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まりかの愛車は、さっそく第ニ阪奈道路から決戦地を目指して走って行く。
「友也くんのお母さんが教えてくれたんやけど、全国大会は1回戦からインターネットでライブ中継されるんやて。テレビもローカルやBSには、2,3回戦がチョコチョコ映るらしいし、決勝戦は地上波で放送するみたいって!」
「え~何それ恥ずい」
「アンタもいよいよ、有名人やなあv」
「んなわけあるかい」
溜息をつきつつ、かなたは助手席で、持ってきた弁当の包みを開けた。
つやつやと光る米がぎゅっと絞られた三角おにぎりが、行儀よく箱に縦列に並んでいる。右角のほうにはアルミカップに入った柴漬けと魚の生姜煮が一口サイズで入っていた。
少年はまず魚をつまみ、それからその味でおにぎりを食べる。
”…あ”
醤油と砂糖のハーモニーを楽しみながら、ふと彼はぼおっと朝のことを思い出した。
山野家を出る時のことである。
「かなたティッシュは?ハブラシも荷物ん中入れた?」
「持ったよ。まりかこそ、今日は図書館の鍵、家に持って帰ってたりしてないよね?」
忙しく出かけの準備をする2人に対して、祖父母は居間で朝食をとりながら、その様子を眺めていた。
「慌てないでやれば、まだ時間あるんやろ?」と目を丸くする祖母。
そこへ普段はあまり喋る方ではない祖父のかなよしが、珍しく口を開いた。
「お前達、昼はどうするつもりや?」
「昼?ええと、大坂行く前に友達の試合見にいくんやけど、多分その子は勝ち抜くから…まあ車ん中やろな」
「10分ぐらい時間あるか」
「え?」
思わず手が止まる。
しかしかなよしは台所に立つと、炊飯器の中の飯をしゃもじでかき回わしてから、その手に塩をつけて握りはじめた。
「ああ、気にせんでええよ、どっかコンビニで」
と娘が途中で言いかけたが、母親が静かに手で制する。
どうやら一種の気まぐれではないようだ。
さすが長年割烹屋を営んできた主人は、すばやい手つきで形の良いおにぎりを握り、弁当箱へと詰めていく。
「私エンジンかけてるわ。かなた受け取ってきて」
母親が時計を見て、部屋を出て行った。
祖父は最後、藍染めの布に弁当を包み、孫にしっかりと手渡す。
「おーきに、じいちゃ」
「せいぜい気をつけて、繋いでこいよ」
その時だ,かなよしがかなたにしか聞こえない声で小さくそう言ったのは。
繋ぐといえば、まず言葉しかない。
でも気をつけてとは?
“パニクっておかしな言葉繋がないようにせえいうこと?それとも何か…”
いくら考えても、彼の意図するところがわからない。
まして、しりとりファイトを嫌っている祖父がなぜ?
ただそんな悩みの中で頭をぐるぐるさせているうちに、辺りがにわかに賑やかになってきたように感じた。
かなたは窓の外を眺め、すぐに弁当をしまいはじめる。
もう緑の屋根瓦美しい大坂城が見えてきていた。
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