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「…………はい? どうされたんですか、こんな時間に」
「あ、あのっ! 下の売店でアイス買ってきたから一緒に食べようと思って! 入っていい?」
「アイス……って、ダメじゃないですか! こんな夜遅くに男一人の部屋に来ちゃ!」
わたしが持っていたカップアイスの袋に、彼の表情は一瞬緩んだ。けれど、年頃の女の子が夜這いみたいなことをしようとしているのが気に入らなかったらしく、すぐに眉をひそめた。どうも、そのせいで何か間違いがあったらどうするのかという心配をしていたらしい。
「大丈夫! 食べたらすぐ自分の部屋に戻るから! 貴方とじっくり話がしたくて来たの。ね、いいでしょ?」
それでもわたしは構わずにまくしたてた。彼が押しに弱いことを知っていたから、というのもあったけれど。
「…………分りました。どうぞ」
結局、彼は渋々ながらわたしの入室を許してくれた。
シングルルームの小さなソファーに彼と横並びで腰掛け、わたしはビニール袋から二つのアイスクリームを出してテーブルに並べた。もちろんスプーンももらっていたあたり、抜かりはない。
「チョコアイスが売り切れてたから、バニラとイチゴにしたんだけど。どっちがいい?」
「じゃあ……バニラの方で」
わたしは残ったイチゴアイスをもらい、二人で食べ始めた。
「絢乃さん、もしかして湯上りですか?」
「うん、シャワーだけで済ませたけどね。貢は?」
「僕もです。これから今日の報告書をまとめようかと」
「……そう」
普段はスイーツを食べながらだと会話が弾むのに、この日は会話が続かなかった。
「わざわざすみません。僕のためにアイスまで買って頂いて」
「言っとくけど、一個三百円のカップアイスでそんなに恩に着られても困るからね?」
「……………………」
彼は無言で頷いた。わたしは「さ、三百円!?」というリアクションを期待していたのだけれど……。彼は明らかに、わたしとの間に見えない壁を作っているように思えて仕方がなかった。
ちなみに、普段わたしの部屋着はワンピースなのだけれど、この時は出張ということでこうなった。家の中ならまだしも、ルームウェアのワンピースでホテル内をウロウロしたくなかったからだ。
何だか気まずい雰囲気の中、二人はほとんど目を合わせることなくただアイスクリームを食べ進めていた。
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