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彼はそう言って、スピーカーフォンにしたスマホをテーブルの上にそっと置いた。わたしは「はい」と頷き、それを自分の前まで引き寄せた。
『――兄貴!? 何だよ仕事中に!』
「貢、わたしだよ。絢乃」
『絢乃さん!?』
お兄さまからの電話だと思って不機嫌だった貢は、わたしが通話相手だと分かると困惑の声を上げた。
『どうして絢乃さんが兄のケータイから……』
「ビックリさせちゃってゴメンね。今、新宿のカフェでお兄さまと一緒なの。それで、お兄さまがご自分の電話から貴方にコールしてくれてるのよ」
わたしは彼に事情を話してから、改めて彼に伝えたいことを頭の中で整理しながら口を開いた。
「……貢、ゴメンね。わたし、最近ずっと独りよがりだったよね? 貴方の気持ちも考えないで、ひとりで結婚のこととか突っ走って進めようとしてた。そんなの、貴方も疲れちゃうよね。ホントにゴメンなさい」
『……………………いえ』
「でもね、わたしも貴方のことを困らせて喜んでたわけじゃないの。この二日間貴方に会えなかっただけで痛いくらい身に沁みて分かった。わたしはやっぱり、貴方がいなきゃダメなんだって。これから先もずっと、わたしの人生には貴方が必要不可欠なんだって」
『絢乃さん……』
ここまでのわたしの言葉を聞いた貢が、ハッと息を吞んだ。やっぱり悠さんがおっしゃっていたように、わたしに愛想を尽かされたと思い込んでいたようだ。
『僕……、絢乃さんに愛想尽かされたんじゃないかって思ってました。自分のこと卑下して、卑屈になって。あんな、僕のことを何も知らない初対面の人より絢乃さんのことを信じるべきだったのに……。これじゃ幻滅されても仕方ないですよね』
向かいから、悠さんが「お前バカじゃね?」と口を挟んだ。
「その男のことは絢乃ちゃんから聞いたけどさぁ。そいつはどうせ、お前と絢乃ちゃんの仲引っかき回して喜んでただけだって。そんなんにホイホイ乗せられてどうすんだよ。好きな女の子信じてやらなくてどうすんだっての」
『そう……だよな。兄貴、サンキュ。――絢乃さん』
「ん?」
『僕、絢乃さんとの結婚について前向きに考えようと思います。僕にとっても絢乃さんはかけがえのない女性ですから』
「うん。貢……、ありがと」
彼の口からその言葉を聞けただけで、わたしは胸がいっぱいになった。心にかかったモヤが一気に晴れてきたみたいに。
『――明日は会社に来られますか?」
「うん、もちろん!」
彼とのわだかまりがなくなったので、もう顔を合せても大丈夫だと思った。というか、彼に会えないのはわたしがもう耐えられなかった。
「すみません、まだ仕事中なんで」と言って、貢は電話を切った。母も多分すぐ側で聞いていたはずだけれど、あの後怒られなかったのかな?
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