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甲虫と蟻
道行く左右には傾くマンションやオフィスビルが四角いフォルムを失って歯茎を剥き出しの乱杭歯のように生えていた。
その両端に挟まれた地平はまるで超大な竜の顎の中のようで、硬いのに不安定な路面はざらついた舌だった。僕はいつ竜が身を震わせ僕らを飲み込んでしまうのだろうと気がかりだった。
余震の度に足が竦んで、進行を中断させた。
崩落を警告している張り巡らされた黄色いテープが不安を煽った。
傍らで小型ユンボが長い首を振り下ろし棘の丘を割り裂いて新たな道を造ろうとしていて足止めをくらった。悠長に待てないタカさんは脇を擦り抜けて行く。僕も恐る恐る倣う。その度に自衛隊員や工事関係者からの二次災害の危険性を警告する怒号に晒されたが、タカさんは貸す耳を持たなかった。僕らは深く頭を下げるだけで制止を聞き入れず進んだ。
この危険行為に疑問を感じることもあったが、全ては自己責任だ。僕はタカさんの背中だけを信じて後に続いた。
自分たちの姿を自分たちで見ることは出来ないけれど、とても奇妙な二人だろうと思った。
大きな甲虫と小さな蟻が重い荷物を背負って行商に行く後姿を想像した。
瓦礫の山を登る無鉄砲なアルピニストでもあり、破壊尽くされた荒地を歩くバックパッカーだった。
バットマンとロビンのような凸凹コンビのヒーローだという誇りもあった。
歩いては分断の場所へ物資を届け、また歩いては孤立の家へ物資を届けを繰り返した。
災害は一瞬にして者から物を奪う。人間は物から切り離されては生きていけない。僕は生きるために必要不可欠な物を届ける果てしない徒労の最中に、自分も物から切り離されてこの地を歩んでいることを実感した。流行り服や靴や小物たち、整髪料やデオドラント、パソコンやスマートフォンやゲーム機やソフト、音楽や映画の雑誌やお気に入りの漫画や小説、使い慣れた鞄や文房具や教科書や学生服など、その他諸々の僕と言う十六歳のパーソナルを構成していた全てを遠い時間の隔たりの中に置いたまま切り離されてしまった。
そしてバイクも谷底に消えてしまった。
愛着物と離別した深い喪失感はあったけれど悲しんでいる暇はなかった。何もかも失ったのに不思議と不自由さは感じなかった。それらは持て余していた時間の中で必要だった物で、目の前の悲劇のために身を尽くそうと決めた今の僕には不必要なのかもしれない。僕には寒さを凌げる厚い皮革のライダースジャケットがある。瓦礫を踏んでも難なく進める鉛入りのエンジニアブーツがある。あの赤ん坊を包むことの出来た柔らかい生地のネルシャツがある。今はそれだけで満足だと思えた。
味気ない缶詰だけの数日で、美咲さんの作った完璧な食事が恋しくなったけれど、それは全てが解決すれば再び味わうことが出来るだろう。
その時は小春を東京に招こう。叔父さんだって久々に小春に会いたいだろうし、美咲さんにも紹介したい。
その日のために今は歩く。
重い荷物を載せた背負子のストラップが肩に食い込むけれど、膝頭に残った大きな傷はまだ疼くけど、僕は歩かなくっちゃいけない。今の目的地は「絶対に必要な物」を待つ人々の集う場所だ。
だから僕は歩く。歩かなくっちゃいけない。
幾つかの避難所や病院巡りを繰り返し、避難をせず自宅に留まる人々の元を訪ね、放置されていた救援物資を「本当に必要な場所」へと運んだ。
そんなことはとっくに自衛隊や他の有志の方々がやっていてくれているし、僕らが運べる量なんて困窮している人々の多さに比べれば微々たるものでしかないのかもしれない。必要な量には到底足りない。それでも行く先々で感謝された。
「お礼の言葉を望むためにやってる訳じゃないんです」
それは僕の本心だった。
近景と遠景で奇妙に歪む過去≒未来を同時に視ている理解出来ない状況の中で、重荷に耐え渾身で足を進め地を踏み締めることは、流されそうな自我を今の現実に留める碇の役目だ。我武者羅なのは無心になって孤独感から目を逸らしているだけだって分かっているけれど、蟻には蟻のやるべきことがある。
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