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プライオリティ
避難所となっている中学校は程近かったが、2トントラックを校庭へ乗りれるのには手間が掛かった。
救援物資を持って来たことを告げ許可を貰い誘導して貰った。
どうやら僕たちの車が一番乗りらしく、備蓄も何も無い中学校の体育館に身一つで避難して来た人々は、一昼夜何も飲み食いしていないらしく、タカさんが積んできた水や缶詰やパン、おにぎりなどの食料を分かち合って口にしていた。その分配を仕切った凛々しい女性が僕の目に焼きついた。
タカさんはその女性との再会に喜びを見せないまま腕を組んで大きく頷いただけだった。女性も額に掛かった乱れ髪と汗を拭いながら、持ち上げた掌を軽く見せ挨拶を返すだけだった。互いは一瞥だけで逢瀬を終えた。彼女は分配の指示の手を休めることなく視線を飢え震える被災者の列に向けた。
「響子ばい」
タカさんは言った。
僕は何故喜び露わに手を取り合ったり抱き締め合ったりしないんだろうと不思議だった。その思いが自分の顔に出ているのが分かった。
「今は先にすることのあるばい」
彼は僕を見下ろし、そう言いながらトラックの荷台の扉を開け、奥に残った積荷を抱えた。若い被災者の数人が集まってきてくれて荷降ろしを手伝ってくれた。タカさんが一人で軽々抱え上げていた巨大なパッキングを青年たちは二人掛かりでなんとか支えて移動させていた。
残りは、毛布やタオルや下着、防寒具や女性衛生用品などだった。
僕は傍らの青年たちに倣いながらそれを運ぼうとした。荷物の重みを両腕に受けると背筋が攣り全身に痛みが走ったが、表情に歪みが出ないように耐えた。脂汗が額に滲むのが分かった。交通事故に遭ったばかりなのを忘れていた。
「ショージ無理すんな。お前は中身の仕分けばしてくれんね」
救援物資の選別は幼い頃に何度も叔父さんの手伝いとして慣れ親しんできた作業だからお手のものだった。
タカさんが持ってきた物の中身を各家庭に偏りの無いように数量調整して、不公平が出ないように被災者が寝泊りしている体育館へ運んだ。
先ずは寒さに震えているだろう御年輩の方々に毛布や防寒着を手渡しして回った。
次に子供たちに日持ちのする駄菓子や詰め合わせを配った。
「一度で食べないようにね」
トランプや将棋、けん玉などの遊具も貸し出した。
「けん玉は体育館の中でやっちゃ駄目だからね」
為すべき事を優先し体育館を周りながらも、心は少年少女の中に小春の姿を探していた。
大量の米と味噌や乾麺類と調味料などや、数十台のガスコンロとガスボンベは一旦響子さんが預かって、彼女を中心とした炊き出しのチームが編成された。
救援物資に無駄な物は何一つなく全てが降ろされた。トラック荷台に残ったのは、僕ら用のインスタント食品や乾パンと汚い毛布や寝袋、そして二対の古めかしい背負子だった。
「ありがたいけど、避難所は此処だけやないんよ」
響子さんは言う。
タカさんは困った顔で頷く。
それを横目に僕は小春の姿を探し続けた。この避難所は彼女が今春卒業したばかりの中学校だ。身を寄せているならここにいる筈だと思っていたからだ。
同年代らしき連中に小春というショートヘアの華奢な少女を知らないかと尋ねて回った。この学校に籍を置く女生徒がいたが、彼女は小春と言う同級生を知らないと言う。
「この中学校に通ってた筈で、一昨日が卒業式だったんだけど」
僕は少女に尋ねた。
「えっ? 卒業式は三月ですよ」
彼女は怪訝そうに言った。その言葉の意味が分からなかった。
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