第百十三話 目的

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第百十三話 目的

 ───青く晴れ渡る晴天。快晴足る早朝。  外敵から守る為の壁がぐるりと囲む町、アブソーフルト。その外  へと続く大門の一つが今、大きく開かれる。 「……」  大扉が開かれた先には、軽装で馬へと跨った老人の姿。腰には二  本の剣を差している。 「「「……」」」  背後には鎧を着込んだ騎士と軍馬の姿が続く。老人が外を眺めな  がら。 「これより憎き亜人“討伐”へと向かう。容赦も慈悲も、ヒトの心  は全てこの町へと置いて行くのだ。良いな?」 「「「……」」」  早朝。住人の姿も殆ど無く、辺りには討伐部隊の、軍馬の僅かな  息遣い、馬が揺れる度に鎧の擦れる音が響くのみ。  彼らは一時の間をやり過ごし。 「全軍続けぃ!」 「「「!」」」  老人は掛け声と共に馬を疾走らせ、後に騎士たちも続く。  “ドドドド”蹄音(つまおと)が幾重にも重なり合い、大地を揺らしては馬と  幌馬車(ほろばしゃ)が勢いよく飛び出し何処かへと向かって行く。  彼らが町を出発した後。 「……。……」  閉じ始めた大扉の向こうでは、女性が一人立ち尽くしていた──  ─  ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇  ───平原を進む馬上には騎士の姿。彼らが先行し、後には大き  な幌馬車が三つと続く。部隊を率いているらしいは意外にも年配  の、顔に(しわ)を刻んだ老人だ。  彼は他の騎士の様な厚い鎧も身に着けず兜すらも無い。しかしそ  の眼光は何処までも鋭く、暗く、冷たさを漂わせている。  やがて馬を疾走らせる彼らは目的の村へと到着。 「「「!」」」  いや。正確には目的地へ辿り着く、その前で大きく減速を初めざ  る得なかった。何故なら自分たちと村の間、平原にて何事かの集  団を目視したからだ。 「「……」」  集団の先頭には仁王立ちする二つの影。一人は纏め止めた赤毛を  風に靡かせる女性で、腰には二本の剣を差している。直ぐ隣には  二メートル近くありそうな、赤銅色を晒すオークの姿。彼は地面  に突き立てた戦斧を握っている。  その二人の少し後方にはゴブリンの小さな集まりが二つ。その更  に後ろ。 「「……」」  平原へと持ち出された木の椅子が二つ。椅子には男と金髪の少女  が腰掛け。黒いドラゴンが足元で寝そべっている。男の近くには  更に人影も見えるが、流石に距離が空きすぎて輪郭程度しか確認  できそうにない。  そんな異質で、異様な集団を目視した先頭の老人は馬の手綱引き  後ろへと叫ぶ。 「歩兵準備!」  合図と共に幌馬車の二つから武装した騎士が何人もと平原へ降り  て来ては、その数は三十程。老兵と追従した騎兵を含めれば三十  五~八程度だろうか。 「隊列!」 「「「!」」」  続けて号令を受けた騎士達は老人の背後、無駄のない動きで隊列  を組み上げる。槍を縦に置いた騎士が老人の左右へ広がり待機  し、老人の周りには騎兵が居並び。空になった馬車が二つ後方へ  下がって行く。 「「……」」  魔女、ゴブリン、オークに女性と。異形な集団へ対するは。 「「「……」」」  老人が率いる甲冑に身を包んだ騎士。その互いが見合う。  異形の集団と騎士達とでは兵力差が絶望的だろう。武装した騎士  と、片やオークを有しているとしても、僅かな小人と人間。戦い  は一方的な物になりそうだ。  睨み合う両陣営。そんな中で赤毛の女性が一歩進み出ては。 「気高き騎士様一行とお見受けします! 物々しき装いで、一体  この様な僻地へ何用でしょう!」  騎馬兵の一人。老人の隣に居た騎士が叫ぶ。 「我ら町から“疑い改め”の為に派遣された騎士である。邪魔立て  は武力を持って排されると弁えよ!」 「この場所に魔族は居ません。ですからどうかお帰り願う!」 「判断は騎士がする!」 「……ではせめて話し合いを! リベルテ・ルーヴ・オーレリア  ンが話し合いを望みます!」 「「「!」」」  女性が名乗り話し合いの意を敵方へと叫ぶ。すると騎士の方から  幾つか『オーレリアンの?』『ではあの噂は』等と言った僅かな  会話が流れるも。 「……」 「「「ッ! ……」」」  老人が背後へ視線を一つ送れば囁き声の流れは瞬時に消え失せ  た。老人は一度溜息を吐いては馬を降り、側の兵へ馬を任せ何事  かを言付けては、一人歩き出す。  