【本編1-1】足りない既読

2/5

523人が本棚に入れています
本棚に追加
/114ページ
 何人かから打診を受けてもいたが、決定後に個人的な取引に応じてペナルティでもあってはたまったものではないので、すべて断った。というか、あまりにも打診が多かったので、逆に誰か一人の依頼に応じたら後が怖いと思っていたのもある。  取り立てて「御曹司」に興味がない自分なので、代わってあげられるものならぜひとも代わりたいという気持ちは一杯であったが。  しかしそれもこれも、この雨ですべて無に帰した。  おそらく、今朝の早い段階で、この日のために参加者で作ったアプリのグループトークで相談がなされ、中止は決まっていたのだろう。  それを確認できなかったがために、わざわざ待ち合わせ駅まで豪雨の中出て来ることになってしまったのだ。 (帰ろう……)  ちらりと渡ってきた横断歩道の方を見ると、赤、青、ピンク、透明、紺、と色とりどりの傘がいっせいに動き出したところだった。  行かないと。 傘を開こうと手をかけ、最終確認の為、辺りを見回す。  そのとき、つばのある帽子をかぶった、赤ベースにチェック柄のシャツを羽織った男性が、帽子を手でおさえつつ、シャツの裾をさっと翻しながら近づいてきた。  男性は、目の前で足を止め、ちょっと帽子を持ち上げるようにしながら顔をのぞきこんできた。 「佐伯さん……。佐伯凛さんですよね。営業二課の」  なじみのない声だが、顔は知っている。  シャツにジーンズという、あまりにも普通の服装で気付くのが遅れたが、よくよく見ると足はすらりと長いし肩は意外に広いし、顔は文句なく整っている。 (御曹司……!)
/114ページ

最初のコメントを投稿しよう!

523人が本棚に入れています
本棚に追加