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「あ、山野選手!」
「え?」
「かなた君だわ!」
「へ?!」
状況を把握する隙もなく、一斉にマイクとボイスレコーダーに囲まれた。
まるでガンマンに四方から銃を向けられたように、一気に頭の中が真っ白になる。
「お、やるねえ!」
「どうやら今夜の主役は、お前のようだな」
蚊帳の外で面白がる2人に目で合図するも、次の瞬間には横から「お話いいですか?」と聞かれたので、少年はつい条件反射で「ハイ」と言ってしまった。
学校でもイエスマンなのに、ましてこんな多勢の大人相手ではやはりイエスマンにならざるをえない。
「今回の大会への思い、聞かせてもらえますか?」
「えーと、はじめて、はじめての試合なので、その…とにかくがんばります」
「緊張されていますか。まだ小学生ですものね」
「あ、ハイ、そうですね」
「しかし、しりとりファイト史上、最年少10歳5カ月での全国大会出場です!ご家族の方やお友達は喜んでおられたのではないですか?」
「え!俺、史上最年少なんですか!?」
さっきまで会場の物音にかき消されそうになっていたかなたの声が突然大きくなり、一部のマイクがキーンと音を立てた。
知らなかった、自分がまさかそういうことになっていたなんて!
「あれ、ご存知ない…?」
逆に驚かせられたのはマスコミ各社である。
皆、問われて目をぱちくりしていたが、月刊しりとりファイト編集部のおじさんが教えてくれた。
「今まで小学生の時に全国に来た選手が2人いるんですよ。1人は君と同じチームの安国寺遥さん,もう1人は東京都代表にいる選手なんだけどね、2人とも参加したのは6年生からなんです。だから小学5年生では君がはじめて」
「うそやん、ホンマに!?ホンマあ!?」
一気に頭から湯気が立ち、ボカーン!と噴火する。
それから延々と口から流れる独り言。
「うわあ、なんてこったい!!てか友也!あいつ絶対知っとったわ。も~わざと隠したな~」
これは思わぬタナボタを得たとばかりに、再び取材陣のペンが走った。
明日の記事はもうバッチリだ。
かなたは微笑ましいと笑う大人達に気づくこともなく、しばらくはそこらをピヨピヨ歩き回ったのだった。
結局脳内のマグマを収めたのは、たこ焼きだった。
「せっかくの料理、熱いもんは熱いうちに頂こうや」
「はふ…はふい」
再びトビやんや光と合流し、今度こそ予定通りビュッフェで美味しいものを食べることに。
長テーブルには沢山の料理が並んでいて、和洋中,それに大阪名物のコーナーとデザートブースが別に設けられ、皆で美味しく分けられている。
「どうも、高橋さん!」
「お!チキン野郎、今年も健在だな!」
「かーなっこさ~ん」
「今年は昨年のかりを返す意気込みで来たばい,かかってきんしゃい!」
食べている間、トビやんは色々な人に声をかけ、またかけられていた。
サイエンス問わず、ノーマルやリテラーチャーにも幅広く友達がいるらしい,この愛くるしい変人は、どうやら全国皆の人気者であるようだ。
一方、かなたもまた思いがけなく知っている人を見つけてしまった。
さっきのマスコミ陣が、今度は紫の羽織をまとった殿様風情の男性を取材しているのを見て、キャッ♥と町娘のような声をあげる。
「懐かし~、豊柴名人だ!」
「名人?」
光が首をかしげる。すると少年は焼きそばの乗った皿をテーブルにおいては、尻を振ったり、腕を上げる等して、いきなり踊り出した。
「とよしば・めーじんの・しりとり・とりとり・はっじまるよ〜ん♪」
「…何それ」
「あれ、知らない?!」
2人がドン引きするのを見て慌てて説明付け加えるには、どうやら彼がまだ幼児だった時分,テレビの子ども向けしりとり番組をやっていたのが彼らしい。
「俺が小学校上がった後かなあ?その番組終わって今はあらへんのやけど、あの格好はもう当時のままやねん!」
「はあー、ジェネレーションギャップやなあ」
「豊柴さんは東海地区代表のファイターだ。ノーマル,リテラーチャー,サイエンス全ての代表として出場したことのあるすごい選手で、これも前代未聞の金字塔。今年はサイエンス枠で出てはるから、もしやもすると俺と当たるかもしれん」
「え~、名人と闘いたかった~」
他方、逆サイドには、女性陣に囲まれているイケメンがいた。
細身の体型にブラウンとベージュのツートンヘアー,耳には小さな水色のピアスがキラっと光っている。
しかし彼は、ふと顔をあげた先に親友がいるのを見つけては、周りに丁寧に挨拶し場を抜けてくる。そして颯爽とトビやんの前まできては、一気にショーウィンドウに飾られているようなハンサムから、“ダチ”に戻ったのだった。
「おう、トビ!」
「よう、元気しとったか!」
今までもトビやんは気さくに皆に話しかけていたが、肩組み合って再会を喜んでいるのを見ると、これは並の友達ではないらしい。
かなたが聞けばずばりで、「並どころやない、特盛りや!」と返事が返ってくる。
「沖縄県代表,サイエンスファイターの伊波でいごや。俺と同い歳の高校2年生で、サイエンスじゃ全国2位の好敵手なんやで!でいご、彼は俺のチームの山野かなた君や」
「ああ、史上最年少の!はじめまして、お互いがんばろうね!」
「どうも…」
見た目どころか笑顔もまぶしく、まさに”てぃーだかんかん”だ。
こう小学生にも物腰柔らかいのだから、文句なしにモテモテなはずである。
それでいて全国2位の実力を持っているとは、やはり天は荷物を与えないなんて嘘ではないのかと疑いの目を向けざるを得ない。
ちなみにこちらに突然降ってきた史上最年少の看板は、脇に抱えてなるべく見せないようにしたいのが、シャイボーイの心情である。
「でもうらやましいな!しりとりでこんなに友達やライバルがいるなんて!」
「かなたもこれからそういう人、できるとええな」
「うん!」
仲良く話はじめる2人の姿を見てつぶやいた少年の言葉を、兄貴分の光が優しく受けとめた。
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