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「――雨止んできたな、絢乃ちゃん」
「あ、ホントだ」
ふと店外に目を向けた悠さんが、嬉しそうに呟いた。それはきっとお天気のせいだけじゃなくて、わたしの気持ちも晴れてきたことを喜んでくれていたのかもしれない。
「――それじゃ、わたしはこれで失礼します。悠さん、話聞いて下さってありがとうございました!」
「うん、気をつけてな。オレもアイツとキミの幸せを願ってるから。アイツは可愛いたった一人の弟だし、絢乃ちゃんも妹みたいなもんだからさ」
「はい!」
悠さんとお店の外で別れ、わたしはメトロの駅へと歩いていた。行きとは違って足取りも軽く、これですべて解決したと思っていたけれど……。
「――やあ、篠沢会長。今日はひとり? 彼氏とはもう別れたの?」
やたら爆音のする真っ赤なスポーツカーから、キザったらしい男性の声が。
その車には見憶えがあって、二日前のパーティー会場となっていたホテルの地下駐車場にも停まっていた。そしてその声の主は、わたしと貢との関係がこじれるきっかけとなった諸悪の根源だった。
「……有崎さん。貴方とはもう二度とお会いすることはないと思ってました。残念ながら、彼とはついさっきお互いの気持ちを確かめあったところで別れるつもりも予定もありません」
明らかに下心見え見えな彼を、わたしはバッサリと斬り捨てた。
「あんな男のどこがいいんだろうねぇ。あの時君が着けてた安っぽいネックレス、あれもアイツからのプレゼントでしょ? オレならもっと高くていいもの選んであげたのになぁ」
どうやらこの人の「いい男基準」は、お金があってイケメンということらしい。女性にも高価なものをプレゼントすればいいと思い込んでいるフシがあって、その基準に基づいて貢のことも見下していたようだ。
「…………あの、有崎さん。ちょっと言わせてもらっていいですか?」
「ん? なに?」
「わたしはこのネックレス、ものすごく大切にしてます。彼がわたしのために、何が喜ぶか一生懸命考えて選んでくれたから。車だってそうです。彼は社会人になってから頑張ってお金貯めて、その中から頭金を出して、自分の力だけでローンまで組んで買ったんです。それを簡単に『安物だ」なんてバカにしないで下さい!」
一息にそこまでまくし立てると、有崎さんは顔面蒼白になっていた。金魚みたいに口をパクパクさせていたけれど、そんなのわたしには構う知ったこっちゃなかった。
「貴方みたいにお金持ちなの鼻にかけて、自分では何の努力もしないで他の人を平気で見下すような人に、わたしはまったく魅力を感じませんから。どうせ逆玉狙いなんでしょうけど、どうぞ他を当たって下さい。まあ、誰も相手にしてくれないでしょうけど? その前に、その性格何とかした方がいいと思いますよ」
これは遠回しに、「貴方より貢の方がずっとステキな男性だ」とマウンティングをしていたのだ。わたし自身、自分がこんなにイヤミを言えるんだということに正直驚いた。
「な…………っ」
「あと、彼のことだけじゃなくて彼のお家のことをバカにしたこともわたしは許せません。彼への謝罪を要求します。それじゃ。もう本当に、二度とお目にかかることもないでしょう」
最後に最強の捨てゼリフを吐いて、わたしは胸を張ってスタスタと歩き出した。あれだけのことを言いたい放題言われて、それでも変われないようならあの男はそれだけの人間だったということだろう。
「は~~~~っ、スッキリしたぁ! 貢、敵は取ったよ」
わたしは晴れ晴れとした気持ちで自宅に帰ることができた。雨もすっかり上がって、キレイな夕焼けが見えていたことを今でもよく憶えている。
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