その姿を見た赤毛の女性もまた歩き出す。二人の人物は互いの陣  営が睨み合う中間で向かい合う事に。  女性を一瞥した老人が顎に手を当て。 「ふむ。生きているのは知っていたが、まさか生き残っているとは  驚きだ。豚どもにその体を預け、泥水を分け貰い、卑しくも生き  延びたか?」 「……」 「だとすれば見てくれが綺麗過ぎる、か」  老人は『豚でも相手を選ぶのか』と呟き小さく(わら)っては。 「それで? オーレリアンの忘れ形見が、一体我らに如何ような  話しがあると?」  誹りにも一切表情を崩さなかった赤毛の女性は老人を、鋭い眼光  持つその瞳を真っ直ぐと見つめ返し。 「話を聞いて欲しいんです」 「話し? それだけ?それだけの為に名まで使ったと?」 「はい。その後で貴方がどうするかは任せます」  老人は対話するまで考えていた。“命乞いならば殺そう”“亡命  であってもやはり殺そう”と。しかし目の前の娘の意思は固く、  決意を持って自分と対峙ている、戦っているらしい。  その様子に老人の視界では誰かの影が僅かに重なる。 「……話せ。手短に」 「! ありがとう。まず私の事から話したい、聞いてもらいたい。  此処で暮らしている、貴方方が亜人と蔑む彼らと暮らす、人間の  話を───」  赤毛の女性が語る話は、一般常識から遠く離れた話しだった。  始まりは悲劇、と言うのだろう。  唯一の肉親、最後の家族に死ねと捨てられ蛮族共の村で暮らす事  を余儀なくされた彼女。彼女はそこで。 「私はあのヒト達、イリサやタニア───」  亜人と奇妙にも縁を紡ぎ。奇跡にも等しい幸運で家族として迎え  られた事。 「彼らには彼らの───」  蛮族。娯楽目的の狩猟対象。地位など持たせるべくもない亜人共  の全てが、敵ではないと語り。種族差別は捨てるべき、差別は悲  しく愚かな事だと。私へ、私の人間性へ訴えかけて来た。  小娘の言葉に濁りは無く。語る言葉にも偽りが混じっている様子  が無い。名を使う程度には政治、謀を齧っているらしいが、其処  から駆け引きを行える程にまでは濁ってないのだろう。  素直な事だ。 「あれは事故なんかじゃなくて、それに戦ってもきっと───」  娘は言葉紡ぐ。我々は勝てない相手へ挑もうとしていると。あの  事故は事故でないとも教えてくれた。此方の身を心から案じ、争  いを止めようと足掻く姿。明け透けに心内まで語りとは、何と綺  麗な娘だろうか。 「だからお願い。此処は引いて欲しいの。それに王都───」 「綺麗だな」 「───はい?」 「見てくれの話ではない。年老いたこの目には最早若いみそらと言  うだけで全てが美しく、輝いて見えるものだ。しかしそれでもお  前はと言う存在は、特別綺麗に映る。この老いた眼でさえも」  淀みを知らぬ言の葉。惹き付けられるは同じか。しかしそれも所  詮辿り着けぬと分かっている、遠く遠くの理想の地と。老人は知  っている。 「ど、どうも」 「意図は分かった。お前は仲間にも、そして敵にすら死んで欲しく  は無いのだろう?」 「! そう、そうなんです! 良かった、分かって───!」  刹那。老人は腰の剣を淀みなく引き抜いては彼女へ斬りかかっ  た。女性の反応速度も中々で、剣へ手を伸ばし引き抜かんとして  いる。だが老人の一太刀を防ぐには遅いだろう。 「~ッりやぁ!」  彼女は僅かな遅れを、致命的な遅れを巻き返すために。体を捻り  ながらも引き抜き途中だった剣の、その腹で一撃を防いで見せ  た。  赤毛の女性は二撃目を予期して一歩距離を取るも、しかし老人は  それをただ見詰めるのみ。 「いきなり何を!」 「……例えばだ」  老人が初撃後だらんと下げていた腕を上げ、自らの後方を剣の切  っ先で指し示し。 「あの騎士の中には親族を狩りで失った者も居る。彼らは償いを求  めこれに参加した。その彼らがお前に、“自ら命を此処で断つな  ら引き上げても良い”と。もしそう言ったらどうする?  お前は仲間と敵の為に自ら命を捧げられるのか?」 「!? ……アタシ、私は」  赤毛女性が構える剣が、僅かに揺れる。 「悩み考えるか。自己犠牲を」 「……」 「即断即決しなかった事だけは、救いだろう。儂は例えお前が死  んだとて、兵を引き上げる積りは毛頭無かったのだから」 「!」 「驚くか?裏切られたと? 敵に何を願ってるんだ、馬鹿者が。  自らの死で物事を、大局を動かし訴えようなどとは、思考を捨て  目と耳を閉じるに等しい愚行よ。