雨降れば……

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「あの、貴方は?」  そう訊ねながら、その男性の風貌をまじまじと見つめた。  悠さん以上に明るい茶色に染められた髪、両耳には大きなシルバーのピアス。イタリアかどこかの派手なブランドスーツに真っ赤なシャツ、エナメル素材のテカテカした靴。そのチャラチャラした外見は、馴れ馴れしい声色と見事に比例していた。はっきり言って、わたしがいちばんキライなタイプの男性だ。 「ああ、ゴメンね? オレはこういうモンでっす☆ 一応自分で会社やってんだよね。よろしく」 「有崎(ありさき)(のぼる)さん……。ああ、〈有崎グループ〉のご子息ですね」  差し出された名刺を見て、わたしにはその男の素性が分かった。 「うん。まあ、兄貴がいるから跡取りってワケじゃないけどねー。オレの会社も親父に資金出してもらって立ち上げたようなモンだし」 「…………はぁ、そうですか」  わたしはただただ呆れるしかなかった。初対面の人間に対して、親の脛かじり自慢をする人がどこにいるのだろうか。そんなのを聞かされたところで、わたしには何の興味も湧かないというのに。 「……あの、絢乃さん。この方のことをご存じなんですか?」  隣から貢がこっそり訊ねてきた。 「この人、っていうかお家のことをね。〈有崎グループ〉っていうのは、ここ数年で業種を増やして飛ぶ鳥を落とす勢いで急成長してる企業でね。いつかはウチにも追いつかれちゃうかも。だからうかうかしてられないのよね」 「へえ……」  一般的な家庭に育ち、煌びやかなセレブの世界とは縁のなかった(あったかもしれないけれど、少なくともわたしは聞いたことがなかった)彼はいまいちピンとこないような表情でそう相槌を打っただけだった。 「……で、アンタはこちらの会長さんとはどういう関係?」 「は? それって僕のことでしょうか」  唐突に値踏みをするような口調で訊ねてきた有崎さんに、貢はムッとしていた。わたしもこの態度にはカチンときていたのだけれど。 「他に誰がいるってんだよ。あ、もしかして彼氏とか? んなワケないよなぁ、こんな冴えない男が」 「…………それ、どういう意味ですか」  大好きな彼のことを「冴えない男」呼ばわりされたのは、わたしも聞き捨てがならなかった。 「だってさぁ、地下駐車場に停まってるシルバーの安っぽい国産車、アンタのだろ? あんな安物の車に乗ってる男、この会場にはアンタしかいないって」 「安物……!?」  わたしは怒りで体が震えてくるのを感じた。  有崎さんは鼻で笑ったけれど、あの車は貢が自分の貯金の中から頭金を出し、ローンを組んで購入した努力の結晶なのだ。  確かに高級車じゃないし、国産車の中でもごく一般的な車種かもしれない。でも、それを「安物」なんて軽々しく言ってほしくなかった。
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