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「――ところで、絢乃タンたちもデート?」
この日のわたしのコーデは、七分袖のTシャツに珍しくチノパンを合わせ、その上から大好きな淡いピンク色のロングカーディガンを羽織っていた。もちろん、貢から贈られたネックレスはこの日も身につけていたけれど。
清楚系フェミニンコーデが多いわたしにしてはかなりカジュアルダウンした服装だったけれど、彼と一緒にいたから唯ちゃんも「デートだ」と思ったのだろうか。
「うーん、デートといえばデートかな。もうすぐ彼のお誕生日だから、今日はこの後材料とか買い込んで彼のアパートで早めにお祝いするの。わたしの手料理でね」
「プレゼントも頂いたんですよ。今日は絢乃さんがカレーを作って下さるそうで、僕も楽しみにしてるんです」
「へぇーー、いいなぁ♡ ちょっと早いけどお誕生日おめでとうございます☆ でもさぁ、彼のお部屋でお料理するとかって、なんか新婚さんみたいだねー」
「…………ブホッ」
唯ちゃんが最後に投下した爆弾で、貢は盛大にむせた。……何もそこまでうろたえなくても、とわたしは思ったけれど。
「……あっ、ゴメンなさい! あわわ、わたし何か悪いこと言っちゃいました!?」
「……………………いえ、大丈夫です。すみません、取り乱してしまって」
慌てて謝る唯ちゃんに彼が「何でもないですよ」という感じで答えたので、わたしには彼が動揺していた理由を知ることができなくなった。
やがて、唯ちゃんのスマホに〝コウスケさん〟から電話がかかってきて、唯ちゃんは「わたし、もう行くねー」と言い残して席から立ち上がった。
「じゃ、デート楽しんでくるから絢乃タンたちも楽しんでね☆ バイバ~イ♪」
「うん。またね、唯ちゃん」
――唯ちゃん一人がいなくなっただけで、わたしたちの周りはまるで嵐が過ぎ去ったみたいに静かになった。何だかよく分からない気まずさが残り、何となくいたたまれない空気にわたしは落ち着かないでいた。
「……さて、食材とケーキ、買いに行こっか。カレー作りにじっくり時間かけたいから」
「ですね。絢乃さんの帰りが遅くなったら大変ですし」
「…………うん、そうね」
正直なところ、貢の返事にわたしはちょっと不満だった。
せっかく彼氏の部屋へ遊びに(厳密に言うと〝遊びに〟ではなかったけど)行くのに、どうして早く帰らなきゃいけないの? 「今日は帰したくない」まで言わなくてもいいけど、せめて「ゆっくりして行って」くらいのことは言ってくれてもいいんじゃないの? わたし、そんなに子供じゃないよ?
……でも、喉元まで出かかったこれらのセリフを、わたしはグッと飲み込んだ。言えば彼を困らせてしまうと分かっていたから――。
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