労災調査士『ファイル22 墜落《レッコ》』

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労災調査士『ファイル22 墜落《レッコ》』

 早朝から三十度を超えて電柱に陽炎が立っています。アスファルトは深夜も冷め切らず、靴底から伝わる生暖かい湿気が骨を通じて額の汗に代わるのでした。私がこの調査を担当したのは2003年の8月、もうお盆に入る前の12日でした。事故が起きたのは前日の昼過ぎで死亡災害です。足場からの墜落死でした。私は三件の調査を抱えていましたが、この案件を先にしてくれと上からの指示で始めました。  生命保険会社を退職して十年が経ちました。調査士として業務提携と言う形で動いています。収入は以前の半分、しかし仕事量は以前の倍。それは建築関係の調査を専門にやっていたからそれで出番が増えたのでした。建設災害が増えるのは職人の技術不足もあるでしょう。しかし根本はその管理体制に問題があると思います。書類上に不備がなければ就労を許可する。語学が不得手で資格のないベテランがはじかれてしまうこの仕組みが歪にしている気がします。この災害もその典型でした。私は調査を進めて行くうちに歪とぶつかりこのファイル22の墜落災害の、本当の意味での要因を見たのでした。 (一)   「いってらっしゃい」 「おう」  妻、麗仙は毎朝岡田三郎(後に田岡三郎と判明)を路地に出て見送った。大通りを右に曲がるまで見送るのが習慣となっていた。振り返る岡田は赤ら顔で微笑む。  麗仙は凍りつくような朝も、熱波で噎せ返るよう日も夫が通りを曲がるまで見送るのでした。  この日は朝から激しい雨が降り続いていた。 「濡れるからアパートに戻れ、風邪引くから戻れって」  岡田は麗仙の身体を気遣い、犬を追うように手を払うのでした。    
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