それでも命で願うと言うなら、  命を掛けて挑むべきだったな。敵の提案に命を掛けるなど、愚か  者以外の何者でもない。敵の一人二人殺して見せ、それで提案を  飲ませてこそ、いやそうだ、捨てる位ならその命で一人でも多く  の敵を殺すべきだろうが。戦場では!」  老人が剣の切っ先を正面、女性へと向ける。それを見た彼女は剣  を両手で握り直し備える。 「敵を一人殺せば仲間を一人救える。敵を一人逃せば仲間が一人死  ぬ。戦場に命の尊さなど存在せん。あるのは相手への憎しみ、敵  意のみよ。  お前がどれだけ正しい事を叫んでも、自らの命を犠牲に争う事と  止めようとして見ても。結果は味方が死んだ、敵が死んだ、その  程度の事よ。  純粋な願いも、掲げる正義も。高く置き過ぎれば人目に届かず、  何れは愚かに堕ちるもの。貴様が口にした願い、正義。それを戦  場で果たすと言うには余りにも、余りにも───」  語りながら老人が動く。動きは老人とは思えぬ程に素早く、構え  ていた女性の剣を簡単に弾き飛ばし。 「覚悟が足りない。敵対者の命を踏み潰してでも前へ、命を踏みし  める一歩の覚悟が。それが余りにも足りてないのだ。  儂がお前の剣を微塵も恐れぬ訳が分かるか? お前の剣には相手  を斬り伏せてでも前へ進む、命と向き合う絶対の覚悟が微塵も感  じられないからだ」 「覚、悟……」 「してきた積もりだろうが、積りは積り。戦場で覚悟も無く立つ者  は皆愚か者よ。だから敵に簡単にも迷い惑わされるのだ。お前  は」 「……」 「……いかんな。置いてきた積りが、戦場で残り香に気を紛らわさ  れてしもうた。これでは儂も愚か者ではないか。歳は取りたくな  いのう……」  憂いた老人が片手で顔を拭う。拭われた後には、憂いの老人等は  欠片も残らず。鋭い眼光で敵を睨む騎士の顔だった。 「儂は惨めに無残にお前達を殺さねばならん。お前も、お前の家族  も知り合いも全て、全て惨めに踏みにじってやらねばなぁ。儂は  覚悟と憎しみだけを此処へ持ってきたのだから」 「ッ!?」  眼光の正体は狂わんばかりの殺気。  疎くとも覚悟なくとも殺気は感じ取れる。そうして赤毛の女性は  素早く腰の、もう一方の剣を手にしようとするも。その動きは此  処に来て何故か鈍い。手を掛けるまでは早い動きではあったが、  其処からが何故か鈍かった。  動き、獲物を選ぶと言う第一手は二人共同時だった。しかし選ん  だ獲物が互いに違う。片や武器を選び、片や急所を選んだと言う  違い。  老人は一切の躊躇い無く開いていた手を伸ばし女性の首を捕ら  え。締め上げる。 「ぐッ」 「そら。剣へ手を割いていては首が折れてしまうかも知れんぞ?」 「ッ……ガ!」  女性は剣へと伸ばしていた手を、両手を使って老人の締め上げに  抵抗する。辛うじて意識を維持できる程度に。  老人は殺気そのままに赤毛の女性を睨み。 「お前と話しているとオーレリアンとの会話を思い出すわい。  あやつとは見えた機会も言葉を交わすも一度二度程度だったが、  それでも形骸化した町の騎士の中でも、騎士らしい騎士であった  よ。かの妻もまた同じくのう。  眩い理想を語り、暖かな愛を語り、見果てぬ夢を語れる。とに似  合いの騎士夫婦であった」 「…ぐ…ぎ……」 「お前にも同じモノを感じた。それに年頃を考えても散らすのは避  けたやも知れん。だがな、だがなぁ。儂は復讐がしたいのだ。  可愛い可愛い孫を殺した、殺した獣共にッ!」 「!? しん、だ!? ま、、ってか、れらは、獣、じゃない!」 「覚悟は無くとも胆力はあるとみえる。首をへし折られる手前で尚  語るか。  其処までお前に、町の人間に思われるなら、もしやそうかも知れ  ん。お前の話を聞いて僅かに考えてしまう程度には、儂も疑問を  持っていたのだろう。しかしそれがどうしと言うのか」  老人は空を見上げ。 「儂の望みはただお前達を、孫の死に関わった者全てに惨たらしく  死んで欲しい。ただそれだけなのだ。酷く、苦しく、何処までも  凄惨に」 「!」 「ああそうだ。ゴブリンのオスを殺し、メスを殺し。血肉を童共に  食させようか? いやいや逆も良いか!」 「!??」  空を見上げたままの老人の顔が歪んで(笑顔)見せる。 「それともオスにメスを殺させ、そのメスを童に殺させるも良し!  いいや、いいやいいやどれも足りない。足りない足りない足りな  い足りない足りない!」 「ッァ!」 「流した血を自ら飲むが良い! 肉を削ぎ落とし自ら腹に収めるが  良いさ! その後で腸引きずり出してくれるわ!