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盲目のローラ
『結婚することにしたんだ、俺』
あの日。私の兄である輝は、どこまでもまっすぐなキラキラした笑顔でそう告げてきた。一年付き合った一人の女性と、ついに正式に結ばれることになったのだという。少し心苦しいところもあるんだけどね、という彼の言葉に私は曖昧に頷いていた。兄が“心苦しい”と思っている理由に、心当たりがあったからだ。
それでも、大好きな兄が幸せになれるならと、私は彼の背中を押したのである。結婚式は少しでも華やかなものにしたいとか、サプライズを考えているからとか、そんな話を色々としたような記憶がある。
思えば、あの瞬間が一番の幸福だったのかもしれない。私にとっても、兄にとっても。――何故ならば。
『すみませんが、お兄様の意識は……。このまま、ずっと目覚めない可能性もあります』
彼は今、病院のベッドで昏々と眠り続けている。結婚式場の火事に巻き込まれたせいで。火傷よりも、一酸化炭素中毒が深刻だったのだそうだ。脳へのダメージが重く、ひょっとしたら植物人間になってしまうかもと聞かされた時、私と母はその場に泣き崩れたのである。
何故。幸せの絶頂であったはずの兄が何故。新郎新婦、双方の親戚や友人達にも数名の死者と、それから多数の怪我人が出た。一カ月過ぎた今でも、兄と同様目覚める気配がない者もいるのだという。
――放火か、式場のキッチンからの失火。わかっているのは、ただそれだけ。
私は誓った。兄の未来を奪おうとした犯人を、絶対に許してはならないと。
――必ず、法の裁きは受けさせる……!
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