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「ああ、そんな時期なんですね。で、行き先はどちらなんです?」
「韓国だって。ソウルと釜山回るらしいよ。あ〜、わたしも行きたかったなぁ。韓国語ペラペラなのに」
「……えっ!? 絢乃さん、韓国語も話せるんですか?」
「うん。――『こんにちは。わたしの名前は篠沢絢乃です』」
韓国語で簡単な自己紹介をすると、彼は「スゴい……」と舌を巻いた。
「僕なんか、英会話しかできませんよ。それも、英会話スクールで習ったような日常会話レベルしか」
貢が落ち込んだのもムリはなかった。わたしはオフィス宛てにかかってきた海外の企業からの電話に、ペラペラのビジネス英会話で応対したことがあったのだ。しかも、彼のいる前で。
「はいはい、そんなに落ち込まないの! 貴方には他の取り柄がちゃんとあるんだから! そうやってわたしと比べて卑下するの、貴方の悪いクセよ」
「はぁ」
彼の「はぁ」は果たして返事だったのか、ため息だったのか。
でも、わたしは初めての出張で、しかも初対面の人に会うのに彼が一緒だったことが何より心強かったから、すごく頼りにしていた。
けれど、わたしはこの時はまだ知らなかった。この旅の途中で、彼トラウマを知ることになるなんて――。
* * * *
篠沢商事・神戸支社のビルは三宮の市街地に建てられていて、しかも新築だった。東京丸ノ内にある本社ビルよりもピカピカ。わたしは密かに、いつかはこっちに本社を移転しようかな、なんて考えていた。
JR新神戸駅で下車したわたしたちはまず元町にあるホテルにチェックインし(移動手段はタクシーだった。経費で落とせたからよかったけど)、それから支社に向かった。
支社長の川元隆彦さんはまだ三十代半ばの若さで、同じ兵庫県の淡路島出身なんだそう。
「――会長、秘書の桐島君はなかなか優秀そうですね」
「あ……、ありがとうございます」
「いえいえ! 僕なんかまだ秘書歴半年にも満たない新米ですから。まだまだ会長の足を引っ張ってばかりで」
ここでも貢は自分を蔑むクセを発揮していた。彼はどうして、好きな女性によく思われたいと思わなかったのだろう……? わたしは頭の中に?マークを飛ばしながらもどうにか視察を終え、夕食の時に彼とじっくり話がしたいと思った。でも、彼との会話もままならないどころか取り付く島もなく、悶々としながら自分の部屋でシャワーを浴びていた。
「…………あ~~もう! これじゃ埒あかない! こうなったらもう、助けてスイーツ!」
髪をブローしながら叫んだわたしは、ドライヤーのスイッチを切るとそのままの格好(部屋着の白い半袖Tシャツにハーフパンツ、下にはレギンスも穿いていた)でサンダルを履いてホテル一階の売店へ直行した。
二人の共通の話題はスイーツだ。というわけで頼みの綱にとバニラとイチゴのカップアイスを一個ずつ買い、泊まっていたフロアーに戻ると彼の部屋の呼び鈴を鳴らした。
時刻は夜九時過ぎ。……貢、まだ起きてるかな?
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