憎き蛮族共  め!」  老人が叫ぶ、叫びに叫び。顔を苦しむ女性へ向け。 「貴様、貴様も何と蒙昧な娘だろうか!? 家族を失ったこの儂  に家族の尊さを、残酷にも家族愛を語ったのだぞ!」  憎しみと怒りに満ちたその顔は、最早怪物のそれと変わらない。 「貴様の話など興味無かった。ただ語らせ、最後には首を切り落と  し、血飛沫をもって開戦の狼煙にする積りじゃっただけの事。命  へ対する覚悟も無く、命を救いたいと語る偽善者め!」  血走った瞳が赤毛女性の瞳を覗き込む。 「だがお前は!事もあろうに語るさなか、その瞳に愛を浮かべて見  せたのだ! あの日から憎しみだけで今日まで行きてきた儂に、  愛を失った儂に愛を語り、自分の愛を見せたのだ! 儂から奪っ  た貴様が、豚が愛を口にするなど、瞳に愛を宿すなど!  許せん許せん許せん許せん!」 「ぐ、あぐ」 「───だからこそ。お前には最後まで見てもらおう。儂らが勝て  ない等と思い上がり、助けたい等と覚悟無く夢見た愚か者には、  その結末を見るべきなのだ」  老人は片手で首を締める体勢から、素早く女性を抱き込み。赤毛  女性が語った家族、その方へと顔を向かせ見遣る。そして。 「今にして思えばお前の父も母も、オーレリアンには覚悟が無かっ  た。語るばかりで為すべき事への、その覚悟が。  だからああして死んだのだろう。死に様はまさに滑稽だったの  う」 「!」 「似たもの親子。理想、夢、愛を実現させる為の覚悟無きは、哀れ  なほどに似た親子よなぁ」 「!!!」  赤毛女性は抵抗の意思を見せるも、呼吸を制限され朦朧とした状  態では叶わぬ望み。  老人。敵悉くを惨殺し尽くすと言う覚悟を持って立つその姿は、  歴戦の老兵。老兵は剣を高々と掲げ。 「全軍進めぇ! 蛮族共を皆殺し村を焼き払え!全て、全て殺すの  だ! あれに見えるは皆害為す獣、魔族魔女亜人売国奴、殺すべ  き相手だ!」 「「「進軍! 進軍! 進軍!」」」  遂に開戦。森に住まう蛮族と騎士との戦いが始まったってしまっ  た。  合図と共に老兵が率いていた騎士達が進軍を開始。歩兵は槍を構  え歩き出し、騎馬隊が馬を駆りその歩兵よりも先行して進み出  す。彼らは皆飛び道具の無い事を確認した故の行動だろう。事実  蛮族の陣営、と言うには余りにも兵数の少ない彼らに弓兵の姿は  確認出来ない。自分たちが相対するこの平原を見渡して見ても、  姿を隠せる程高い茂みも無く。点在する林からでは距離が遠い。  冷静に戦場分析をする彼らだったが、それでも不思議で解せない  事が一つ。 「(一体何を考えてるんだ?)」」 「(奇人変人の類か?)」 「……」  平原に椅子を持ち出し座っている男の存在。黒いコートを来たそ  れは、恐らく事前情報にあった魔女。あの存在の動きには注意し  なければならないが、決して自分たち騎士より強い事は無いだろ  う。魔法と言う力は希少だが、真の英雄や女神、我らが王子王族  が使ってこそ、正しい脅威足り得るのだから。 「(あれに見えるは英雄でもなんでも無い)」  魔法を使えると喚く狂人も、土地開拓の為に抹殺した部族種族に  居た術士祈祷師も皆、大した事は無かったじゃないか。彼らは剣  で斬れば血を流し、腕を切り落せば狼狽え。槍で刺せばまた血を  流し、貫けば一鳴きして終わる。魔法とやらを使う前に仕留めれ  ば全て問題なかった存在。たゆまぬ鍛錬と訓練を経て武器を使い  こなし、鉄の鎧を勇ましくも着こなす我ら騎士。その敵では無  い。  騎兵も歩兵も、騎士達は皆そう考え、目下の脅威は動く気配のな  い魔女ではなく蛮族。亜人の集団へと定めた。 「「「……」」」 「「「……」」」  魔女の少し前方で十匹程度。それが五と五で別れ待機している。  ゴブリンは数が多く面倒な者だが、あの数は何と少ない事だろ  う。前の狩りで見習いや予備が相当数を減らしたと見える。  戦える者がこの程度なら、後は森と村の中で適当に残党狩りをし  て終わりだろう。奴隷としての身分しか持てない、卑しき者など  所詮あの程度。  今回の討伐も流行り娯楽の一つ。亜人狩りでお偉方のご子息に被  害が出たからの、何時ものと変わらない極秘討伐。一部の上流階  級では『亜人の数が減って困る』と言われているらしいが、そり  ゃ怪我や気分を害したと言う理由ばかりでこう騎士、俺達を討伐  に差し向ければ、そりゃ数も減るだろうに。 