第3話 シニア大会 奈良予選!

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決勝戦のキックオフは午後2時から。 今度はパニックにならないよう、ひとまず喫茶店でしっかりと腹ごしらえ,チーズたっぷりのピザトーストを腹に収め、次の戦いに備える。 ところが、せっかく美味しいものを食べてリフレッシュした後、何とも後味の悪い挑発を受けることになってしまった。 「おい、お前、次の試合でるやろ」 「出ますけど…」 決勝前、トイレの洗面台で手を洗っていると、高校生ぐらいの大柄の男が話しかけてきた。こちらが小学生だと侮ってか、いっちょ前に見下した言葉を投げてくる。 「ちょっとぐらいとびぬけやがってな、生意気なんだよ」 「……」 「次の決勝じゃ、泣いて帰るんだな。オムツでも履いてこいよ」 相手はトイレから出た後も、帽子をかぶった小柄の女性にわざとぶつかったりして、四十嫌な雰囲気を振りまいていた。 かなたはしばらくむすっとしたまま、奴の背中が決勝の会場に入っていくのを見つめていた。 「奈良予選大会、決勝戦を開始します!レッツしりとりファイト!」 いよいよ運命の一戦がスタートだ。 駒を進めた12人の精鋭達が、今度は仕切り取り払われた体育館の中央に円形に座り、言葉を繋いでいく。 ここを勝ち抜いた2名が奈良代表として、次の近畿Bブロック地区大会へ参加することになる。 例の男は、かなたより5つ離れた右側の席に座っていた。 決勝戦は高齢の選手がやや言葉を聞き取りづらいということで、はっきり発音することが選手達に求められたが、それ以外のルールは通常通りだ。 「そう(倉庫)」 「」 「ラブ」 流石決勝進出者だけあり、各人の表情は落ち着いていて余裕があった。そして、さっきまでの予戦とは明らかに異なる方向へ試合は向かっていく。 “サル…パイナップル…ははあ、やはり” 2階席で友也が、自動的に拾い上げられてくるパソコンの文字を眺めてうなる。元県代表のまりかも腕を組んだ。 「やっぱり “る”攻めで来たか」 「“る”攻め、ですか?」 しりとりファイトは素人である友也の母親が顔をあげた。 「ええ。最後が同じひらがなで終わる単語を言って、相手に繋がせる方法を「“○”攻め」って言うんです。振られた方は毎回同じひらがなではじまる言葉を探さなければならないので、出し尽くすと回答が出来なくなり脱落していく」 「なるほど、つまりは消耗戦ってことですね」 「特に“る”や“ぬ”,“け”等は単語数が少ないから、よく攻めに使われます。あと、さっきの予選グループはその戦い方に執着する人がおらへんかったからそうならんかったけど、一人そういうのをやりはじめると他の人も倣い始める傾向がある。これはかなり落ちていきますわ」 まりかの予測通り、決勝戦は中華鍋のごとくあっという間に火の通りが早かった。 大男を含む数名が横の選手を「る」攻めの食い物にしていき、1人、また2人と折れて行く。 かなたは先日友也に"け"攻めにあっていた経験から、ある程度体勢は強化してきたつもりだ。しかし、かといって予選のような地名で特点を稼ぐ暇もなければ相手に引導を渡してやるようなひっかけた繋ぎを探している間もない。 ただ時間切れしそうになり慌てて言葉を繋ぐだけである。 「畜生!」 また一人、いらだちまぎれに席をたった。 いよいよかなたと大男の間は空席になり、場にいるのはもう残り3人となる。 この中からあと一名脱落すればその時点で決着がつく。自分と男,あと一人は黒い帽子をかぶった…。 "あれ?” 目を止めるなり、すぐにかなたにはわかった。 自分が奴に絡まれた時に、廊下でぶつけられていた女の子だ! その時は怯えたように縮こまっていたのがどうだろう、今や分厚い眼鏡の奥にあるのは自信に満ちた瞳だった。 ニコッ 「?」 ふと彼女は自分が見られていることに気がついたか、同じ様にかなたを見返しては、口元に笑みを浮かべてくる。 確かにこちらに合図してきていた。 「カンガー」 「ナイ(川)」 やがてかなたへの直接的な“る”の洪水が降り注いでくる。 流れは大男→かなた→女の子→大男の順で流れていた。 「リバーシブ」 「……」 いよいよかなたがとまる。 沈黙があたりを包んだ。 もし言えなければ、試合は決着する。 “留萌(るもえ)、ルワンダ…全部出した。あとは何?何の”る“が…" 3、2… 審判の指折りカウントが減っていく。 ”!” すると、ふと頭にさっき相手が言ったナイルの文字がぱっと浮かんだ。 「クソー!」 すると女の子もよくぞ!とばかりにパチンと指をならして、声高々に。 「!」 「え?」 大男はあっけない声をあげて身を乗り出した。 さっきまで相手に飲ませていた“る”の濁流が勢いよく逆上しては襲ってきた! 「は?え、ルーレット…」 何とか返すも、今度は”る”をつけない凡ミス。 威力のなくしたボールはかなたの「トルコ」を経由して女の子の「コートジボワール」となってまた帰って行く。 不思議な感覚だった。 まるで女の子との間のしりとりは、もはや攻撃ではなくパスと化していた。 「うっ…」 結局、散々相手を“る”で苦しめた男だったが、最後は自分に振りかかってきた大量の“る”に沈没し、 「…ダメだっ!」 強く拳でイスを叩いた瞬間、闘いを見守っていた観客達が一斉に歓声を上げた。 「やったあ!」 2階席では、まりかが田中親子と共に抱き合って喜ぶ。 ようやく緊張の舞台から降りることを許されたかなたはそれを見て、心の底からほっとした。 「お互い、おめでとさん♪」 終了後、女の子が既に仲間の顔となっては少年に近づいて来て、手を差し出してくる。 「アンタとは仲良うできそうや!これから一緒に地区大会がんばろうな!」 「はい!」 2人はがっしりと握手する。 よく見れば、中学生ぐらいの華奢な女の子だ。 「ところで、ル何とかルって何なん?」 「ルクソール。エジプトの都市で、神殿遺跡が残っています」 「そうなんや。あとトルコからのコートジボワールって流石やろ?褒めて褒めて!」 ただ大人しいと思っていた風貌はすぐに壊れ、喋りはじめたら、まあ止まらないわ止まらない。かなたはその饒舌に圧倒されながらも、言葉を交わした。 「俺様の“る”攻めが破られるとは…」 一方の男は、まだ納得がいかない様子で、未練がましそうに2人の周りをうろうろする。 その様子に呆れた彼女が、ビシっとその額を指さして言った。 「“る”攻めをする時はな、自分も言葉のタンクを満杯にしておくことが必要や。わざと責められているふりして、後で“る”を流し返す戦術はプロの常套手段!だいたいアンタ、見た目でファイターなめすぎ!」 「何やと、この!新参者のくせに!」 「はあ、そら確かに奈良大会はな、はじめて参加したわ」 すると彼女は帽子と眼鏡をはずした。 肩にストレートのピンクの髪がかかる。 瞬時に、男の顔色が変わった。 「お前、確か大阪の…!」 「あらアンタ、去年の全国見にいったん?」
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