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母や史子さんたちはまだ、悠さんの顔も貢との関係も知らなかった。だから突然「絢乃ちゃんの見舞いに」とウチへやって来ても不審がられるだけだった。
『んじゃ、こうしようか。明日オレ、午後から仕事の研修会で新宿にいるんだわ。それが四時ごろには終わるからさ、キミは学校帰りに新宿までおいで。その時に改めて詳しい話聞かせてもらうってことで』
「はい、それで構いませんけど……。悠さん、〝仕事の研修会〟って?」
『あれ、アイツから聞いてない? オレさ、この十月からバイト先のひとつで社員に登用されたんだわ。つまり店長候補ね』
「ああ、なるほど。貢さん、わたしにはそんなこと一度も教えてくれませんでした。それだけじゃなくてヘッドハンティングの話も」
貢はあの夏の夜以降、わたしに大事な話を何ひとつしてくれなかった。不満を言い出せばキリがないので、とりあえずそこまででストップしたけれど。
「でも悠さん、学校がある八王子から新宿まではいくら急いでも一時間近くかかりますよ? 少し遅くなっても大丈夫ですか?」
『うん、大丈夫☆ オレ待ってるし、絢乃ちゃんは学校終わってから「今から行きます」ってメッセージ入れてくれればオッケー』
「分かりました。じゃあ明日、新宿で。……あ、このことは貢さんに内緒でお願いします」
『了解♪ 絢乃ちゃん、お大事に。アイツ帰ってきたみたいだから切るわ。じゃな』
電話が切れる前に、玄関のドアが開く音と貢の「ただいま」という声がわたしにも聞こえてきた。「貢には内緒で」とわたしが言ったので、悠さんも彼の帰宅に気づいて慌てて切ったのだろう。
――スマホを閉じたわたしは、ふと窓の外に目を遣った。前日から降っていた雨は、勢いこそ弱まっていたけれどまだ降り続いていた。
でも、弱くなっているということは、わたしの心も少し楽になったからなのかな、と思うことにした。
* * * *
――翌日、月曜日の朝。お天気はやっぱり雨。
わたしはまだ少しだるさが残っていたけれど、熱は下がったので学校へ行くことにした。
「じゃあ、学校行ってきます。ママ、会社の方はよろしくね」
「はいはい、任せといて。まだ本調子じゃないんだから、あんまりムリしないようにね。行ってらっしゃい」
母は心配しながらも、「いつもどおり電車で行く」と言ったわたしを送り出してくれた。
新宿駅に着くと、京王線のホームで里歩と唯ちゃんが待っていてくれた。三年生になってからは唯ちゃんも待ち合わせに加わったのだ。
二人には心配をかけたくなくて、できるだけ気丈に振る舞い、「今日はちょっと体調が悪いから会社はお休みするの」とだけ言っておいた。
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