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孤独の発明
僕らが新たな場所へ向かって歩くのには別の目的もあった。
タカさんはずっと連絡の取れない義理の妹の灯子さんが、どこか別の避難所に身を寄せているのではないかと信じている。
僕はもしかしたらこの時代の若い姿の叔父さんがボランティアとしてどこかで働いているのではないかと思ったからだ。叔父さんから「阪神淡路大震災がボランティア経験の原点だ」と聞いていたからだ。
僕のことを僕以上に分かってくれるのは彼だけだ。
もし会えたとして、突然やってきた見も知らぬ未来の近親者の戯言を受け入れて貰えるとは思えなかったが、誰にも話せない奇妙な時間の乱視に苛まされる不安を打ち明けたかった。
遠景の彼や美咲さんや小春に会えない孤独を癒して欲しかった。
そう思いながら行く先々でボランティア青年たちの多くを観察したが、残念ながらこの時代の叔父さんらしき若者に出会うことは出来なかった。
もしかしたらどこかの避難所で擦れ違ったかもしれない。けれど僕は若い頃の叔父さんの容姿を知らない。家には彼の青春時代の写真が一枚もない。遠い昔に火事で燃えてしまったらしい。諦めかけていた僕は項垂れた。
ふとその時に脳裏に過ったのは、叔父さんが愛用していたリーバイス501XXのジーンズだった。夢想の中に色落ちした501を履いた叔父さんの遠景と、新品の501を履いた叔父さんの近景が並んで立っていた。その瞬間に細胞たちが蠢き出すのが分かった。色落ちしたジーンズを新品に戻すように、想像の中で叔父さんの姿を創造し時を退行させた。経年劣化した色を濃く染めるように、若白髪を消し、無造作な髪を整え、下瞼の隈や窪みを消し、法令線や目尻や額や眉間の皺を消し、無精髭を消し、無数の傷跡を消し、肌のくすみを消し、眉を少し細くし、ついでに贅肉を消し去った。叔父さんは想像の中で若くなってゆく。
細胞たちも創造のために記憶の後押しをした。
繋がれて歩いた僕の手の細胞は叔父さんの掌の記憶を、泣き止むまで背負われていた僕の胸や腹の細胞は叔父さんの背中の記憶を、赤子として抱かれていた僕の背中や肩の細胞は叔父さんの太い腕の記憶を、そして最後にいつも寄せていた僕の頬の細胞は叔父さんの暖かみの記憶を。
想像の中で創造される叔父さんをリアルに肉付けするために、細胞たちはエングラムの暗号解読情報を惜しげもなく提供し、それを次々と僕の脳裏に送り込んでくれた。そして僕の想いの中で叔父さんは完璧に若返った。
その叔父さんは僕の父親代わりの大きな存在ではなく、どことなく僕に似た、僕自身の等身大に近い、まるで何でも話せる兄弟のような親しみ深い姿だった。
それは遠いモノクロの記憶が補完した像だった。どうしても退色した色だけは戻せない白黒写真だった。それはあくまでも僕の記憶が幼い頃まで遡って作った叔父さんであり、僕が記憶していない空白期間を隔てた姿とは若干の差異があることは承知していた。
「叔父さんに会って全てを打ち明けたい」
僕は孤独の中で発明した心の重荷を下ろす方法を、唯一の救済案だと信じることにした。
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