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『いえ、本音でお答え下さってありがとうございます。僕自身、この話の返事をもう二ヶ月も引き延ばしているので……。先方さんからは「急いで考える必要はない」と言われたんですが、さすがにそろそろ返事をしないとマズいかな、と』
「…………」
『というか会長、今お仕事中ですよね? すみません、話が長くなってしまって』
……どうして貴方が謝るの? わたしはスマホを耳に当てたまま、ひとり首を傾げた。電話をかけたのはわたしの方からだったのに。
「ううん、電話したのはこっちだし。明日は出勤してくるんでしょ? 今日はアパートに帰ったらゆっくり休んで、パーティーについては明日会社で詳しく話しましょう。じゃあ切るね。時間取らせちゃってごめん」
わたしが慌ただしく通話を終えた頃、トレーを携えた小川さんが戻ってきた。トレーにはわたし愛用のピンク色のカップの他にもう一つ、クリーム色のマグカップも載っていて、わたしは「あれ?」と思った。
「――会長、お待たせしちゃってすみません。インスタントなんですけどよかったらどうぞ」
「ありがとう。……そのマグカップは貴女の?」
「はい、私物です。私も一緒に休憩させて頂いても構いませんか?」
彼女に訊ねてみると、肯定と一緒に無遠慮な申し出が。貢ならここで一歩引いて遠慮するんだろうな……とわたしは思った。
「うん、どうぞ。じゃあ応接に行きましょうか」
二人して応接スペースまで移動し、女同士で隣り合ってソファーに腰を下ろした。
* * * *
「いただきます。――ん、美味しい! これホントにインスタントなの?」
彼女が淹れてくれたコーヒーは、インスタントコーヒーを使ったとは思えないくらい薫り豊かで、「ちゃんと豆から淹れました」と言っても誰も疑わないんじゃないかと思うくらい美味しかった。
「ええ、インスタントですよ。社長がこの銘柄をお好みなんです。でも淹れ方ひとつで全然味が違ってくるんです。桐島くんの請け売りですけど」
「桐島さんの?」
「ええ、給湯室で一緒になる時にいつも聞かされるんです。彼がコーヒー好きで、バリスタ志望だったことも私は大学時代から知ってましたし。なので特別ウザいとも思いませんでしたけど」
「そうなの」
わたしは彼女の話にちょっとジェラシーを感じてしまった。
彼女は貢と同じ秘書室の人間だし、大学も同じだった。親しいのも当然のことだし、給湯室で一緒になることもしょっちゅうだったろう。……と頭では理解できていても、彼女がわたしの知らない貢を知っていたことに思わず嫉妬していたのかもしれない。
「――ところで会長、つかぬことをお訊きしますけど」
「うん、なぁに?」
「会長って桐島くんとお付き合いしてますよね?」
「……………………ゴホッ!」
思いっきり核心に迫られ、わたしはむせた。しばらく咳込んだあと、やっとのことで涙目になったまま彼女に訊ね返した。
「……どうして知ってるの? わたしたちの関係は会社のみんなに秘密にしてるのに」
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