二人の間を隔てるものは……

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 ――ショッピングモールに入っている高級志向のスーパーでカレーの材料となる野菜と牛肉・カレールウ(甘口)、そしてチョコレートケーキを買い込んで、わたしたちは代々木にある貢のアパートへと引き返した。 アパートは築二十年くらいのコンクリート造りで二階建て。外観は代々木という土地に合わせてモダンな造りになっている。 「――うわぁ、(かたまり)の肉がゴロゴロ入っているカレーなんて僕初めてですよ! 楽しみだなぁ! ……ところで、リンゴは何に使うんですか?」  彼の部屋は二階。外階段を上がりながら、重いエコバッグを提げた彼がしきりにはしゃいでいた。 「リンゴはねぇ、すりおろしてカレーの隠し味に使うの。今日あのスーパーで買ったルウにはリンゴが入ってないみたいだったから」  わたしが子供の頃から食べ慣れている、我が家のシェフお手製の甘口カレーには隠し味にすりおろしリンゴが使われていて、この日は彼にもその味を再現してあげたいと思っていたのだ。 シェフはルウから手作りしていたけれど、わたしは既製品のルウを使うことにした。ちょっと手抜きしているようで、わたし個人はちょっと彼に申し訳なく思っていたのだけれど……。 「ああ、なるほど。母のカレーも昔から、リンゴとハチミツ入りの市販のルウを使ってましたよ」 「ああ、あのシリーズね? わたしも里歩のお宅でご馳走になったことあるよ。あれって甘口だけじゃなくて、全体的に甘めのイメージだけど」  某有名食品メーカーから発売されている超ロングセラー商品のことだ。 「ですよねぇ。でも今日は、絢乃さんお手製のカレーが食べられるのですごく楽しみです」  彼は屈託のない笑顔でそう言って、玄関の鍵を開けた。    * * * *  ――貢の部屋はワンルームだけれど、ちゃんとしたユニットバスも付いていたし、Wi-Fi(ワイファイ)も完備されていた。そしてA型の彼らしくきちんと整頓されていた。  極めつけは、調理道具が充実していたこと。貢曰く兄の悠さんが持ち込んだものらしいけど、圧力鍋まであったのにはわたしもさすがに驚いた。  わたしたちはお部屋の中央に置かれていた座卓に座り、彼のお誕生日を二人きりでささやかにお祝いした。  彼はカレーもケーキも美味しそうに平らげてくれて、作った側としても大満足だった(できればケーキも手作りしたかったけど、そこまでの時間がなかったのが残念!)。 「――ところで絢乃さん、卒業後の進路はもうお決まりなんですか?」  どういう流れからそうなったのか、食後の話題はわたしの高校卒業後の進路に及んだ。 「うん、もう決まってるよ」 「進学されるんですか?」 「ううん、大学には行かないで、このまま経営一本でやっていこうと思ってるの。ママには『進学して本格的に経営を学んでもいいんじゃない?』って言われたんだけど、わたしやっぱり会社が好きだから。学ぶなら現場でバリバリ仕事しながら学びたくて」 「そうなんですか……。まあ、入社するならまだしも、経営陣のトップに学歴はあまり関係ないですからね。絢乃さんさえよければ僕は反対しませんが」  貢はわたしの考えに理解を示してくれた。彼に打ち明けてよかったと、わたしも安堵したのを憶えている。  ちなみに、里歩は卒業後は体育教師を目指して大学に通っていて、アニメ好きの唯ちゃんは専門学校でクリエイターを目指すべく勉強している。二人とも、夢に向かって自分の道を歩み始めたのだ。 「あ、それとね、わたし早く結婚したいの。できれば高校を卒業したらすぐにでも。パパを早くに亡くしたでしょ? だから、早く新しい家族がほしいの」 「結婚…………ですか? それって」 「今のところ、お婿さん候補は貴方だけだね、貢」 「そう……ですよね」  この時彼がどうして困ったような顔をしていたのか、わたしには知る由もなかった。
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