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たとえば今日。
「ずっと前からレストラン予約していたんだけど、別れちゃって。彼女の誕生日です、って言ってサプライズケーキとかお願いしていたから今さらキャンセルもしづらくてさ。凛が予定空けてくれて良かった」
人好きのする柔らかな笑顔。
甘えられているなあ、と思いつつ凛は飲み終わったコーヒーのマグカップを持って席から立ち上がる。そのマグカップを、昴が横からさっと奪い取った。
「俺が下げてくる」
「いいのに」
凛の言葉に耳を貸すことなく、身を翻して背を向け、返却口へと大股に歩いて行った。
昴は、元からよく気が付き、率先して動くようなところがある。家族に対してもそのそつのなさはいかんなく発揮されていて、母親にも姉でもある凛に対してもごく自然に優しい。
弟ながらに、この容姿でこの性格ならそれはモテるだろうと凛としても思うのだが、実際に彼女の途切れた期間はないようだ。実家を出てから、生活圏はさほど離れていないものの、暗黙の了解で別々に暮らしているのはその辺の事情もある。
それでいて、肝心なときには相手がいないようで、こうして姉を頼ってくるのだ。
――誰か他に、昴に誘われたいひといるんじゃないの? 別に私じゃなくても。
以前それとなく聞いたら、昴には即座に却下された。
曰く、「付き合っていない女性にそういう曖昧なことをすると、『次は自分が』って期待されて、変な空気になるから。下手に弱みは見せられない」とのこと。
モテる男なりに、自分の中で何らかのルールがあるらしい。
「お待たせ。すぐそこだから。今から歩いていくと、予約の時間にちょうど良さそう」
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