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切れ長の瞳を細めて、にこりと口元に笑みを浮かべた彼は、耳に心地よい穏やかな声で言った。
「既読が一人足りなくて」
肩にひっかけていた革のショルダーバッグを開けて、ペールブルーのブック型のカバーがかかったスマホを差し出してくる。
「これ、昨日、会社のデスクに忘れて帰りましたね?」
「……はい」
致命的なミス。
休みの前日に、よもや会社にスマホを忘れてしまう、という。
そのせいで今日のレクリエーションの中止連絡も確認ができなかったのだ。
既読が一人足りなくてとは、まさしく。
差し出されたので受け取りながら、凛は噂の御曹司の顔を見上げる。
口をきいたことは数度しかなかったが、近づいてみて実感したのは背が高いということ。それでこの甘い顔立ちなら、女子社員も騒ぐなぁ、と他人事のように考えてしまう。
「ありがとうございました」
御曹司、と噂で呼ばれている印象が強いせいで、咄嗟に名前が出てこない。社長の息子だから、社長と同じはず、と記憶をたどる。
「時任さん」
凛より三年遅く入社しているので、後輩である。自分の部署の後輩には「くん」で呼ぶこともあるが、なんとなくどう呼べばいいかわからずに、スタンダードに「さん」で呼んでみた。
時任は唇の笑みを深めて「どういたしまして」とそつなく返してきた。
「ええと……。中止を伝えて、これを届けるためにここで待っていてくれたんですよね」
間抜けな確認だとわかっていたが、念の為聞いてみる。
「他に伝える方法がなかったので」
凛が手にしたスマホにちらりと視線を落として、面白そうに言われてしまった。
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