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 アメリアは今日も、塔の窓を開け放って、そこから外を眺めていた。  下はなるべく見ないようにして、遠くの森に視線をやる。  下を見れば、この塔の高さを実感して絶望しそうになるからだ。  アメリアは、虜囚だった。幼いときから、この塔に閉じ込められている。  理由は、現在王位についている女王キャサリンよりも本来は王位継承権が高かったせいだ。  アメリアの父親は先王の息子。キャサリンの父親は、先王の弟だった。  大きな後見を得ていたキャサリンは、アメリアの父親が病気で亡くなってすぐ、アメリアをさらって塔に閉じ込めた。罪状は、王への反逆を企んだというものである。  当時六歳にもなっていなかったアメリアが謀反を企めるはずもない。  だから、ただのいいがかりだ。アメリアを処刑するための。  アメリアはもう十六になるが、処刑は実行されていなかった。あまり幼い子を処刑すると民衆の評判を落とすと思っていたのだろう。祖父である王の反対もあったのかもしれない。  しかし老王はもう死に、玉座についたキャサリンを止める者はもういない。  先日、ついにアメリアに処刑宣告が下された。  およそ三ヶ月後、アメリアは処刑される。  うつむいたとき、窓から何か大きいものが入ってきて、アメリアは座っていた椅子ごとひっくり返ってしまった。 「失礼。大丈夫か?」  そう声をかけたのは、さらさらとした金髪を高い位置で結った、男装の少女だった。目は空のように青い。 「え、ええ……。あなた、どうやって入ってきたの!?」  差し出された手を取って立ち上がりながら、アメリアは疑問をぶつけた。  幽閉されている塔は、とても高い。アメリアはその最上階にいる。更に、塔の外側に足がかりなどなく、中のらせん階段を上がってしかここに来られない。  つまり、窓から現れるなんて不可能なはずだ。  アメリアの驚きをいなすかのように彼女は微笑み、肩をすくめた。 「養父に、ブーツに魔法をかけてもらった。これで、ひとっとびできた」  彼女が人差し指で示した茶色いロングブーツは、なんのへんてつもないただのブーツにしか見えなかった。 「魔法? あなたの養父は魔法使いなの?」  あり得ない、と思いながらもアメリアは質問を重ねる。 「違う。妖精だ」 「…………妖精」  にわかには、信じがたい話だった。 「あなたは、誰なの? どうしてここに来たの?」 「うーん。どこから話せばいいかな。とりあえず、名乗っておこう。私はウェンディ。君は、アメリアだね。ゆるく波打つ金髪に緑の目。うん、容姿も聞いていたのと一致する」 「ええ」 「初めは生きてるかどうかもわからなかったから、探すの苦労したよ。……実はね、君と私はチェンジリングで取り替えられた子どもたちなんだ」  説明されて、アメリアはぽかんと口を開けた。  チェンジリングとは、妖精が人間と自分の子を取り替えていくことだ。誰かに聞いたのか、本で読んだのか、ともあれ知識としては知っていた。まさか自分が当の取り替え子だとは思いもしなかったが。 「養父から取り替え子のいた家を聞き出したはいいが、そこはもう廃墟になっていてね。そこら中のひとに、聞きまくったよ。そしたら何でも、この家の子は幼い頃に塔に連れていかれたっていうじゃないか」 「ええ、そうよ。その様子なら、私の境遇もわかってるんでしょう。何のために来たの?」 「……実は私は、人間だから妖精の世界にはいまいち馴染めなくてね。魔法も使えないし。だから、運命を戻しに来たんだよ」 「運命を戻す? ……そうしたら、あなたが処刑されてしまうわ」 「仕方がない。元々は私の運命だ」  ウェンディは妖精に育てられたからなのか、理解できない思考をしていた。 「馬鹿なこと言わないで。そしたら、私はどうなるの」 「君は妖精界に行けばいい。君の実の父親は妖精王なんだから、当然、君自身も力のある妖精だ。そんな君は、帰ろうと思えばいつでも帰れるんだよ」 「あなたも、一緒に逃げればいい話よ」 「残念ながら、私はもう妖精界には行けないんだ。人間として生きていきたいから出ていかせてくれって言い張って、そういう契約を交わしてしまったからね」  なんて考えなしな子だろう、とアメリアは呆れた。  もっとも、アメリアは取り替えられたときは輝かしい将来を約束された王家の子どもだった。不幸になっているとは、思いもしなかったのだろう。 「そもそも、どうして妖精王ともあろうひとがチェンジリングなんかしたの?」 「妖精王には子どもがたくさんいる。一度ぐらい、ひとの子どもを育ててみたかったそうだ」  妖精は気まぐれだと聞いていたが、その通りのようだ。 「それに物理的に逃亡は不可能だ。私は透明になれるローブを養父に貸してもらって、ここに来た。でも、これはひとりしか隠してくれない」  ウェンディは、腰にまきつけていた布を外して、アメリアに見せた。灰色のローブは、ブーツ同様、普通の見た目だった。ウェンディの言葉を信じるなら、透明になれるという泥棒が死ぬほどほしがりそうな代物だが。  ああ、そうか……とアメリアは思い至る。  この塔は王城の敷地内にある。まずそこからして、ウェンディが普通に侵入するのは不可能だったわけだ。くわえて、塔の下には見張りの兵が定期的に巡回している。  普段から塔の外に意識が向いていなかったので、塔に至るまでの道筋についてすっかり失念していた。  ウェンディが持っているローブは、ひとり分。ブーツももちろん、ひとり分だろう。なら、ここにウェンディが来た時点で「どちらかしか出られない」状態になってしまったのだ。  どうやら、ウェンディは自分が死ぬつもりらしいが……。  アメリアが打算的であれば、ウェンディに喜んで運命を代わってもらっただろう。だが、アメリアにそんな気は怒らなかった。  大きなため息をついて、アメリアはウェンディに問いかける。 「それで、あなたは無駄死にするつもりなの?」 「どうせ、女王は遺体なしじゃ納得しないだろ」 「でも顔が違うじゃない。……あ」  そういえば、女王は六歳のときからアメリアを見ていない。アメリアの顔を知っているのは、毎日世話にやってくるメイドだけだ。 「待って。……閃いたわ」  本当に、自分が妖精の王女なら、余裕で実行できるだろう。そう信じて、アメリアは久方ぶりに笑みを浮かべた。        アメリア・イライザ・レンスター、十六歳で処刑。  そのニュースは王都を駆け巡った。  アメリアは十六になっていたものの、何せ捕まったのが六歳のときだ。そのため冤罪による処刑だと考える者が多く、民衆による女王の評判は著しく下がったという。    
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