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真なる献身
だとすると、やるべきことは、たった一つしかない。
絡れて入れ替わり二重露光する過去と未来に、正しくピントを合わせ、自分の本来の立ち位置である平穏な日常......を取り戻すこと、即ち......この破壊の風景から目を背けること。
見て見ぬ振りをすること。心はそれを望んでいる。
だけど、それを選択する事は甚だしく不正解だ。
それは無責任に逃げ出すことに等しい。
僕が、今、此処で、この、場違いな、時間の中で、しなくてはいけないことは、寒空の下に投げ出された多くの困窮している被災者の為に、尽力の限り身を捧げて努めることだ。
それが微力で僅かな救済に過ぎないとしても。
『真なる献身』という言葉しか頭に浮かばなかった。
僕はその言葉をマザー・テレサやマハトマ・ガンディーから知ったが、彼らから意味を学んだのではない。
それを教えてくれたのは僕を育ててくれた叔父さんだ。
何度も災害の現場に駆けつけて、普段の日常生活から分断され、急転直下に絶望と困窮の縁に追いやられてしまった人々に、微力ながらも己の出来ること全てで向き合ってきた叔父さん。
もしも今、彼が傍にいたならば迷わず、この地に残ることを選ぶ筈だ。
夢であろうが現実であろうが。
「叔父さん......情けない僕に力を貸してよ。怖くて足が震えるんだ。僕は何をしなきゃいけないかって分かってるんだけれど、怖いんだ......どうしても立ち上がることが出来ないんだ。助けてよ……」
けれど、今の地平に彼は居ない。
そして小春も存在しない。
僕が此処に留まる理由があるのだろうか?
僕とは無関係な過去の幻視の中に肉体が実態化してしまった奇妙な現象に戸惑いながら、何をやればいいか分かっているのに、何で僕がやらなければならないのか、果たしてそれを自分が出来るのか、裏付けしてくれる自信の無さに絶句した。
打ちのめされた僕は、いつの間にか座り込んで嗚咽していた。
そんな僕に寄り添って、再び肩を貸したのはタカさんだった。
「なんで泣きよっとかショージ? もしかして......彼女さんに会えんかったとか?」
彼の太い腕に支えられながら立ち上がる僕は首を横に振った。
「小春は……彼女は、此処、この避難所には居ません。でも無事なのは分かっています。多分......暫く会うことは出来ないけれど……」
僕は涙混じりの鼻水を啜りながら言った。
「そうや。無事なら問題なかぞ。強う強う願っていれば、絶対、絶対いつか、ちゃんと会えるけん、心配すんな」
タカさんはそう言いながら、掌底で僕の背中を叩いた。加減の無さは事故の打撲の残った身体には辛い痛みだったが、心には力強い安堵をもたらす響きだった。
ついさっきまで叔父さんのことを考えていた僕には、タカさんの大きさが叔父さんのイメージと重なった。身体的な大きさの類似ではない、言葉数少ないながらも圧倒的な説得力ある存在感の大きさの酷似だった。
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