「(怪我が怖けりゃ狩りをやめれば良い)」 「(何度目だ全く)」  こうして呼ばれ集められる度に、騎士の誰もが同じ嘲笑を心に浮  かべ。 「(ああしかし)」 「(それにしたって磨いた剣を、傷の無い槍を存分と生きた獲物に  振るう事の!)」 「(敵を愛馬で踏み砕くあの感触は!) 「「「(酒を浴びても女を抱いても、決して勝る事の無い快感よな  ぁッ!)」」」  また同じ愉悦の笑みを心に浮かべるのだ。彼らの心内は輝く騎士  の鎧とも、掲げ知らしめるべき御旗とも相反し。何処まで暗く淀  み、鈍色の光に焦がれきっている。 「(今回は死者が出たお陰で、こうして徹底的に暴れられる、お遊  びの訓練ではない。しかも抵抗の意思を見せてる本物の敵)」 「(領主のごっこ遊びと違う久々の戦い!)」  そうして彼ら騎士は老兵とは違う血気を全身へ滾らせ、平原を踏  み荒らし、敵を押し殺すが役割の騎馬隊が駆ける。 「進めぇー!」 「一匹たりとも生かすなよお!」 「この後は村、その後には森へも入るぞー!」  蹄音よりも激しく叫ぶ騎馬隊の、彼らの表情は分からない。けれ  どあの兜の下には笑みを湛えている事だろう。何故なら叫ぶ声全  てが皆、弾んでいるのだから。  彼らの高揚は戦場独特のモノかそれとも。 「! 前方」 「「「!」」」  騎馬隊が老兵を通り過ぎた頃。敵方にも動きはあった。  赤銅色の肌の大男、ブラッドオークが突き立てた戦斧を握り走り  出した。迫る騎馬隊へと向かって。体格通りの力強い走り、素足  で地面を抉るように踏みしめる姿は、正にオーク。 「ウォオオオアアアアア!」 「「「やあああああああああ!」」」  互いに叫ぶ。オークの脚力は大したものだが、だとしても馬の方  が早い。オークと騎士はオークが攻められる形で接敵。  向かってくる騎馬隊へオークが走りながら戦斧を大きく振り上げ  そして───飛んだ。 「回避ぃー!」 「「「!」」」  巨体で騎馬隊へ飛び込むオークは、“ドッゴォン”と言う音と共  に着弾。地面は無理やりに割れ、辺りには土煙が多く舞い上が  る。あの今の一撃で一体何人が巻き込まれただろうか? 「む」 「「「……」」」  どうやら巻き込まれた者はいない様子。突然の攻撃にも騎士達は  慌てる事も無く冷静に対処したらしい。騎馬隊は攻撃の直撃は馬  の手綱を引き旋回、勿論余波にも備え十分に広がっている。  彼らは回避行動そのままオークを取り囲むように陣形を構築して  は。“ガンガンガンッ”と盾を鳴らし始め、金属音が響く中。 「ヤアッ!」 「……」  一人の騎兵が掛け声と共にオークへと向かう。オークが戦斧を構  え迎え撃とうとする、その背後。 「そら!」 「! ……」  彼の背を別の騎兵が斬りつけていた。最初に声を上げた騎兵は突  撃するぞと構えて見せたものの、途中で大きく失速してはオーク  を大きく避け彼の背後へ。斬り付けた騎士は素早くオークから離  れ、叫んだ騎士が元居た位置へ着く。 「ヤァ!」 「! ……」  また騎士が叫び剣を手に突撃の姿を見せるも、またもオークが構  えるのとは別方向から斬り付けられる。やられてばかりはとオー  クが攻撃に打って出るも、騎士達は馬で素早く距離を取られてし  まう。  オークの攻撃は届かず、騎士たちの攻撃は蹄音を隠すヘイトコー  ルと巧みな馬術、そしてアイコンタクトに依る意思疎通で順調に  オークを傷付けて行く。  主導権の交代や一対一の正々堂々と言った、スポーツ感の無い戦  い方。相手を殺すための戦術的戦い。  戦いは一方的に進み、騎士たちは直ぐにでもオークの下を離れら  れると思っていた。だが。 「らあ!」 「! ……」 「次が行くぞ!」  相変わらずオークは攻撃できず、しても空振り。彼が騎士の動き  を予測して武器を振ったとしても、重く大きな武器が仇となり予  備動作が丸分かりでは、簡単に攻撃をやめオークを離れ。 「こっちだ!」 「!! ……」  別の騎士が別の角度からオークを斬りつける。ずっと、ずっとそ  の繰り返し。騎士から切り続けられている。それなのに。 「……」 「(何だアイツ)」 「(どうしてアイツは)」 「「「(まだ立っているんだ!)」」」  騎士たちの攻撃を繰り返し受けた彼の体は、皮膚が裂け肉を抉ら  れ血を流している。背や足を伝い大地へと流れる血液。決して少  なくない、軽症とは言えないはず。なのに。 「……」  オークは対した時と変わらず戦斧を構え騎士を睨んでいる。チャ  ンスを伺っている。  