盲目のローラ

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「穂乃花さん、貴女を呼んだのは……兄のことなの」 「輝さん、まだ……」 「ええ、まだ目を覚ます気配はないんです」  兄、と名前を出すと、彼女の顔が露骨に曇った。例の火事、彼女は奇跡的に軽傷で済んだのだ。ウェイディングドレスという、極めて動きにくい服装であったにも関わらず。 「私はどうしても、あんなことが起きたのか知りたくて、いろいろ調べて見たんです。兄のためにも」  このレストランの中においては、このステーキランチのコースは相当値が張るものである。クリーム状のコーンスープも、安いランチにくっついてくるそれと比べれば格段に濃厚だ。前に兄と二人で来た時も同じコース料理を頼んで、味の違いに驚いた記憶がある。コーンスープってこんなに美味しかったんだ!と思わず声を上げた私に彼は弾けたように笑っていた。――今は、悲しいほど、味がわからないけれど。  目の前の、兄の妻はどうなのだろう。夫があんなことになって、自分は大した怪我もせず生き延びて。その罪悪感を少しでも感じていたりするのだろうか。あるいはそんなこと全く関係なく、料理を楽しむ余裕が彼女にはあるのか。 「おかしいなと思ったのは、まずあの結婚式場です。というか、実は結婚式の当日にはちょっと変だなとは感じていたのですけど」 「変だなって?」 「非常口の……誘導灯が、目につくところになかったんです。誘導灯が設置されていないなんてことになったら、さすがに消防検査で引っかかるはず。ということは意図的に誘導灯を消していたか、隠していた可能性が高いと踏んでいます」  火事に気付いて皆が逃げ始めたのは、披露宴の真っ最中だった。披露宴会場は新郎新婦の希望もあって、会場全体がピンクの花飾りで飾られており、まるでお花畑の中にいるような演出が施されていたのを覚えている。恐らく、その花飾りで誘導灯が隠れてしまっていたのではなかろうか。 「消防検査で引っかかりそうだなと思った点は他にもありました。屋内の階段に、大量の段ボールが詰まれていたんです。景観を損なうなと思って覚えていました。実際、あれが道を塞いでしまって、逃げるのが遅れてしまった側面もあったように思います」
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