赤ずきんちゃん、狼と結婚する。

2/6
3人が本棚に入れています
本棚に追加
/6ページ
「パニックになっていたのよ。狼さんにとっては、人間だって怖い存在なんだもの。私がすぐに出ていくと思ってベッドに隠れたの。でも、私に見つかってしまって、狼さんは言ったわ。何もしないから、少しだけ休ませてくれないかって。少ししたら出ていくからって。だから私、おばあさんの家にあった救急箱を使って、狼さんの手当をして、お話をしたの。本当にただ、それだけだったのよ」  おばあさんは、赤ずきんちゃんの言葉がにわかには信じられませんでした。  狼にとって、人間だって怖い存在?そんなはずがありません。何故なら、狼は鋭い牙も、鋭い爪も持っているのです。確かに人間を食い殺したという事例は過去に多くはありませんでしたが、それでもその気になれば人間を食べることができるのは間違いないことなのです。小さな赤ずきんちゃんなんて、きっとひと飲みにてきたに決まっています。何故、人間を恐れる必要があったのでしょうか。  おばあさんがそう疑問を口にすると、赤ずきんちゃんは寂しそうな顔をしました。 「おばあさん。私は、人間よりも怖い生き物はいないと思ってるの」  赤ずきんちゃんが見つめる先には、おばあさんが愛用している猟銃があります。 「人間は武器を使うわ。知恵があるわ。一つの獲物を集団で追い詰めることもあるし、小さなことをいつまでも恨みに思って相手にとても酷い仕返しをしようと考えることもある。人間を一番殺すのは狼ではなくて人間でしょう?」 「確かに、それはそうだけど」 「それに。鋭い爪や牙を持っているなら、必ずしも人間に酷いことをするとは限らないでしょう?私も友達の家も大きな犬を飼っているけれど、みんな人間に酷いことなんかしないわ。鋭い牙を持っていて人間を噛み殺せるのに、手を差し出すとぺろぺろ舐めてくれるだけ。泣いていたら優しく寄り添ってくれる、とても大切な家族よ。人を殺せるから危険な存在だなんて、そう決めつけるのは間違ってるわ」  とても聡明な子供の赤ずきんちゃん。彼女の言いたいことが、おばあさんにもまったくわからないわけではありませんでした。それでも、おばあさんにとっては、黒い狼は代々猟師の家で伝えられる“恐ろしい人喰い狼”というイメージが強く、去年の出来事も“赤ずきんちゃんが騙されていただけ”としか思えないままなのです。 「正式な結婚は、十六歳になるまで待つわ。それでもいけないの?」  この近隣の地域では、子供を作るようなことは二十歳にならなければいけないけれど、結婚するのは十六歳から許可されています。赤ずきんちゃんは、それをちゃんとわかっているようでした。それでも、おばあさんはとても“いいよ”とは言えません。 「何故、人間と結婚してはいけないの?何があなたをそうまでさせるの?」  おばあさんの問いに、赤ずきんちゃんは真剣な目で答えました。 「それは、私があの狼さんのことを、愛しているからよ」
/6ページ

最初のコメントを投稿しよう!