平時では珍しい物も、戦場と言う極限地帯ではしばしば異様な光  景、異質な光景と言う物も目の当たりにする機会も多い。  正気を失い息もせず笑い続ける者、狂気に駆られ自ら命を捨てる  者。錯乱し逃げ惑う、或いは向かってくる者等など。  だが対するあのオークは。 「……」  敵をしっかりと見詰め。手には戦斧を持ち。 「………。」  “殺す”と言う正気の意思を敵へ示している。 「「「ッ」」」  完全優位。一方的な暴力。被害ゼロ。それでもオークが放つ戦い  の意思に、騎馬兵達は僅かに心乱され始めていた。 「前進、前進、前進!」  オークと騎馬隊が戦っていた最中。完全に動きを押さえられてし  まったオークを避け、槍を構える歩兵は隊列を組み進軍を続けて  いた。  敵側に残っている戦力は初めに見た女性、オーク、魔女、ゴブリ  ン。女性もオークも既に押さえられ、魔女は動く気配が無い。  となると自分たちの相手は魔女の前で十匹程度彷徨くゴブリン。  そう考え魔女の詠唱に警戒し、盾を構え密集陣形で進む騎士達。  既に赤毛女性は勿論オークも通り過ぎている。オークの方へ加勢  しようとも考えられたが、圧倒的に騎兵が有利を作り戦闘を進め  て居たので、歩兵達はゴブリン達の下へと向かう。  やがてゴブリン達の姿、小さいが故に確認し辛かった詳細が見え  て来る。と言った所で。 「……」 「「「!」」」 「(何だ?)」 「(魔女が動くか!)」  まだ距離のあるゴブリン達へ黒い魔女が何か語りかけた。  騎士達は警戒を強めゴブリン見遣り、一度足を止める。するとゴ  ブリンの集団にはよく見れば姿、格好の違うものが紛れている事  に気が付いた。 「「……」」 「(シャーマンか?)」 「(グリーンゴブリンにもそんなのが居るとは聞いた事無いが)」 「(だとしても異神に祈るか願うだけの者だろうな)」  何も起こせない祈祷師(シャーマン)。そう判断した騎士は多く、それでも警戒  は解かないのが戦闘経験者と言えるだろう。  警戒を示す先でゴブリン達に動きがあった。  距離置いて離れる二つの集団に一匹ずつ。骨の兜を被り葉っぱで  作ったらしいローブを纏い、手には木の杖を持ったゴブリン。指  示を受けたのはその二匹らしく、二匹は手に持っていた結晶を大  きく放る。騎士の方へと。 「「「!」」」  少し予想外の行動に騎士達が慌てて盾を構えるも。 「「「……?」」」  投げられた結晶はゴブリンと騎士、その間に落ちて転がってい  る。彼らゴブリンの不可解な行動は続く。結晶を投げたかと思え  ば今度は杖を持ったゴブリンを中心に置き、周りのゴブリン達が  一斉に地に這いつくばり、両手を組み合わせ唸り始めたのだ。 「「「~~~~~」」」 「~~!~~~~!」  真ん中のゴブリンは杖を握り、同じ用に唸りながら杖を振ってい  る。異様な光景だ、と騎士は思う。しかし似た光景を数々見てき  た。多種族の巫女やシャーマンと呼ばれるそれらが、自分たちの  神とは違う神へ祈り、侵略者へ罰をと祈る姿を。  だが今までその祈りを聞き届けた異神はおらず。祈った者共も今  はその異神の御許だろう。居れば、の話だが。  だからアレも驚異では無く、ただ殺すべき蛮族に他ならない。 「「「前進!」」」  ならば進もう。足を止める理由は無い。  再び進みだした騎士。彼ら鎧を着込むその装備は、実は重くな  い。馬車でこの場所を訪れる関係上重装騎士では馬車が動かなく  なる恐れがあり、今回は軽装な鎧。軽装とは言え鎧は鎧。これだ  けの数が揃って動けば地も多少は揺れる。  “ドゴゴ”“ドゴゴゴ”“ドゴゴゴゴ!”と。 「?」 「なんか」 「デカクないか?」  歩き出した騎士達は直ぐに疑問に思う。地響きはこれ程大きかっ  たか? そもそもなぜ自分たちは揺れている? と。 気が付いて  からが早く。状況は直ぐに目に見えて変わりだした。 「「「何だ!?」」」  自分たちの直ぐ前方、先程投げられた結晶が怪しい光を大きく放  ち、結晶へ土がどんどんと集まって行く。やがて土が突如大きく  盛り上がり、隆起した土が段々とヒトの形を象って行くではない  か。異常な、あり得ない動きの土は遂に。 『『───』』  二体の巨人として姿を表した。大きさはオークそれ以上で。 『『───』』  出来上がった土の巨人が眼前で大きく、太い腕を大きくと振り上  げ─── 「! さ、避けろー!」 「「「!」」」  騎士の集団へと巨腕を打ち下ろした。爆発にも近いにその衝撃は  凄まじく、鎧を着込む騎士たちが倒れ込むほどであった。  