道中イリサが此方へ。
「お父さん」
「うん?」
「あの、本当にリベルテへ任せるおつもりなのですか?戦いを」
任せる、と言うのは四日後の戦闘に関してだろう。
私がリベルテの故郷消滅させると勘違いしたベルテから、故郷の
安全を昨日の夜に願われ。そもそもとして滅ぼす積りなんて端か
ら無いと伝えた後の事。安堵したリベルテが決意した表情で『今
度の戦闘の、その指揮を任せて欲しい』何て申し出があった。
私はその申し出に。彼女に戦闘を任せる承諾を示した。
「お父さんの決めた事は疑っていません。でもリベルテはその…
…」
どうやら優しいイリサはリベルテの身を、戦闘へ参加するであろ
う彼女の事を、姉と慕う人物を甚く心配しているらしい。
「彼女に任せる。リベルテには何か考えがるらしいし、それに申し
出を聞いて私は任せて見たいとも思ったからね。
だけど当然リベルテが危なくなれば、その時はちゃんと私が動く
よ」
「! それは……」
「イリサの慕うリベルテを守る為にね」
「まあ! それは本当ですか?」
「うん。リベルテも今では大事なイリサの家族だからね」
「ああ、ああ良かった!」
言葉を聞いたイリサは安心した様子を見せてくれる。
勿論私としてもリベルテは失って良いユニットでは無い。希少価
値で言えば今この村の住人で一番高いのでは無いだろうか。そん
な彼女を危険に晒すのは本意ではないが、村やイリサの危機に際
して行動したいと言うのならば、尊重すべきだろう。
それに彼女の申し出は面白い物だった。戦闘を任せて欲しいと言
うのは、此方としても是非任せて見てみたい。指揮能力をリベル
テが持っているなら、才能があると言うのなら確かめたい。
できる事を増やす、発見すると言うのは大事な事だ。手段は多い
方がいいのだから。今後を考え、ね。
「ではこの後は何方に?」
「ん? ああそうでね。取り敢えず工房へ行こう」
「はい!」
私達二人は仮工房。ドロテアの自宅へと向かう。
仮工房へ着くとドロテアが、魔法作業に特化した机、クリスタル
の板を忙しなく操作していた。何れはアレにインタフェースの概
念も取り入れないとな。現段階では高い魔法適正での操作が必要
すぎる。
「……」
此方に気が付いていない模様の彼女はそっとして置き。私はゴブ
リンから受け取った幾つかの物を確かめようとして。その前に。
「イリサ」
「! ありがとうございますお父さん」
「ああ」
イリサを適当な椅子に座らせた。立ったまま待たせては足が疲れ
てしまうし、この作業は長くなりそうだ。
娘を座らせた私は自分の机に荷物を広げ、さてどうしようかと考
える。
「クロドア」
『!』
イリサがクロドアと寛ぐの横目に。私はゴブリンの居住区で彼ら
から分けて貰った木の枝を吟味。杖として使えそうな大きさでと
頼んだ品々だ。取り敢えず一本手に持っては。
「……」
木の杖へ魔力を流し込んで見る。抵抗感、弱。浸透率、良好。感
覚で分かる事は以上か。ふむふむ。
「思った通り魔法への適性を感じられるな、このオリーブの木に
は」
私は元の世界からゲームや神話と言った物の、その知識を持ち越
してこの場に居る。なのでオリーブの木には逸話、魔法や神話等
に関する伝承があった事を知っていた。こちらのオリーブの木が
私の知っている物と同じかは分からないが、それでもと確かめ
て、魔法への適正があるのではと思ったが。読みは正しかったら
しい。
思った以上に身近に魔法適正を持った物があったな。と言うか異
世界に落ちてる物には大体魔法適正があるのでは? これはもっ
と確かめねばな。ふ。
「これなら魔法の道具、触媒足り得るだろう」
「? イリサにはただの木に見えます。でも、それが凄い木、な
のですね?」
クロドアの羽を両手に持って広げているイリサが私へ言葉を飛ば
してきた。私はイリサの方へ顔を向け。
「ああ。これは魔力をよく扱う、この作業の経験からかだけど。
物にどれだけ魔力があるのかとか、魔力への抵抗と言った物がど
の程度か、それが何となくだけど感じ取れるんだ」
「魔力と抵抗、ですか」
「例えば村の直ぐ側に生えている、いや落ちてる木で良いか。あれ
