第7話 8時だよ!ファイター集合!

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第7話 8時だよ!ファイター集合!

週が明け- いつものようにランドセルを背負って通う道も、門をくぐってからの学校の様子も、かなたにとっては何一つ変わらない朝だった。しかし全校集会で、彼は人生はじめての経験をすることになる。 「今日は我が校にとって、嬉しいお知らせがあります。5年1組の山野かなたくんが、しりとりファイトの大人大会で優勝し、全国大会へ出場することになりました」 体育館の舞台に上がった白髪頭の校長先生は、集まった児童を前に満面の笑みでそう言った。 これに同級生は勿論のこと、全学年の子ども達が一斉にざわつきはじめる。 「山野くん、前へおいでなさい」 「あ、はい…」 寝耳に水どころではない,ミミズを入れられたような心境で、彼は全校を前に登壇し、そこからの風景を眺めた。 はじめてだ。 スポーツで成績をあげた子が表彰状されるのを群衆の中から見ていることは日常茶飯事だったが、まさか自分がこうして見られる立場になるとは。 ただ、こちとら生粋の恥ずかしがり屋で、一体興福寺の阿修羅像だったら、顔が3面についているから、それに類した表情があるだろうに、自分が今見せる顔と行ったら、真っ赤なほっぺたの1面しかない。 結局ありきたりな「頑張ります」というコメントでその場を切り抜けた少年だった。が、クラスに戻ってもこのフィーバーは終わらなかった。 「すごい、かなた君!」 「アンタ実は天才なん?!」 「なあ,しりとりファイトって、どんな競技なんだ!?」 休み時間には、さっそくクラスメート達が彼の机の周りに集まってくる。 それも当然,何につけてもクラス内で1位をとったことのない少年が、まさか学校も県もぶち抜いて対全国である。 アメリカンドリーム級の出来事であることは、息まいている群衆の様子からもひしひしと伝わってきた。 「でも、皆がしりとりに興味を持ってくれてうれしいよ」 まだ照れながらもかなたは思いつき、机の中から今月の献立表を取り出して皆に見せる。 「しりとりファイトは、いろいろとお題を出された中でやっていくんだ。たとえば、この献立表の中でしりとりするとしたら?」 「え?」 「この中で?」 ギャラリーが若干前のめりになって、各日のメニューを眺め回す。 「ぎゅうにゅ…お,17日にずらのカレー粉あえっていうのがあるな」 「そう、そんな感じ」 「次は「え」?えーそんなメニュー…あった!だま!」 「めめめ、カジキのソー!やった繋がった!」 「うん、そして最後は今日のお楽しみ給食」 「「りやきバーガー!!」」 声がそろったので、全員で笑ってしまう。 しかし突然彼が座っているイスの下から、ボコンという音とともに軽い衝撃が走った。 ファイターは無意識に縮こまり、近くにいたサッカー少年はやった相手を睨む。 「タカオ!何でかなたのイス蹴るんや!」 「ふん!」 おそるおそる後ろを見れば、山のような図体が、かなたを見下ろしている。 ただ彼は、追って噛みついてきた学級委員長のさやかに軽く悪態をつくだけで、意外にあっさり場を立ち去った。 サッカー少年が腕を組みながらつぶやく。 「あいつ、昨日の野球の試合で負けてブスくれてやんの」 「そうなんだ」 「あと一歩で決勝に行けるって時に、満塁ホームラン撃たれて。だからって、やつあたりするなよな!」 「そうよ。ほっとき、かなた!」 さやかも励ますように声かけては、チャイムの音と同時に席を離れて行った。 昼― 例のお楽しみ給食を堪能していると、担任の柏木先生から声がかかる。 「テリヤキバーガーが1コ余りや,ほしい人」 毎食恒例・残り物争奪ジャンケン大会。 われいざゆかんとする勝負師達が、配膳台の前へとわらわら集まってきた。 タカオやかなたも、もちろん常連である。 ただいざ集まると、子ども達の中から、自然にこんな言葉が交わされた。 「今日は、山野に譲らん?」 「え?」 「だな。こいついつも負けっぱなしやし」 「お祝いもかねて、譲ろっか」 なんと皆嬉しいことを言ってくれる。 ただ…と、かなたはチラっとタカオを見た。 何も反対してこない。 皆はこれを賛同の意と解釈して、改めてかなたに「取れよ」と合図した。 「……」 渡されたトングで彼はてりやきバーガーをつかみ、それをタカオの皿へ。 「…は?」 相手はいぶかしげにこちらを見たが、かなたははっきり言った。 「あげる」 「いらねえよ。お前がもらうもんだろ」 「ええって。タカオ、今日落ち込んでるように見えたから、あげる」 「……」 てりやきバーガーが、かなたの皿に戻された。 食べる手を止め、事の次第を見守っていたギャラリーは一瞬ヒヤっとしたが、次に出てきたのは思いがけない言葉。 「てりやきバーー………んばれよ」 思いがけないエール。 タカオはかなたに手を差し伸べて、さらに大きな声で言った。 「んばれ」 「…っしゃ、まかせとき!」 パンという爽快な音を立て、ファイターの手がその広い手を捉えた。 ようやく胸につかえていたものが消化できた気がして、互いに顔を見合わせては微笑みあう。 これにクラスメートや先生からも拍手が沸いた。 彼は今日はじめて、このクラスにいてよかったと心の底から思ったのだった。
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