爆風が凄まじい所為か土煙も直ぐに晴れると。 「無事か!」 「何だあの、あれ、アレは!」  騎士達の多くは無傷であったらしい。軽装が幸いし彼らは巨人の  攻撃を避ける事が出来たのだ。 「ゥ。酷いな」 「見上げてる間に逃げ遅れたか」  少ない。たった一人の犠牲だけで。  爆心地には潰れた鎧と血溜まり。しかし幸か不幸か。 「二体共腕がなくなってるぞ!」  強い衝撃に巨人たちの腕自信も絶えきれず粉砕してしまったらし  い。砕けた散った土が逃げ遅れた騎士に被さり、凄惨であろうそ  の姿を隠していた。 「今のうちだ、囲めぇ!」 「「「おおお!」」」  緩慢な動きに捉えられるほど、騎士達は愚鈍ではない。彼らそれ  までの陣形に拘らず二手に分かれ土の巨人を取り囲む。  土の巨人に驚きはしたが、初撃と取り囲まれた後の動作を見る  に。 『『───』』 「こいつら動きが鈍いぞ!」 「動かし続けて攻撃の精度を鈍らせろ!」  戦う事に慣れた騎士達は直ぐに対処方法を確立した。巨人は動き  が鈍く、正面へは立たないように動き続ければ、騎士を正面へ捉  ようと巨人はその体を動かし続けなければならない。そもそも。 「はは。腕がないと間抜けだな!」 「足を狙え、足を!」 「止まるなよおー!」 『『───』』  腕のない巨人に攻撃手段は無く。踏み潰そうにも動きに慣れてき  た者から隙を付いて斬り付けられ、槍で突かれる始末。攻撃され  る度に“ボロボロ”と土の体が削られて行く巨人。このままでは  巨人が足を失うも時間の問題だろう。  戦闘の行われる平原。戦況は騎士の側に傾いている様子。  驚く事はあったが、騎士の誰も取り乱す事も油断も見せていな  い。騎士たちはこの場所へ敵対者を皆殺しにする為に来ている。  誰もその、秘密の目的を忘れず。 「デカブツこっちだー!」 「良いか、コイツを殺したら次はゴブリン共だ!」 「「「おおおおー!」」」  その上で戦闘を楽しみだしていた。側に転がる仲間の死すら。 「敵討ちだ!」 「同じ殺し方をしてやる!」 「いいやもっと残酷に!」  興奮を擽る演出と成り果てている。今この場で彼らは酔っている  のだ、自らが持つ鈍く光る獲物に。焦がれた鈍色に。  そんな戦況が───動く。動いた場所はオークを取り囲む騎兵。  その一人が突如。 「ぎぁあああああああ───」  馬上にて四肢が弾け飛び、断末魔すらも舌と共に噛み殺して絶命  しては。“ゴロリ”と騎士だった物が馬上にはから地をへと転が  り落ちる。 「な、なんだ!?」 「一体何が起こった!」 「オークか!?」  オークと戦っていた騎兵は仲間の凄惨な最後に恐怖し。オークが  何かしたのかと疑って掛かるも。 「ま、魔法使い!」  歩兵からの声に誰もが魔女を、魔女とされる男を見遣る。 「……」  彼は騎兵の方へ手を翳して居て。皆が注目する中で歩兵へその手  を差し向け。 「魔女だ魔女だ魔女だぁぁああああああ───」 「「「「!?」」」  叫ぶ歩兵を先程同様目を背けたく成る最期が襲う。  死した騎士二人は何方も仲間への声掛け、機転の効く騎士だっ  た。騎兵は副隊長を失い、歩兵はベテランが死に。  更に魔女らしきが赤い結晶を掲げると。 『『───』』 「巨人が、巨人の腕が!」 「うわああ!」  腕を失っていた巨人の腕がみるみる再生を始め。 「ゥゥ」 「おえ!」  巨人は近くの土を吸収する形で腕を再生した。その力は凄まじ  く、側の死体をも吸い上げ。片方の巨人の腕は真っ赤に、もう一  方には潰された仲間が少しはみ出ている。(おぞ)ましい、モンスター  の復活である。  このまままた誰かが突然死ぬのではと恐怖する騎士たちだった  が。 「……」  巨人の腕が直るの見届けた魔女が再び椅子へ腰を下ろす。赤い結  晶を握りしめて。  まるで戦況を言い分へと戻した事に、自分たちが戦うことを望ん  でいるかの様に。  仲間の四肢の弾け飛ぶ光景を見ても、能力の何も変わってない愚  鈍な巨人が禍々しく再生したとしても。それでも戦場を経験した  騎士は冷静に、冷静にあろうと努めている。  魔女が座りもう誰も死なないと言うのも、少しの安堵を与えたの  かも知れない。  しかし。 「おお、おおおおお!」  冷静に。戦場で蛮族が、可愛い孫の死に関わる者共の最期を見や  ろうとして居た老兵。彼の冷静さは一瞬にして蒸発した。  老兵が体を震わせ、そして遂には捉えていた居た女性を簡単にも  突き飛ばし。 「カハッ、はぁ、はぁはぁ!」 