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自分の中で結論付けて、どうにかこの場での別れを切り出そうとしたが。
「車で来ているんですけど。近くの駐車場に置いてきたので、こちらまで回しますね。横断歩道では拾えないので、五分たったらあの辺に立っていてください」
時任に駅から少し離れた場所を手で示されて、思わず目を瞬いてしまった。
「車……?」
問い返すと、表情らしい表情もなく見下ろされる。
「そんな濡れた服で電車に乗って帰ります? 他に手段がないならともかく、車で来ている以上送りますよ」
「いや、でも車のシート濡らしちゃいますし。電車はそんなに混んでないと思いますし、座らなければ周りの迷惑にも……」
早口で言っている間に、時任は言葉もなく羽織っていたシャツを脱いで、凛の肩にかぶせてきた。ふわりと温もりに包まれる。
何をと焦って聞く前に、黒のロンT姿になった時任が身体を折って耳元に口を寄せて来た。
「下着、透けてますけど」
何も言い返せないで固まった凛の肩に、ごく軽く指先で触れて「いってきます」と言いながら、ほんの少し弱まった雨の中に走り出して行った。
(このシャツも濡れて……、クリーニングして返さないとだめかな~っ)
常識的に考えれば、たぶん。
ありふれた形に見えたのに、彼のスタイルを引き立てて見せていたシャツはおそらくブランド品。幾らのものかわからないが、自分で洗濯するのは少し怖い。アイロンもここまで完璧にはかけられないし。
正直、ちょっと困ったな、と思ったところで爽やかな柑橘っぽい香りが襟からたちのぼる。
(御曹司、香水つけてるんだな)
ごくささやかな、あるか無きかのその香りに、安らぎと同時に落ち着かないものを感じて、そんな自分自身に戸惑ってしまった。
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