第2話 割烹屋ファイト

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かくして小さな割烹屋は、あっという間にファイター達の戦場と化した。馴染の客はもちろん、通りすがりの観光客ファイターもあいまみえ、各テーブルで1対1の攻防戦がはじまる。 「えだま(枝豆)」 「(目刺)」 「キャハハ!かかったわね、・お・か・(塩辛)!」 「うう、それを言われちゃもうメニューがねえ…」 まりかはすっかりできあがったテンションで快進撃を続け、 「コアコンピタンス!」 「え?何、箪笥?」 たくまもまた、優しそうな好青年だと油断して近づいた相手を、得意のビジネス用語でどんどん飲みこんでいった。 実はまりかは元奈良県大会,たくまは出身地・埼玉の元県大会優勝者で、お互い全国大会の一歩手前まで行ったことのある、れっきとしたしりとりファイターだった。 無論、そんな2人の息子であるかなたも親の血を受け継いだ筋金入り。 学校のクラスの評判はからっきしだが、ここらの界隈ではすでに噂の的なのであった。 「いやあ、かなたくんホンマすごいわ。おばちゃんまいったわ」 「なあ、まりかさん。そろそろ息子さんを県大会に出してみたらどうや?」 「え?」 「あれは10歳からいけるやろ」 しりとりファイトの大会は多岐に渡る。 子ども向けのジュニア大会や高齢者が認知症防止のためにはじめたシルバー大会,女性限定の女王杯や外国人のための留学生杯など様々だが、巨軸の大会は1年に1度、「全日本しりとりファイト協会」が主催するシニアの全国大会だ。10歳に達したら誰でも参加が可能で、県の予選大会をくぐり抜け、地区大会を制すれば、晴れて全国デビューの切符を手にすることができる。 「そうね、うちとたくまは地区大会敗退やったけど、かなたならもしかすると全国いけるかもしれん」 「え~?」 言われた息子は、例の眉をさらに急カーブさせ、おつむのてっぺんで悩んだ。 確かに過去にはジュニア大会にも1回参加したことはあるが、たいした成績は出せず、参加賞の鉛筆だけをもらった記憶がある。 「お前がやりたいって思うなら、どんどんやってみればいいよ」 「たくまも…。うーん、やりたい気持ちがないといえば嘘になるけど」 友也との戦いも楽しい。楽しいが、他の相手とも対戦してみたくないわけがなかった。 ”でもシニア大会なんて強い人のためのものやし、そんなの出たってどうせ…” するとその時厨房の奥で静かな、しかし底に響く声が辺りを貫いた。 「くだらん、やめておけ」
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