「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」  足、腕、体に顔も。全身を震わせながら叫ぶ老兵は、両腰に下げ  た剣を鞘から引き放ち。 「見つけたぞ、見つけたぞ貴様ああああああああああああああああ  ああ!」  大声を上げて平原を走り出した。目指すは黒の魔女の下。 「!」  戦場の誰もが老兵の行動に気が付き、そして向かう先にも気が付  いたオークが老兵の下へと走り出す。オークは老兵への下へ向か  って走り出すが、当然騎兵が彼の進行を許さない。  今までの様な小さく削る攻撃でなく、自分たちの被害も恐れず致  命傷狙う攻撃。走るオークの下へ剣を両手で持ちすれ違うように  振り抜く騎士の姿。それにもオークは。 「何!?」 「正気かコイツ!」 「うわぁ!」 「……」  斬り付けられる事も厭わず防御を完全に捨て。攻撃に対し体当た  りで押し進み。全力の攻撃を繰り出した騎兵の数人を落馬させて  陣形を突破してしまう。  オークはそのまま老兵へと、魔女へと向かうその横っ腹をへ突  撃。 「ウォォオオオオ!」  飛び込むようにして戦斧を振り下ろす。舞い上がる土煙、それが  晴れのも待たず。 「ふん」  老兵が飛び出し。そのまま何事もなかったように走り出してい  る。その後方では。 「……」  ゆっくりと晴れていく土煙の中から、地面に戦斧を打ち下ろして  いる、そのままのオークの姿が見えて来ては。 「………ぐ」  首筋や脇の下から血飛沫を吹き出しその場に倒れ込む。あの一瞬  で、一瞬で老兵はオークを斬り抜けたのだ。何と言う正確さ、何  と言う早業。 「があああああああ!」  老兵が唸りながら息も切らさず走る、走る、走る。その速度は馬  にも届かんほどに。 『『───』』  次に老兵を阻んだのは土の巨人。阻んだと言うよりも老兵自身が  最短を目指した結果だろう。  巨人二匹は接近してくる老兵へ不気味な腕を伸ばすが、老兵は更  に恐ろし膂力を見せる。 「温いわぁああ!」  何と錐揉み回転で跳躍して見せたのだ。伸ばされる二つの腕を躱  し、同時に巨人二匹の片腕を遠心力を乗せた剣で綺麗に切断。 「ふん!」  着地と同時に背後では大きな土埃が舞う。切断された土の腕が崩  れた衝撃でだ。しかしその煙も老兵へとは届かない、着地と同時  に既に走り出しているのだから。  オーク、土の巨人を簡単に、呆気もなく通過した老人を最早止め  る存在は居ない。まして。 「「ゴブ!」」 「まだ貴様らの番では無い!」  祈りを捧げる左右に別れたゴブリンの集団。その間を通る老兵に  二匹のゴブリンが飛びかかるも、空中で切り払われ地に落ちるし  か無かった。無駄死にである。  僅かに視線を左右に、復讐対象から逸した老兵が視線を戻すと、  黒の魔女が自分へと手を伸ばしていた。何事かの魔法を狙ってい  るのだろう。しかし。 「……!?」  老兵は感じただろう。体に纏わり付く違和感、それが外れる感覚  を。老兵は胸にしまった物の、持ってきたは正しいと考えなが  ら。 「ははははははは!透けたぞ童! その命貰うぞお!!!!」  恐ろしい事に。老兵はここに来てまた加速。もう一度魔女が何か  するだけの猶予はあった。しかしそれも馬よりも早い老兵の速度  での前に無となった。 「……」  黒い魔女は動かない。復讐すべき、あの惨劇を招いた諸悪の根源  へ今! 老兵の剣が憎き命へ届く! 両手にした剣を彼の心臓へと  伸ばす老兵───だが。 「?」  僅かに届かない。とうに貫いているはずの剣が既で止まってしま  っている。魔法は弾いた、速度も足りている。では何故? 「ごば?」  久し振りの運動。疲れから息を吐き出してみれば、息と一緒に血ま  で吐き出してしまう。徐々に老兵は自分の体の感覚を感じ始める。  肩から胸へと、じんわりとした暖かさが広がり、口の中には血が溢  れ返る。  何事かと不調の源、肩をちらりと振り返れば。 『……。……』 「はぁ、はぁはぁ!はぁ!」  自分よりも高い位置。ワイバーンに跨ったあの赤毛の女が、自分の  肩から剣を突き立てているではないか。  心臓を貫かれた老兵が認識できる時間は、もう無い。 「……覚悟のある娘達だ」  今際の際に老兵が“ボソリ”と呟き。首をがっくりと落とし絶命。  目の前で息絶えた老兵を、黒の魔女は見詰めていた───
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