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「あんな車に乗ってる男が、よく絢乃お嬢さまの隣に立ってられるよな。少しは分をわきまえろよ。ここはアンタみたいなのが来るところじゃねえから」
「生憎ですけど、彼に同伴をお願いしたのはわたしなんです。彼はわたしの大事な人なので」
彼のイヤミが聞くに堪えなくなってきたので、わたしは挑むような視線をぶつけながらここぞとばかりに貢を庇った。
「ふぅん……、あっそ。なあ、篠沢会長さん? こんなヤツと別れてオレと付き合わねえ?」
「謹んでお断りいたします。――行こう、桐島さん」
貢へのあからさまな宣戦布告をさらりと受け流し、わたしは次の料理を取りに彼をビュッフェコーナーへと引っぱって行ったのだった。
* * * *
「――あー、やっぱり降ってきたなぁ……」
帰りの車がホテルの地下駐車場を出た途端に降り出した雨に、わたしはウンザリと肩を落とした。
パーティー会場に向かう時からどんよりした曇り空ではあったけれど、家に着くまでどうにか天気が保ってほしいと思っていたのに……。一応傘は持参していたので、濡れる心配はなかったけど。
「…………そうですね」
ハンドルを握る彼は、素っ気なく返事を返してきただけだった。普段ならわたしと積極的に話したがっていただけに、寡黙な彼はどこか不気味だった。
「ねえ貢、なんか機嫌悪くない? 今日来なきゃよかった?」
わたしから質問をしても、返事がない。もしかしたら、この日無理矢理同伴させたわたしに怒っているのかも、と思った。
「ゴメンね、今日はムリに引っぱって来ちゃって」
「いえ、絢乃さんのせいじゃありませんよ。ですから謝らないで下さい」
「そう……? じゃあ……、わたしがお手洗いに行ってる間に有崎さんとまた何かあった?」
わたしに対して怒っているわけではないなら、原因はあの人しか考えられなかった。大勢の前で貢を小バカにしてコケにしていたあの男――有崎昇しか。
「……………………はい」
長い沈黙のあと、彼が吐き出すように小さく頷いた。……やっぱりそうか。
「僕と絢乃さんとは住む世界が違うから、釣り合うはずがないと言われました。あと、僕の実家のことも『大した家柄じゃない』と笑われて。でも僕、悔しいですけど反論できなかったんです」
「え、どうして? 反論すればよかったじゃない」
「できませんよ。僕自身もそう思ってますから。実家のことをバカにされたのは許せませんけど、あなたにふさわしい男は僕なんかじゃなくて、あの人みたいにいい家柄で育った方なんじゃないかと」
「…………ちょっと貢、それ本気で言ってるの?」
わたしは耳を疑った。彼の自虐癖は前々から気になってはいたけれど、ここまで自分を卑下する人だとは思わなかった。
「どこがいいのよ、あんな人。いい歳していつまでも親の脛かじってチャラチャラしてるだけじゃない。確かに家柄だけはいいけど、わたしはああいう人がいちばんキライ。あんなのお話にならない」
言っているうちに段々腹が立ってきて、悲しくなってきて、何だか自分でもよく分からない負の感情が噴き出してきそうになった。
「わたしがいちばん好きなのは貢だよ? どうして信じてくれないの? どうして自分のこと卑下ばっかりするの……?」
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