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雨降れば……
――神戸出張から戻って以来、わたしは貢の前で上手く笑えなくなってしまっていた。笑っているつもりでもどこかぎこちなくて、顔合わせればギクシャクしてしまう……、そんな感じ。
そんなわたしの癒やしになったのは、親友二人が送ってくれた修学旅行の写真と韓国のお土産だった。
里歩は、唯ちゃんと貸し衣装で朝鮮王朝の王族の装束を着せてもらった時の写真も送ってくれた。ドラマで観る王妃さまみたいで、二人ともよく似合っていて可愛かった。
神戸であんなことになるくらいなら、わたしも修学旅行に参加すればよかったな……。
彼はというと、それまでとそう変わらず秘書の仕事をバリバリこなしてくれていたし、〝恋人〟としてなら普通にわたしに接してくれていたけれど、結婚の話題はあからさまに避けるようになっていた。
彼は本気で「わたしとは結婚できない」と思っていたようで、知らぬ間に築かれてしまった見えない壁は、わたしが思っていた以上に大きかった。
――それから三ヶ月ほどが経った十月のある日、放課後に出社しようとしていたわたしのスマホに母からメッセージが来た。
〈絢乃、お疲れさま。
桐島くんは今日、有休取ってます。秘書の仕事は小川さんが代わってくれてるのでよろしく。
迎えには寺田をよこすから安心して出社するように〉
「――桐島さんが、有休? そんなこと、わたしには一言も」
わたしが気に入らなかったのは、彼が急に有給休暇を取ったことではなくて。直属の上司であるわたしには何の連絡もなく、母にその旨を報告したことだった。
彼も社員なので、有給休暇を消化する権利は当然ある。だからそれはいい。でも、それにはボスへの報告が不可欠なのではないだろうか? ましてや、彼は秘書なのだから。
「なに? どしたの絢乃」
わたしがよっぽど険しい顔をしていたせいだろうか、里歩と唯ちゃんが心配そうにわたしの顔を覗き込んできた。
その頃には里歩は部活を引退していたし、唯ちゃんの所属していた同好会は元々活動が自由だったので、二人とも教室に残ってのんびりしていたのだ。
「絢乃タン、めっちゃコワい顔してるよー? どったの?」
「うん……。ちょっとね、桐島さんが急に有休取ったってママから連絡あったもんだから」
「えっ、桐島さんが? 反乱起こしたって?」
里歩はそう言った後、唯ちゃんと顔を見合せた。二人とも、彼の勤勉さはよく知っていたから、急に休んだことをそう解釈したい気持ちはわたしにもよく分かったけれど。
「反乱って……、そんな大ゲサなもんじゃないけど。それだけじゃなくてね――」
わたしは思い切って、神戸出張の後から彼の態度がよそよそしくなったことを二人にも打ち明けた。
その原因が、育った環境に格差があるせいで彼がわたしとの結婚に尻込みしていることらしい、とも。
「わたしのことは好きなんだって言ってくれたけど、だったらどうして結婚できないって思うの? お付き合いはできても結婚はムリってどういう理屈?」
二人にグチっても仕方ないと分かりつつも、わたしはこぼさずにはいられなかった。
「大体、〝格差〟って何なのよ。わたしは全然そんなの気にしてないのにあの唐変木っ!」
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