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「ごめんなさいね、丁度気になる数字が来たもので……!」
「いえ」
レストランでの食事会。離席していた兄の妻、穂乃花が戻ってきた。彼女の職業はデイトレーダーである。以前は証券会社でOLをしていたが、会社で得た知識を元に個人でも株取引を始め、相当稼げるようになたので会社を辞職したのだとかなんとか。私には縁遠い世界だな、と思う。この、美しく上品な三十代女性が、そんなバリバリの理系人間だなんて今でも信じられない。――男性の方が数字には強い、というのも迷信なんだろうな、と感じる。
デイトレーダーという仕事に関して自分はよくわからないが、とにかく株取引の動きをパソコンなどでチェックして株の売り買いを繰り返し、それでお金を稼ぐ人を言うのだそうだ。見込みのある株を安価なうちに購入し、値が上がってきたところで売りさばく。言葉にすれば簡単だが、どの会社の株が上がりそうか、どの会社の株が危険なのかを見極めるのは相当難しいはずである。私も家にいて稼げるならと本を読んでみたことがあったが、三日でぽいっと諦めて捨てたのは記憶に新しい。ほぼ間違いなく、平凡なサラリーマンである兄よりも彼女の方が稼ぎがあるのだろう。玉の輿、というほどのことでもないかもしれないが。
「一日中数字を見てなくちゃいけないなんて、大変ですね」
私は思わず口にすると、そうでもないですよ、と穂乃花は笑った。
「上がるタイミングは大体決まっているものですし……アプリを使ってアラートが鳴るようにしてあるので、ずっと見てなくても大丈夫なんです。さっきはちょっと意外なところが持ち上がって……って、こんな話、面白くないですよね」
「いえ。相当お金も稼げてるんだろうなと思って」
「まあ、それなりに、ってところです。でも、私個人はそんな贅沢がしたいとは思ってなくて。ほとんど貯金に回してそれっきりです。どちらかというと、デイトレーダーは面白いからやっているっていうのが強いかしら。ゲームみたいなものと思えば、これほどわくわくするものもないので」
「なるほど……」
確かに、彼女が散財するタイプでないのは明らかである。大して高級なレストランでもないが、それでも夫の妹と二人で食事するというのにあまり着飾ってきている様子もない。バッグもブランドものではないようだったし、それは靴や時計も同じである。贅沢をしたくない、というのは本当だろう。
「それで」
コース料理のスープが運ばれて来たところで、私は切り出した。今回は、彼女と仕事の話をするために呼び出したわけではないのだ。
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