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【本編2-12】弟から彼氏へ
――こんにちは。出ると思ったよ、「時任さん」。ねえ、ちょっと二人で話そうか。凛から離れて。
スマホ越しに聞こえたのは、ぞくりとするような低音の美声。
時任は、凛に「すみません。ちょっとベランダに出て話します」と断ってから、窓の外へと出て、後ろ手でガラス戸を閉めた。
狭いベランダは、一面の夕陽に染まっている。
一人暮らしだけあって、さすがに外に洗濯物を干すことはないのだろう。ベランダ用のサンダルなどはなかったが、排水溝に落ち葉やゴミが溜まっていることもなく、時々掃除をしているらしい生真面目さが伺えた。
「離れましたけど、何か聞かれたらまずい話でも?」
――うん。もう察してるでしょ、彼氏。いつから付き合っているのか何回しているのか知らないけど、中出しさせてもらえないの、可哀そうだね。もしかして凛はあんまり本気じゃないのかな。
煽り。
軽く目を見開いて、時任はスマホを持ち直した。
「まさか本当に盗聴器があるんですか、この部屋。可愛い凛さんの声を『他の男』に聞かせる気はなかったんですが」
すぐにそれ専用の道具を買ってきて、念のため部屋の中を調べよう。
そう決めて、返事を待つ。
凛の弟の「昴」は、スマホの向こうで軽やかな笑い声を立てていた。
――あれ、キスマークだよ。俺がつけたの。凛は俺のこと警戒していないからね。今後も近づき放題だし。もちろん、「時任さん」が凛に何か言っても無駄だよ。うちは姉弟仲良いから。下手に俺の悪口なんか凛に吹き込んだら嫌われちゃうよ。そうだ、「時任さん」知ってる? 姉弟でもセックスできるって。
直に耳にあてて聞くには、甘すぎる毒のような声。
快感じみた悪寒に脳髄を犯されるような痺れ。
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