とこのオリーブの木では、含まれている魔力の量、それと魔力を
巡らせた時の抵抗感が全然別物だね。質の方はまだ私もよく理解
できてない範囲なのだけど、それでもこの木枝の方がその辺の木
よりもずっと良質だろうね」
魔力にも差異がある。具体的な把握はまだだが、取り敢えずは自
分の魔力と自然に満ちる魔力。その違いの他に更に小さな違いが
存在している。
魔力と言う物は生き物全てに内包されていると言うが、木や水も
例外では無い。魔法開発の研究作業で魔法を覗く事を多くしてき
たからか、物に宿る魔力にも気が付く事がある程度分かる様にな
ってきた。
感覚的にこの木は魔力を多く含んでいるな、とかその辺り程度だ
が。だがそれだけで十分だ。それだけで魔法への適正、その指針
の助けとなる。
「魔力を多く含んでいると言う事は、それだけ魔法への適正がある
可能性が高い。クリスタル化で同じ大きさの石でも差異が出てき
たのには、そう言った仕様もあったんだと思う」
法則性は未だ不明。ある程度同じに出来ても差異は生まれるもの
だのだろう。当然と言えば当然か。
「イリサも」
「うん?」
「イリサにも何時か、魔法の道具と言う物を見分けられる様になる
でしょうか?」
「うーん。感覚を鍛えられればそのうちできるかも知れないね。
できない時は、そうだな。私が見分ける事のできる道具でも作ろ
うか」
「まあ。本当ですかお父さん」
「ああ勿論。イリサの為にも魔法を研究しているからね。遠くない
うちに何か成果をプレゼントできると良いのだけど」
「ふふ。楽しみにしています」
ふ。娘の頼み、娘の為に魔法を作ることの喜びは計り知れない。
そうして私は来る戦闘の為に、杖に刻む刻印を考えながら。
「さて。試作の魔法を何と呼ぶかな」
脅威へ対抗する為の戦力として、新たな魔法の制作へと乗り出す
───
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
───その夜。リビングで食事を終えた私は昼間に作っていた道
具、持ち帰ったそれらと向かい合っていた。
本当は仮工房に置いておきたかったが、怪しい視線を向けていた
ドロテアからこのアイテムを守る必要が出てきた。それに彼女に
彼女に与えた仕事に専念してもらいたかった。側で作業して彼女
の集中を乱さない方がいいだろうと思い。配慮して持ち帰ったア
イテムの調整、魔法開発を行っている所へ。
「アンラさん」
「……はい?」
今日も声を掛けて来たのはリベルテ。昨日ほど遅くない、夕食後
の時間。洗い物は既に終わったらしい。
「メンヒは何て?」
「ああ。我々に協力してくれる、との事でした」
昼間メンヒへ出した使いが夕方帰ってきた。その報告に依ればメ
ンヒの村は私と命運を共にするのだとか。既に疑いの掛かってい
るかの村の決断としては、賢い選択だろう。
「そう。ならワイバーンを当てにしてもいいのね。だとしたら…
…」
報告を聞いたリベルテが考えながら椅子に座り込む。様子を見る
に迫る戦闘の事を考えているのだろう。ふむふむ。
「一ついいですか?」
「え?何?」
「戦闘指揮を任せるので教えておきますが、今回メンヒが協力する
と示したので。戦闘を行う場所はメンヒの前。草原で行います」
「……マジ?」
「マジです」
「それと───」
戦闘を任せる。とは言え何を戦闘に使うか、何処で行うのか。勝
ちの形とは? それらへは口を出させてもらう。なので彼女には
今準備している兵器の事も伝える事に。
「───と言った具合です。間に合えば、ですが」
「はは、出番がないことを祈るわ。あ、それとアンラさん剣の事で
ちょっと頼みたい事が───」
私達は戦闘について話しておくべき事を話し合う。
リベルテが何を考えて提案したか分からないが、迫る戦闘が勝利
できるなら構わない。私が考えてる勝負は“その先”にあるのだ
から。
黒の男の家では戦いの準備が進められ。片割れにはドラゴンと一
緒に様子を眺める少女の姿。
そして。決戦の日まで時間は進む───
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