【本編1-1】足りない既読

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「それは……、なんとお礼を言って良いものやら」  若干緊張しながら言うと、時任は微笑んだまま口を開く。 「営業の社員がスマホを置き去りにして、人に預かられるのはちょっといけないですよね。情報流出の恐れもありますし」 「はい」  にこにことしているが、暗に注意されている。 「社内の人間で良かった、ということでもないですよ。同じ会社だからって、味方ばかりとは限りません。社内政治もあるし、外部から手土産持参を前提のヘッドハンティングがきている社員もいるかもしれませんし」 (いやいや、さすがに社長の息子は同業他社に引き抜きなどされるわけが)  そもそも、一社員から個人情報抜かなくても、見ようと思えば社内の情報など、なんでも見られる立場ではないだろうか。そこは冗談かもしれない。  とはいえ、社内政治という言葉には若干胃が締め付けられる。  凛自身は出世にそこまで固執していないので鈍感で通しているが、御曹司を取り巻く人間関係はそれなりに複雑だろうというのは想像に難くない。 「以後気を付けます」  後輩に怒られてるなあ、と思いつつ凛は神妙に言ってみた。  それから、引き際について考えてみる。本来なら何か軽い御礼でもしたいところだが、なにぶん身体はずぶ濡れで、お茶やランチに誘える状態ではない。  ならば後日会社で、とは思うものの、レクリエーションが流れてしまったのに親睦を深めているのを周りから変に勘繰られたくはない。そもそも彼も、自分とのランチなどは望んでいないだろう。 (無難にブランドのハンカチでも買って渡そうかな。ハンカチって異性に贈っても特別な意味にはならないよね……?)
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