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そう、彼等は捕まった時点で正直に吐くしかないはずなのである。放火によって多数を“意図的に”殺害しようとした、なんて大罪だ。大量殺人ともなれば、極刑は免れられるものではないのだから。
「お金に困ってない、玉の輿狙いでもない。それでも貴女が兄と……最初から復讐目的で結婚したとしたら、思いつくことは一つ」
スープ皿が片づけられていくのを見送ることもせず、私は彼女を睨みつけて断言した。
「昭島梨乃花。……あんたの妹。そうでしょ?」
私の言葉に、穂乃花はゆっくりと顔を上げる。そして、その薄い唇の端が持ち上がるのを、はっきりと見たのだ。彼女は口を開く。
「あの男は、梨乃ちゃんを捨てた。私の家族もみんな、苦しんでいる梨乃ちゃんを庇わなかった。あの男の家族はみんなして、あの男は優しいだの女性を大事にするだの嘘ばっかり言う。だから、こいつらはみんな、生きていてはいけない存在なんだと思いまして」
馬鹿げている。私は深くため息をついた。確かに、輝がかつて穂乃花の妹と付き合っていたことがあるのは事実だ。しかしそれは兄が高校生の時のことであるし、もっと言えばフラレたのは兄の方だったのを私は知っている。優しい彼は失恋のショックと、自分を振った彼女がドラッグに溺れて中毒死した話を知って死ぬほど傷ついていた。推測でしかないが恐らくは、梨乃花は自分が薬物依存から抜け出せず、しかも悪い仲間と縁が切れないことに気づいて兄から離れたのだろう。兄を、一緒に破滅の道へと引きずり込まないために。
薬に溺れ、不良仲間と付き合って破滅した少女を、家族や親戚が良く思わないのは至極当然のことである。姉からすればどれほど理不尽で、納得がいかないことであったとしても。けれど。
「お兄ちゃんを振ったのは、あんたの妹ちゃんの方なんだけど」
「それは嘘です。妹は貴女の兄にフラれて、薬に溺れて死んだんですよ」
「……あ、そう」
昭島梨乃花が薬に溺れたのは、兄と関係が切れるよりも前のことであるというのに。ことの時系列も無視して、自分にとって都合の良い真実だけを思い込んで凶行に走った女。私がいくら説得しても、なんら意味をなさないことだろう。
世の中にはいるのだ。人の姿をしておきながら、人を人とも思わない怪物が。
「ああ、もうすぐメインディッシュが来ますね」
穂乃花はにこにこと微笑みながら、当たり前のように告げるのだ。
「ここのステーキ美味しいから、とても楽しみです。貴女もそうでしょ?」
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