雨降れば……

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 気がついたら、わたしはしゃくりあげていた。父を亡くしてからずっと泣くまいと決めていた反動だろうか。  神戸出張の夜には、部屋でひとり静かに泣いた。でも、もう限界だった。 「あ、絢乃さん!?」 「……わたしがどうして今まで、貴方の前で泣かなかったと思う? 泣いたら貴方は責任を感じちゃうから。『自分が泣かせたんだ』って自分を責めちゃうから。それにね、貴方の前ではいつも強い女でいたかったの。わたしは貴方のボスだから。わたしの笑顔が好きだって貴方が言ってくれたから。……でも、もうムリ……。もう限界」  泣いている間、わたしは一度も運転席の方を見なかった。多分メイクはボロボロになっていて、みっともない顔を見せたくなかったというのもあったけど、彼の顔を見たらきっと言わなくてもいいことまで言ってしまいそうだったから。  外の雨は本降りになっていて、まるでわたしの心とリンクしているように見えた。  表面上だけの薄っぺらい交際を続けていたわたしと貢との関係は、雨が降ったらあっけなく流されてしまうくらいのものなんだと思った。 「…………もう、やめよっか。付き合うの」 「え…………?」 「貴方にとってこれが重荷になってるなら、もう別れよう。これからはただの上司と部下の関係になろう?」  わたしだって、貢がいつまでも苦しんでいるのを見ていたくなかった。極端な結論かもしれないけれど、その時のわたしにはもうそれしか解決方法が見つからなかったのだ。  恋愛自体が初めてだったわたしには、こじれてしまった時にどうすればいいのかなんて分かるはずもなかった。 「絢乃さん……、それは」 「別れたくはないのね? じゃあもうちょっと譲歩して、しばらく顔を合せないようにする? さしあたり、わたしは月曜日は出社しないことにするから」  彼は「別れる」というフレーズが出た途端、泣き出しそうな顔になった。彼もわたしのことが好きなのは本心で、別れるという選択肢はなかったらしい。   それなら、しばらく離れてみるだけでもいいかもしれないと思った。近すぎてお互いの大切さに気づけないなら、少し距離を置くことで見えてくることもあるかもしれないな、と。 「…………その方が、いいかもしれませんね。別れるよりは」  彼は渋々ながらも納得してくれた。納得するしかないと思ったのかもしれないけれど。  雨がどんどん激しくなる中、車はもう篠沢邸のすぐ近くまで来ていた。  わたしは顔もグチャグチャだったけれど、心の中はもっとグチャグチャだった。あんな心理状態のまま、彼に家の前まで送ってもらうのは耐えられないと思った。 「――貢、ここで降ろして。ここからなら歩いて帰れるから」 「…………えっ? 大丈夫なんですか? 外はひどい雨ですけど」 「大丈夫。わたしも貴方にこれ以上負担をかけたくないから」 「……………………分かりました」  彼はわたしの家の目と鼻の先にあるコンビニの前で車を停めた。 「――じゃあ、今日はお疲れさま。貴方も風邪引かないようにね」 「はい、…………お疲れさまでした」  わたしは自分でドアを開けて車を降り、彼の顔を見ないまま勢いよくドアを閉めた。  傘を差して家までの道を歩いていると、一度は止まったはずの涙がまた零れ始めた。
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