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……わたし、一体何をやってるんだろう。自分から好きになった人を自分から突き放すなんて。別れを選ばなかったとしても、彼と離れていちばん苦しい思いをするのは自分自身だと分かっていたはずなのに。
父を亡くしてからずっと、わたしは貢に寄り添うふりをして実は彼に依存していただけだったのだ。ずっとあんなことを続けていたら、彼の負担を重くしてしまうだけ。だったら少しだけでも離れて、彼を解放してあげようと思ったのだけれど……。
――テラコッタの敷き詰められた玄関アプローチに、わたしのすすり泣く声とハイヒールの音が雨音とともに吸い込まれていった。
* * * *
――家に帰り着いて、母の顔を見るなりわたしは声を上げて泣きじゃくりながら、支離滅裂ながらも彼との間に起こった出来事を母に打ち明けた。
母はその時、呆れていたのか笑っていたのか、今となってはあまり思い出せない。
翌日曜日、わたしは朝から高熱を出して寝込んでしまっていた。会社はともかく学校もお休みの日でよかったなと思う。
その頃には個人で内科医院を開業されていた後藤先生が、母に呼ばれてわざわざ往診に来て下さった。
「――頭が割れるように痛い、と。他に喉の痛みとかはないんだね?」
「はい……」
「う~ん……、ストレスと過労から来る発熱かなぁ。小さいお子さんでいうところの知恵熱みたいなものだね」
「知恵熱…………」
先生の診断に、わたしは茫然となった。自分では体調を崩すほどストレスを溜め込んでいるとは思っていなかったのだ。
「うん。他に気になる症状もないみたいだし、ちゃんと栄養のあるものを摂って解熱剤を服用して、ゆっくり休めば熱は下がると思うよ」
「はい」
あれだけ病院嫌いだった父が、最期まで頑張って後藤先生の治療を受けていた理由が分かった気がした。この先生が主治医なら、どんなにつらい治療でも受けるのが苦にならなかっただろう。
「――後藤先生、わざわざありがとうございました。夫に続いて娘までお世話になって」
診察を終えた先生に紅茶を出しながら、母が頭を下げた。ちなみにそこは、まだわたしが寝ていた部屋の中。二人の会話もわたしには丸聞こえだった。
「いやいや! これが医師である僕の使命ですから。絢乃ちゃん、ご主人が亡くなってから相当ムリをしてたんじゃないですか? 加奈子さんも薄々は気づいておられたでしょう」
「そうですね……。この子は夫に似て真面目で責任感が強いから、夫の跡を継いでから〝強くいないといけない〟ってずっと突っ張っていたみたいです。私の知る限りじゃ、昨日みたいに大泣きしたこと、夫が亡くなってからは一度もなかったんじゃないかしら。もう母親として、見ていて痛々しいくらいでした」
……わたし、ママにまで心配かけてたんだ。父の死から約一年間、母がわたしのことをどんな想いで見守ってくれていたのかと思うと心が痛んだ。
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