雨降れば……

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「実はですね、私、ずっと桐島くんから相談受けてたんですよ。絢乃さんとの関係について。まだ彼の片想いだった頃から」 「……………………へえ」  貢が小川さんと個人的に親しいことは知っていたけれど、まさか彼女に恋愛相談までしていたとは……。わたしは唖然となった。 「……あっ、勘違いされているなら先にお詫びしますけど、彼は悪くないんです! 私が勝手にお節介を焼いただけなんで! ですから彼を責めないであげて下さいね?」 「でも、それに乗っかる彼も彼よね。……まあいいけど」  わたしは彼女に肩をすくめて見せた。気持ちに余裕があったわけではないけど、ここまでバレてしまっていては怒っても仕方がないと悟ったのだ。 「最近ね、わたし悩んでるの。この先、彼とどう付き合っていったらいいのか。彼がわたしとどうなりたいと思ってるのか全然分かんなくて。っていうか彼、明らかにわたしのこと避けてるよね。小川さんにはそのあたり、どう見えてる?」  彼とわたしとの間に壁があるように見えたのは、わたしだけだったのか。それとも、周りの人たちからもそう見えていたのか。  貢と個人的に関係があり、なおかつわたしたちが交際していた事実も知っていた彼女になら、そのあたりのことも訊きやすいとわたしは思った。 「それって夏ごろからでしたよね?」 「そうそう、神戸出張から戻ってからよ」 「……う~ん、確かに彼、その頃から会長に対してよそよそしくなったような……。元々真面目で、会長に対しては一歩引いてる感じはありましたけど。何ていうか、表面的な接し方しかしなくなったなとは私も思ってました」 「やっぱり?」  わたしだけでなく、同じ部署の同僚である彼女も貢の態度の変化には気づいていたらしい。 「私はお二人がケンカ中なのかなー、くらいにしか思ってなかったんですけど。ケンカ……されたんですか? 神戸で」 「ケンカ……はしなかったけど、ちょっと考え方の食い違いっていうか……。結婚に対する心構えの違いっていうか」  これも〝価値観の違い〟に当てはまるのだろうかと、わたしはその頃真剣に悩んだものだ。今にして思えば、本当にくだらないことで悩んでいたんだなぁと思うけれど。  「どうせ彼、『僕は会長の婿にふさわしくないんです』とか何とか言ったんじゃないですか? お二人は誰が見たってお似合いなのに、変に及び腰になっちゃって。とんだチキン野郎ですよね、桐島くんって」 「あ……うん、確かにそんなこと言ってたけど。っていうか小川さん、それってセクハラ発言にならない?」  わたしは思わず呆れてツッコミを入れた。昔から貢のことをよく知っている彼女が、彼に対して手厳しいことを言うのは前々から知っていたけれど。あの一言はちょっと彼がかわいそうすぎた。 「…………ですよね。これ、ここだけの話にして頂けます? 桐島くんには絶対に言わないで下さいね?」 「分かってる。絶対に言わないから」  わたしは固く頷いた。信頼している先輩が自分のことを「チキン野郎」だなんて言っていたと知ったら、彼はさぞショックだろう。ちなみに、あれから半年以上が経過した今も、彼はこの事実を知らない……。
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