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【本編2-5】痕
「あれ、鍵。鍵が出てこない……」
マンションに着き、凛が部屋の前でバッグの中をごそごそと漁っている間、昴は「大丈夫?」と小さな声で言いながら行儀よく待っていた。
「あったあった。ごめん、お待たせ」
「うん。じゃあ帰ろうかな」
鍵を開けて振り返ると、昴はあっさりと身を翻して背を向けていて、凛は慌ててその腕を掴む。
「もう遅いよ。上がっていって」
「それどういう意味? 泊まっていけってこと?」
廊下の白々としたライトの下、昴に小首を傾げて尋ねられて、凛は一瞬言葉につまる。
(弟だし)
すぐに自分に言い聞かせて、掴んでいた腕を引いた。
「姉弟で何かあるわけでもないし、明日朝帰りがしんどくなければ電車動くまで休んで行って。さすがに今から帰れって言うのは」
「俺男だし、夜道平気だけど」
「そうかもしれないけど。何があるかわからないし、やっぱり心配だから」
昴は曖昧に微笑むと「玄関先で立ち話は不用心だね」と言ってようやく中に入り、後ろ手で鍵をかけた。
狭い玄関で、昴の長身は圧迫感がある。
(時任さんもうちに来たらこうかな……?)
なんとなく、あちらの家で過ごすのが習慣になりつつあり、まだ部屋に招いたことがない。
「昴には引越しを手伝ってもらったから、前にも来てもらったことあるけど、『彼氏』はうちに来たことがないんだよね」
凛は廊下に踏み出しつつ、くすりと笑って肩越しに振り返る。
「付き合い始めなの?」
靴を脱いで後に続いてきた昴に、穏やかな声で確認された。
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