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第2話 割烹屋ファイト
夕方5時の鐘がなり業務を終えたまりかは、仲間に一声かけては図書館から出てきた。そして多目的ホールへとやってくるなり、そこにあったホワイトボードを目にしてぎょっとする。
2枚のボードが隙間無く文字という文字で埋め尽くされ、ブラックボードと化していた。そしてその下には、精根尽きはて真っ白になった戦士達の姿が。
「はあ~こりゃこりゃ…」
ボードに近づいては、じっとそれを見つめるまりか。
並びを追って行くと、今日の勝敗が自然とわかってくる。
「友也君の勝ちか。金星取られたな、かなた」
「何で?何でボキャブラリー増やしたのに、勝てへんかったんや!?」
母親の言葉にピンとはねては、いつになく感情的に声を出す息子。
すると死闘を制した友也がようやくにやりと笑い、再び足指で文字を打つ。
「こうげきは ひとつのひらがなだけ」
限られた時間で人と会話するため、友也の返す言葉は短い。
しかしまりかはすぐに意味を察して、子どもに解説する。
「アンタの繋いだ言葉と友也くんの繋いだ言葉を見てみ」
「きた(北)→たけ(竹)→ケニア→あさやけ(朝焼け)…あ!」
かなたの驚く声に、ラップトップの「ピンポーン♪」という効果音が重なった。
「“け”がつくことばはすくないから、“け”でせめればかてる」
「なるほど」
「それに かなたは まいかいおなじことばしか ださない!」
「え!」
次に彼が画面に映し出したのは、棒グラフのデータだ。
驚くべきことにこの年下は、過去の対戦成積から、相手が出した言葉の出現率を分析していたのだ!
それによれば、流石地図帳を眺めるのが趣味なかなただけあって、頻出ワードは地名。手のうちは完全に宮本武蔵に読まれていたのである!
「とはいえ こんかい かなたは ことば ふやしてきて あわてた。でも さいごは いつものぱたーんに もどってた」
「だよなあ~。辞書引いてノートには書くんだけどさ、いざとなったらすぐに頭から言葉が抜けちゃうんだよなあ。うん、ありがとう友也。今日はすごく良い勉強になった」
「ぼくも!またやろうね!」
かなたが友也の手の甲にグータッチをして、2人は今日のファイトを終えた。
ヘルパーの車で家路につくライバルを見送った後、山野親子は傘をさしては降りだした雨の中を歩きだす。
厚い雲に覆われた天上は憂鬱だが、地上は早くも蛙が輪唱している楽しい初夏の夕方だ。何より駅前を抜けた先にぽつんと立つ1軒の店灯りが、彼等を温かく出迎えてくれる。
雨でも元気にはためく暖簾の下で傘をたたむと、かなたはすぐにガラっと引き戸を開けた。
「じいちゃん、ばあちゃん、たくまー!」
そう、ここはかなたの祖父母がやっている割烹屋。
今日はここで家族そろって夕飯を囲む予定になっていたのだ。
「おっ、かなた久しぶり!」
カウンター席にはすでに、彼の父親の山野たくまが座っていた。
福岡に単身赴任しているサラリーマンで、忙しい仕事の合間を見つけては、こうして婿入先の我が家へとやってくる。かなたの八の字眉はもっぱら父譲りのもので、こうして並ぶと知らない人でも一発で親子と見抜ける位によく似ていた。
「おかん、ビール頂戴!」
一方、ここが実家であるまりかは家族再会の喜びをアルコールに託す。そうして飲みながら、さっきの一戦を夫や母に意気揚々と話はじめた。
「見たらもうホワイトボードが一面ブラックボードに」
普段からよく喋る方だが、酒としりとりが入った時はなお更熱がこもる。話は大いに脚色され、盛られては聴衆の前に肴として出されていった。
もっとも負け試合を講談師のように語られてもかなたはちっとも楽しくないのだが、これは仕方がないものだと黙って活け造りにされてやる諦めの良さは持っていた。
なぜならそれがしりとりファイターとしての性であるから。
「あーあ!あんなすごいの見とったら、うちもファイトしとうなったわ!」
するとそこへ丁度よく扉が開き、近所の常連客達が顔を出した。
いや、常連客兼ファイターが。
「何やてまりちゃん、しりとりだって?」
「おっしゃ、今日こそわしが勝ったるわ!」
そう、しりとりファイトは何も子ども達だけのものではないのだ!
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